2021

05.

18

Tue

第58話 影なき殺人者

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ヒュー・クライトン(以下「クライトン」)で、刑事事件を多く手掛ける、クライトン&フェアバンクス法律事務所の代表弁護士です。

水曜日に元ロック歌手で内縁の妻のマーシイ・エドワーズ(以下「被害者」)に対し、頚部を骨折させて殺害した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、クライトンの工作したシナリオは、「被害者は、被害者の元バンドメンバーのドラマーで性犯罪の前科のあるネディ・マルコム(以下「マルコム」)とビーチハウスで会っていた際、マルコムによって殺害された。クライトンは、これに前後する午後3時33分に、ビーチハウスから約80キロメートル離れたパサデナで自動車に乗って速度超過を犯していた。」というものです。

まず、物語の中で、クライトンは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 被害者の遺体、その報告書、解剖調書
    1. (死亡推定時刻は水曜日の午後3時から午後4時ころである)
    2. (血液中にアルコールはなかった→被害者はシャンパンを飲んでいない)
    3. (頚部に絞められた指の大きな跡がある→跡の大きさからすれば犯人は作業用手袋をして被害者を絞首したようである)
  2. ビーチハウス実況見分調書、シャンパンの空き瓶2本、2個のグラス、二つ星のコルク、報告書
    1. (シャンパンの空き瓶2本と、2個のグラスが出ており、シャンパンの二つ星のコルクがある)
    2. (シャンパンの瓶にマルコムの指紋がある→1Cと相まって、マルコムが犯人であるなら、手袋をして被害者を殺害しておきながら、シャンパンの瓶に指紋を残しておくことは考え難く、マルコムは陥れられたにすぎない可能性がある)
    3. (事件翌日の時点で、ビーチハウス周辺の砂場は綺麗にトンボがかけられている)
    4. (寝室上部の通気口の下が汚れている)
  3. 酒店担当者証言「被害者からビーチハウス保管のために注文されるシャンパンは、一つ星のものだけであった」(2Aと相まって、被害者以外の何者かが何らかの意図で二つ星のビンテージ・シャンパンをビーチハウスに持ち込んだものである可能性がある)
  4. クライトンの家政婦証言「ビーチハウスに庭師が来るのは火曜の午後と金曜日の午前のみであり、水曜日には来ない」
  5. 庭師アンドウ・ミヤキ(以下「アンドウ」)証言
    1. 「ビーチハウスの庭の手入れは、火曜日と金曜日のみである」(4と相まって、信用性が高い)
    2. 「事件の起こった水曜日は、ロッキンガムにある現場で仕事をしていた」
    3. 「Bの仕事のとき、仕事を終えると、駐車していたトラックが2ブロック離れたラ・メーサ通りまで動かされており、木の実がトラックに降り注いでいた」(何者かが勝手にアンドウのトラックを使った可能性がある)
  6. アンドウのトラック、木の実、それらの実況見分調書、それらの報告書、鑑定書
    1. (トラック運転席の座席の位置を動かすレバーに触れられた跡があり、1Cの跡と一致する→犯人は、トラックの運転席の座席の位置を動かした)
    2. (荷台に木の実がある)
  7. クライトン自動車実況見分調書、報告書(ワイパーの下の隙間に木の実が入っている)
  8. 報告書(事件発生時の季節に実を落とす木が生えているのは、ロサンゼルス市内でラ・メーサ通りのみである→⑦と相まって、クライトンは、近時、ラ・メーサ通りに自動車を停めていた→5C、6Bと相まって、クライトンが自らの自動車をラ・メーサ通りに停め、その間にアンドウのトラックを使用したことと矛盾しない→1C、6Aと相まって、クライトンがアンドウのトラックを使用し、被害者を殺害したようである)
  9. マルコム証言
    1. 「被害者とは恋人同士でであった」
    2. 「被害者は、クライトンから財産給付なしでの内縁解消を求められていた」
    3. 「事件の日、被害者と一緒に居たが、自分はシャンパンを飲んで眠ってしまい、起きたら被害者は死亡していた」
  10. ビーチハウス近くの海岸でビーチバレーをしている若者ら、近隣住民証言「被害者は、毎週各月曜日、各水曜日、及び各金曜日ビーチハウスにオートバイに乗ってやって来る男性と、頻繁に会っていた」
  11. 探偵サム・マーロウ証言
    1. 「クライトンから依頼されて被害者の浮気調査をした」
    2. 「ビーチハウスの寝室に隠しカメラを仕掛けた」(2Dと相まって、信用性が高い)
    3. 「調査の結果、被害者とマルコムは、毎週月曜日、水曜日、金曜日の各午後2時30分ころから午後4時30分ころまでの間、決まって不貞をしていた」(10と相まって、信用性が高い→Ⓐと相まって、クライトンは被害者とマルコムの不貞関係を知っていた→クライトンが被害者を殺害する動機となり得る)
  12. 052791CD2245その他の交通違反切符、写真、報告書(クライトンが写っている違反切符の写真には鼻の下に影がないが、その前後の速度超過違反者の鼻の下には影がある→クライトンと思しき人物は、クライトンの仮面を付けていたにすぎない→クライトンのアリバイは認められない→クライトンがこのような仮面を用いたアリバイ工作をすることは、クライトンが犯人であることを推認させる)
  13. クライトン&フェアバンクス法律事務所実況見分調書(6年もののものなど、二つ星のビンテージ・シャンパンが多数ある→2A、3と相まって、クライトンがビーチハウスに二つ星のビンテージ・シャンパンを持ち込んだことと矛盾しない)

自白はありませんが、1C、6Aから犯人がアンドウのトラックを利用したことを認定でき、5、6B、7、8からクライトンがアンドウのトラックを利用した可能性が高いことが認められ、クライトンが犯人である可能性が推認されます。また、2A、3、13も情況証拠として機能します。そして、2D、10、11によって、動機が証明されます。さらに、12によってクライトンのアリバイは否定されます。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

なお、犯行当時、被害者はまさにクライトンに対して強要を行っている最中だったので、クライトンの被害者に対する正当防衛が成立する余地があります。しかし、強要という目に見えない態様での侵害に対し、クライトンは殺害という粗暴的な手段で対抗しており、クライトンの殺害行為は防衛のための必要最小限度のものとはいえず、正当防衛は成立しません。したがって、過剰防衛となり、刑の任意的減免事由となるにすぎません。

⑶ クライトンの余罪

アンドウの自動車を一時利用した行為について、窃盗罪が成立します。なお、このような一時使用事例であっても、自動車の場合、不法領得の意思があるとして窃盗罪を肯定するのが判例です。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    首を絞めて頚部を骨折させるという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
  2. 動機
    被害者は、自ら不貞をしてクライトンとの内縁関係の破綻の原因を作っておきながら、クライトンから内縁解消を告げられるや、クライトンが警察官、裁判官、証人らを買収している等と事実無根のクライトンの名誉を毀損する旨の脅迫をし、現金500万ドルを要求するとともに、クライトンの自宅に居座ることをクライトンに認めさせようとしていました。犯行動機は、このような被害者からの不当な要求を排斥するとともに、被害者との内縁関係を解消することを目指したものであり、人情として斟酌の余地があります。
  3. 結果
    死因は、頚部骨折で、被害者の苦痛が大きく、悪質です。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様、結果は悪質ですが、動機に酌むべき事情があり、余罪も少ないです。また、正当防衛こそ成立しませんが過剰防衛が成立します。そのため、一定程度寛容な判決となる余地があるでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. 被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 所属する弁護士会から懲戒され、おそらく除名となり、弁護士資格を失うでしょう。
  3. 弁護士として受任中の業務が継続不能となるため、依頼人から弁護士費用の全部または一部の返金を請求され、さらに場合によっては損害の賠償も請求され、支払わなければならないでしょう。
  4. ビルを建設していたようですが、経済的に立ち行かなくなり、ビル建設のローンを支払えなくなり、ローン債権者からの抵当権の実行によってビルの所有権を失う可能性があります。もっとも、ビル完成後の賃料収入でローンを返済できる可能性もあります。

⑹ 備考

  1. クライトンの愛人であり勤務弁護士のトリッシュ・フェアバンクスがクライトンに対してクライトンよる被害者の殺人を告発することをほのめかして、法律事務所内でのパートナー昇格とクライトンとの婚姻を迫った行為について、強要未遂罪が成立します。
  2. コロンボがマーロウを強要して探偵の職業倫理を破らせて無理に事情聴取をした行為について、公務員職権濫用罪が成立します。なお、マーロウが証言をしようがしまいが、また、このコロンボの犯罪によってマーロウの証言の証拠能力が否定されようがされまいが、結局、クライトンは有罪となるでしょう。

⑺ クライトンはどうすればよかったか

不貞を理由とすれば、問題なく内縁は解消できるでしょう。また、財産分与額が多額になる可能性がありますが、不貞の慰謝料請求権と相殺する、被害者の日常家事への貢献を否定してできる限り分与額を減らせる等の道を検討すべきでした。

さらに言えば、殺人罪で逮捕されることと比べれば、金500万ドルを支払って適法に被害者と内縁関係を解消した方が余程よかったことでしょう。

⑻ クライトンに完全犯罪は可能であったか

アンドウのトラックを利用するときに運転席の座席を動かさないか、動かしたとしても被害者を殺害したときとは別の手袋を用い、なおかつ、自身の自動車とアンドウのトラックから木の実を取り払っていれば、完全犯罪が可能であったでしょう。