2021

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Wed

第10話 黒のエチュード

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、アレックス・ベネディクト(以下「レックス」)で、音楽家です。

愛人でありピアニストのジェニファー・ウェルズ(以下「被害者」)に対し、後頭部を灰皿で殴打して撲殺した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、アレックスの工作したシナリオは、「被害者は、遺書を遺してガス自殺を図り、気を失って椅子から転げ落ちて頭を打って死亡した。その際、アレックスは、自身の自動車を修理工場に預けており、午後5時30分に『ベネディクト指揮コンサート』に会場に会場入りしたので、無関係である。」というものです。

まず、物語の中で、アレックスは、自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. アレックスの自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 犯行現場実況見分調書
    1. (ボタンインコがガス中毒死している)
    2. (タイプライターに遺書が遺されている)
  3. 「ベネディクト指揮コンサート」映像(アレックスの胸にボーダー・カーネーションが付いていない)
  4. アレックスのインタビュー映像(「ベネディクト指揮コンサート」終了後のインタビューにおいて、アレックスの胸にボーダー・カーネーションが付いている)
  5. コロンボ証言
    1. 「アレックスは、『ベネディクト指揮コンサート』後インタビュー前に犯行現場に来て、ボーダー・カーネーションを拾って付けた」
    2. 「アレックスが修理工場から預けた自動車を引き取る際、総走行距離を確認した」
  6. アレックスの妻ジャニス・ベネディクト(以下「ジャニス」)証言
    1. 「アレックスのコンサート出演時に1厘付けてもらうために、自分は自宅でボーダー・カーネーションを栽培しており、アレックスはコンサート出演時にいつもボーダー・カーネーションを付けている」
    2. 「『ベネディクト指揮コンサート』の開始前の午後5時30分ころ、アレックスとともに会場入りした」(アレックスがボーダー・カーネーションを付けたのは午後5時30分以降である)
    3. 「4インタビュー時のボーダー・カーネーションは、A自分がアレックスのために栽培しているボーダー・カーネーションである」
    4. 「アレックスは、『ベネディクト指揮コンサート』終了後にボーダー・カーネーションを付けなかった」(3、4、5、6A~Cと相まって、アレックスが4インタビュー時に付けていたボーダー・カーネーションは、アレックスが『ベネディクト指揮コンサート』の会場入りした午後5時30分以降から『ベネディクト指揮コンサート』開演以前に被害者宅に来た際に落としたものであり、アレックスが『ベネディクト指揮コンサート』後に被害者宅に来た際に拾って再び付けたものである→アレックスは、『ベネディクト指揮コンサート』開演直前の間に被害者宅に来ていた→アレックスは被害者の死に極めて密接に関わっている)
    5. 「アレックスは、被害者の電話番号『555-7921』を暗唱していた(アレックスと被害者は深い仲であったようである)
  7. 実況見分調書
    1. (「ベネディクト指揮コンサート」会場から被害者自宅までの間には、15キロメートルの距離があり、その間にバスの路線はない)
    2. (「ベネディクト指揮コンサート」会場から自動車修理工場までは徒歩3分半の距離である)
  8. 修理工場経営者マイク証言
    1. 「『ベネディクト指揮コンサート』当日、アレックスが自らの自動車を修理のために持ち込んできた」
    2. 「アレックスが自動車を持ち込んだ際、総走行距離を記録した」
    3. 「アレックスの自動車には故障箇所がなかった」
    4. 「アレックスの自動車を預かっている間、何人もアレックスの自動車を走らせていない」
  9. 修理工場記録(5B、8Bと相まって、アレックスが自動車を修理工場に預けている間に、総走行距離が15キロメートル増えている→8Dと相まって、何者かがアレックスの自動車に乗った→7Aと相まって、何者かがアレックスの自動車に乗って被害者宅に行った可能性がある→アレックスが犯人であるとすれば、被害者自宅に行くには、タクシーは日報を付けるため使えず、バスも7Aから使えず、レンタカーも免許証を提示しなければならないから使えず、修理工場に預けた自らの自動車を用いることが都合がよい→7Bと相まって、アレックスは、「ベネディクト指揮コンサート」会場へ会場入りしてから開演前に自動車修理工場まで十分に行く時間的余裕があった)
  10. 近所の少女オードリー証言「被害者はボタンインコのショパンを長年可愛がっていた」(被害者が自殺したとすれば、その前にショパンを放さなかったのは不自然である→被害者の死亡は自殺ではなく他殺である可能性もある)
  11. 被害者のタイプライター、遺書、その実験結果報告書(遺書を再びタイプライターにセットして同じ箇所に同じ字をタイプすると、字がややずれて印字される→真に当該タイプライターで当該遺書が作成されたのであれば字の印字はずれないはずであり、当該遺書は他のタイプライターで打たれて当該タイプライターに差し込まれた可能性がある)

1自白がある上、3~6が強力な証拠で、他の証拠も1自白をよく補強しています。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

⑶ アレックスの余罪

物語上のレックスの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 修理工場に侵入した行為について、建造物侵入罪が成立します。
  2. 修理工場から自分の自動車を窃取した行為について、自己所有物であっても、また、一時使用のためであっても、窃盗罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    後頭部を灰皿で殴打するという大変危険な行為をしており、悪質です。
  2. 動機
    愛人である被害者から関係を公にすべきこと、さらにジャニスを離婚すべきことを要求され、ジャニスとの離婚、ひいてはジャニスの母で楽団理事長リジー・フィールディング(以下「フィールディング」)の支持を失ってしまうことを恐れ、犯行に至ったと認められます。自ら不貞関係を形成しておきながら、それが発展して不都合となるとその不貞相手を殺害するというもので、大変悪質です。
  3. 結果
    死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質で、とりわけ動機は大変悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他のレックスへの制裁

  1. 遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 不貞や本件の犯行を原因として、ジャニスから離婚され、慰謝料や財産分与の支払に応じざるを得ないでしょう。
  3. フィールディングの支持を失い、楽団を解雇されるでしょう。
  4. 今後のコンサート等の出演が不可能となり、放送会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。

⑹ 備考

今回は特にありません。

⑺ アレックスはどうすればよかったか

被害者を殺害するよりは、被害者と話し合い、極力協議によって交際関係を解消するよう試みるべきでした。また、その過程で、被害者との関係がジャニスやフィールディングに知られたとしても、ジャニスやフィールディングに謝罪をし、許してもらえるよう尽力すべきでした。被害者も述べていましたが、仮にジャニスと離婚となりフィールディングの支持を失ったとしても、アレックスは才能、名声を多分に有しているので、音楽家として活躍できたでしょう。

⑻ アレックスに完全犯罪は可能であったか

3~6のボーダー・カーネーションが大きな証明力を有しているので、「ベネディクト指揮コンサート」終了後に被害者自宅に来た際、ボーダー・カーネーションを拾い、それを付けずに衣服等に隠しておけば、完全犯罪となり得たでしょう。