第52話 完全犯罪の誤算
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、オスカー・フィンチ(以下「フィンチ」)で、弁護士の傍ら、ポール・マッキー下院議員(以下「マッキー」)の副大統領就任のための参謀も行っています。
詳細は不明ですが、何らかの犯罪を犯している富豪フランク・ステイプリン(以下「フランク」)に対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、フィンチの工作したシナリオは、「フランクは、自らの犯罪が立件されることを本意とせず、拳銃で自殺をした。フランクが自殺した自宅の部屋の机の上には「ステイプリン、遂に起訴か?」との新聞記事の切抜きがあり、また、物取りの痕跡がなく、他殺ではなく、自殺である。その際、フィンチは、自ら開業している法律事務所でマッキーと会っていた。フィンチは、マッキーとほぼ同じ時間に事務所に着き、帰りも同じ時間だった。」というものです。
まず、物語の中で、フィンチは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもフィンチの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 自白(ほぼすべて立証できます)
- フランクの遺体、実況見分調書、解剖調書
- 事件現場の実況見分調書、32口径オートマチック式拳銃、被害者妻スーザン・ステイプリン(以下「スーザン」)宛て文書2通、電話機、レッジャーノ・チーズの欠片、それらの報告書
- (床に32口径オートマチック式拳銃が落ちている→凶器)
- (32口径オートマチック式拳銃の下に血液があるのに同拳銃にはフランクの血液が全く付着していない→フランクが32口径オートマチック式拳銃で自殺したのであれば、周囲にフランクの血液が飛び散るので、血液の上に同拳銃が落ちるにせよ、落ちた同拳銃の上に血液が落ちるにせよ、同拳銃にフランクの血液が付着するはずである→それにもかかわらず拳銃にはフランクの血液が付着していないので、血が渇き切ってから32口径オートマチック式拳銃が床に落ちたようである→フランクが自殺してしばらく32口径オートマチック式拳銃を握っており、滴った血が渇いた後に同拳銃を落とすことは不自然である→フランクは32口径オートマチック式拳銃で自殺したのではない可能性がある)
- (ファクシミリにハワイのスーザン宛てに午前0時27分に送信した文書と、その後に送ろうとしていた文書があり、それぞれ、ユダヤ系とアイリッシュ系の各ジョークが記載されている)
- (電話機からリダイアル履歴の最後は午後11時46分発信のフィンチの自宅電話番号になっている→フィンチはフランクの死に関係があるようである)
- (テーブルの上に噛みかけのレッジャーノ・チーズの欠片がある)
- フランクの秘書レベッカ・クリスティ証言「フランクはよくファクシミリを使っており、2Cの文書はいずれも被害者の筆跡である」(2Bと相まって、フランクはスーザンに続けてジョークを送ろうとしており、自殺したとは考えられない)
- 気象庁記録(事件の夜、犯行現場やフィンチの法律事務所付近において、短時間、雨が降った)
- フィンチの法律事務所執務室の実況見分調書、噛み捨てられたガム、その報告書
- (机の引出しにガムの新品3パックと、ガムが1枚ない1パックがある)
- (フィンチの執務室内のゴミ箱の中に噛み捨てられたガムがある→フィンチの机の引出しの中の唯一噛まれたガムと思われ、フィンチが噛んだものと思われる)
- (フィンチの自動車を停める駐車場区画の地面が乾いている(5と相まって、フィンチの自動車は雨の間ずっと停められていた)
- (Cのほかの駐車区画は濡れている→フィンチのほかに事件当夜降雨時に自動車を停めた者はいないようである→マッキーは事件の夜フィンチの法律事務所に来ておらず、フィンチのアリバイは崩れる)
- クリーニング店経営者アミーア証言「事件の夜以後フィンチから預かった衣服は、雨に濡れて染みていた」(フィンチは、事件の夜、雨の中、外出していた可能性がある→6Cと相まって、フィンチは自動車を自らの法律事務所に停めて徒歩でどこかへ出かけた可能性がある)
- 鑑定書(2Eのチーズと5Bのガムとの歯形は一致しており、同一人物によって噛まれたものである→5Bがフィンチのものである以上、2Eもフィンチのものであり、フィンチは事件の夜犯行現場にいた)
- 検事局記録(21年前、地方検事局がフランクの有罪証拠を紛失し、その当時、マッキーが同局に所属していた)
- 裁判記録(21年前、フィンチの所属していた法律事務所は、被害者の代理業務を行っていた→9と相まって、フィンチが当時地方検事局に所属していたマッキーに依頼してフランクの有罪証拠を破棄した可能性がある→この事実をフランクが知っていたとすれば、フィンチがフランクを殺害する動機となる)
自白がある上、2E、5B、8によって事件時にフィンチが犯行現場に居たことが言立証され、決定的な証拠となります。また、その他弱いながらも自白を補強する証拠もあります。以上から、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
しかし、実は、フィンチの自白には問題があります。すなわち、自白は、コロンボが無令状で5Bのガムを窃取し、フィンチをして2Eのチーズと歯形一致していることを認識させ、その結果、生じたものです。つまり、フィンチの自白は、コロンボの無令状でのガムの押収という違法捜査によって生じています。
もっとも、5Bのガムは、ゴミ箱に捨てられており既にフィンチがその所有権を放棄したものと認められ、令状主義の精神を没却する重大な違法があるとまではいえないと思います。なお、刑事裁判で敏腕であるはずのフィンチもコロンボが無令状で5Bのガムを窃取したことを問題としていません。
したがって、上記有罪の結論には影響がないと考えます。
ます。
⑶ 犯人の余罪
物語上のフィンチの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 21年前に被害者の有罪証拠を隠滅したようですが、その行為について、証拠隠滅罪、犯人隠避罪が成立します。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃所持罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
フランクから過去の証拠隠滅、犯人隠避行為を暴露すると脅され、自らの保身のために犯した犯行であり、自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質です。また、弁護士という法律の専門職でこれを遵守しなければならない立場にある者の犯行であり、その他の情状も悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- スーザンらフランクの遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 所属する弁護士会から懲戒され、おそらく除名となり、弁護士資格を失うでしょう。
- 弁護士として受任中の業務が継続不能となるため、依頼人から弁護士費用の全部または一部の返金を請求され、さらに場合によっては損害の賠償も請求され、支払わなければならないでしょう。
- 事実上政治生命は断たれるでしょう。
- 妻から離婚を請求され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。
⑹ 備考
- コロンボの罪責
- フランク宅のレッジャーノ・チーズを食べ、残りを持ち去った行為について、窃盗罪が成立します。
- フィンチの法律事務所から捨てられていたガムを窃取した行為については、捨てられていたものである以上、フィンチの所有も占有も放棄されており、占有離脱物横領罪が成立する余地もありますが、もはや財物ともいえず、犯罪が成立しないと思われます。
- マッキーの罪責
- 21年前に被害者の有罪証拠を廃棄した行為について、証拠隠滅罪、犯人隠避罪が成立します。
- 事件当夜フィンチの法律事務所でフィンチと会っていたと供述した行為について、証拠偽造罪、犯人隠避罪が成立します。
- フランクがフィンチに対して21年前の証拠偽造、犯人隠避行為を暴露すると脅してフィンチの助力を得ようとした行為について、強要未遂罪が
ます。
⑺ フィンチはどうすればよかったか
そもそも21年前に違法な証拠隠滅などするべきではありませんでした。弁護士資格も失う重大な行為ですし、本件のように後々ゆすられる原因となってしまっています。
今般フランクから脅されても、司法長官就任を諦め、マッキーを巻き込まぬようすぐにマッキーと縁を切り、たとえ21年前の証拠隠滅を暴露されたとしても、フランクを殺害せず、毅然として対応をすべきでした。
⑻ フィンチに完全犯罪は可能であったか
犯行現場でチーズを食べなければ、完全犯罪が可能であったでしょう。