第67話 復讐を抱いて眠れ
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、エリック・プリンス(以下「プリンス」)で、ハバランド・プリンス葬儀社代表者です。
1997年10月6日木曜日にゴシップ・テレビ番組「ハリウッドの裏情報」のレポーターのベリティ・チャンドラー(以下「被害者」)をトロカールで撲殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、プリンスの工作したシナリオは、「チャンドラーは、1997年10月6日木曜日の俳優チャック・ヒューストンの葬儀からの帰宅後、ウィスキーを注いで、パソコン操作を始め、コカインに関連する犯罪集団に関する暴露記事を作成していたところ、当該集団と思しき者らによって拉致された。その際、プリンスは、ヒューストンの妻(以下「ヒューストン夫人」と会っていた。」というものです。
まず、物語の中で、プリンスは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもプリンスの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- プリンスの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者自宅実況見分調書、報告書
- (ウィスキーの入ったグラスがあり、口紅が付いている)
- (ペット犬ルエラ(以下「ルエラ」)の写真11枚とそのネガがある)
- (ルエラの皿には水も餌も入っていない)
- (冷蔵庫の中にルエラのための大量の餌がある)
- (ハンドバッグに口紅が入っている)
- (手帳があり、「昼12時ヒューストン PHSB」と記載されている)
- (留守番電話機能付の電話があり、事件当日、それぞれ午後9時04分、午後10時59分、翌0時42分にメッセージが残されており、すべて被害者の秘書ロジャー・ギャンブルズ<以下「ギャンブルズ」>からである)
- (ルエラが飢えている)
- プリンスの秘書リタ証言
- 「事件当日の昼、ヒューストンの葬儀が行われ、葬儀後すぐにヒューストンの遺体は火葬された」
- 「事件翌日にはダン・ラービイ(以下「ラービイ」)の葬儀が行われた」(2Gと相まって、葬儀業者のプリンスとゴシップ・レポーターの被害者とは互いに情報提供と宣伝のために懇意にしていたようであり、俳優であるラービイの死はゴシップであるにもかかわらず、ラービイの葬儀前日にプリンスから被害者への着信がないことは不自然である→プリンスは被害者の行方不明に関係がある可能性がある)
- 「被害者は、ヒューストンの葬儀に来て、ヒューストンの遺体にキスしていた」
- 「Cのキスマークをハンカチで拭った」
- 「被害者がヒューストンの葬儀に来たとき、ハバランド・プリンス葬儀社のパンフレットを1枚取っていった」
- 写真、その報告書(2Bのネガを焼くと、さらにもう1枚邸宅の門の写真が現像された)
- タクシー運転手証言「タクシー運転手はサンセット大通りを『SB』と呼ぶ(2Fの「SB」はサンセット大通りの意味であると思われる)
- 報告書(4の写真に写る門は、サンセット大通りの女優ドロテア・ペイジ(以下「ペイジ」)の旧自宅のものである→5と相まって、2Fの「PH」は写真の意味であると思われる)
- ギャンブルス証言
- 「ルエラは生まれて12週間で3日前に被害者に飼われた子犬である」(被害者はルエラを可愛がっていたはずである)
- 「チキンの餌は、ルエラの夜のご馳走である」(2BCD、7Aと相まって、被害者が夜に帰宅後にルエラに餌を用意しなかったとは考えにくい→被害者は夜よりも以前に死亡していた可能性がある)
- 「被害者はいつも携帯電話を所持していた」
- 「被害者の携帯電話は、ゴシップ・テレビ番組『ハリウッドの裏情報』の視聴者からメールがあると、自動的に鳴るように設定されていた」
- 7Dのコンピューター記録(事件当日午後0時32分のメールの知らせは被害者の携帯電話に届いていない→同時刻に被害者の携帯電話に不具合があったようである→同時刻に被害者の身に何か起こった可能性がある)
- 3Cのリタのハンカチ、その報告書、鑑定書
- (ハンカチの口紅と、2Eの口紅は同一のものである)
- (ハンカチの口紅と、2Aの口紅は別のものである→9Aと相まって、被害者が帰宅後に別の口紅を塗り直すことは考えにくい→2Aの口紅は、事件当日のものではなく、事件前日のものである→2BCD、7ABと相まって、被害者は事件当日夜に帰宅していない→7D、8と相まって、被害者は、午後0時32分ころに既に身に危険が及んでいた→3ACと相まって、被害者の身に危険が及んだのは、ハバランド・プリンス葬儀社またはその近辺である)
- ハバランド・プリンス葬儀社のパンフレット(プリンスの写真が載っている)
- 6のペイジの旧自宅の現所有者シーク・ヤラミ(以下「ヤラミ」)証言
- 「家の元所有者は、ペイジである」
- 「ペイジの遺体からダイヤモンドのネックレスが盗まれたようで、自宅に刑事が事情を聴きに来た」
- ヤラミのボディガード証言
- 「事件の日の前、家の写真を勝手に撮った女性がいた」
- 「その女性はタクシーで帰って行った」
- タクシー運転手エディ・フィネーリ(以下「フィネーリ」)証言
- 「10の写真の男がペイジの遺体からダイヤモンドのネックレスを盗んだ」(10と相まって、プリンスがペイジの遺体からダイヤモンドのネックレスを盗んだ)
- 「被害者からお金をもらってAの事実を被害者に話した」(3Eと相まって、被害者は、ダイヤモンドのネックレスの窃盗犯がプリンスであることについてフィネーリに質問して確証を得るべく、10のパンフレットを取ったようである→プリンスがペイジのダイヤモンドのネックレスを窃取したことを被害者が知ったとすれば、被害者がゴシップ・レポーターである以上、被害者は確実にその事実を公にする→プリンスが被害者を殺害する動機となる)
- 「被害者をタクシーに乗せてサンセット大通りに行くと、被害者は写真を撮影していた」(6、12と相まって、被害者はペイジの旧自宅で現ヤラミの自宅を撮影し、その写真が4である)
- ラービイ夫人証言「ラービイは戦争に従軍した経験はない」
- ヒューストンのX線写真(砲弾の破片が体内にある)
- ラービイの骨壺、その報告書(遺灰の中に砲弾の破片がある→14と相まって、骨壺の中の遺灰はラービイのものではない→15と相まって、遺灰はヒューストンのものである可能性が高い)
- ヒューストン夫人証言「プリンスからヒューストンの遺灰を受け取った」(16と相まって、その遺灰はヒューストンのものではない可能性がある→3AC、7D、8、9B、14~16と相まって、被害者がヒューストンとして火葬され、ヒューストンがラービイとして火葬された可能性がある)
- トロカール(凶器)
全体的に証拠は脆弱で、プリンスと被害者の殺害を結びつける証拠はありません。しかし、自白がある上、他の証拠も自白を補強し得るものにはなっており、また、13Bで動機は立証できます。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
この点、13のフィネーリの証言は、フィネーリが自らに捜査の手が及ぶことを恐れて黙ってしまい、得られないことも考えられます。しかし、フィネーリは自らが処罰される可能性のある事実を証言する必要はありませんし、また、証言したとしても、フィネーリの盗品有償譲受罪は既に公訴時効が完成していると思われるため、フィネーリが証言してくれることは十分に期待できるでしょう。
また、16のラービイの遺灰は、コロンボがヘリコプターのパイロットのジョーにライセンスを取り消すと脅して得られたものです。しかし、遺灰の所有者であるラービイ夫人が捜査に提供する意思を有していそうですし、実際にパイロットは違法とされるヒューストン夫による遺灰散布を手伝っていますので、証拠能力に影響はないでしょう。
⑶ 犯人の余罪
物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
ペイジの遺体からダイヤモンドのネックレスを窃取した行為について、ペイジは既に死亡しておりペイジにそのネックレスの占有は認められませんが、ペイジの相続人やプロダクション事務所の占有を侵害していると思われますので、窃盗罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
トロカールで頭部を殴打するという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
自らペイジのダイヤモンドのネックレスを窃取するという悪質な行為をしておきながら、それを隠蔽するために行った犯行です。被害者によるペイジのダイヤモンドのネックレスの窃取の暴露は一方的でプリンスに酷な気もしますが、結局のところ自業自得です。また、ペイジの恨みを買うようなペイジとの別れ方をしたことにも、プリンスの責任がありそうです。以上から動機は悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 被害者に遺族がいれば、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- ペイジの相続人からダイヤモンドのネックレスの窃取について損害賠償を請求されるでしょう。
- ヒューストン夫人に対し、ヒューストンの遺灰を渡さなかったことについて損害賠償を請求されるでしょう。
- ラービイ夫人に対し、ラービイの遺灰を渡さなかったことについて損害賠償を請求されるでしょう。
- イないしエの支払や評判の下落によって、ハバランド・プリンス葬儀社は倒産するでしょう。
⑹ 備考
- フィネーリがプリンスから盗品であるペイジのダイヤモンドのネックレスを買った行為について、盗品有償譲受罪が成立します。
- ヒューストン夫人が遺灰を巻いた行為について、地方公共団体によって違法とする条例があるので、地域によっては条例違反が成立します。
- コロンボがヘリパイロットのジョーにライセンス取り消すといってひきかえさせた行為について、特別公務員職権濫用罪が成立します。
⑺ プリンスはどうすればよかったか
そもそもペイジのダイヤモンドのネックレスを盗むべきではありませんでしたし、被害者の恨みを買うような別れ方もすべきではありませんでした。
被害者がペイジのダイヤモンドのネックレスの窃盗の事実の暴露をするのであれば、放送差止めの仮処分によってこれを防止し、放送後であれば名誉棄損を理由に被害者を刑事告訴したり損害賠償請求を求める等の手段によるべきでした。
⑻ プリンスに完全犯罪は可能であったか
遺体を入れ替えることなく、ヒューストンもラービイもきちんと火葬し、他の方法で被害者の遺体を処理することができれば、完全犯罪となり得ていたでしょう。