第48話 幻の娼婦
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ジョーン・アレンビー(以下「アレンビー」)で、「コーティザン・コンプレックス」の著者で、アレンビー診療所所属の心理学者です。
交際相手でマネージャーのデビッド・キンケード(以下「被害者」)に対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、アレンビーの工作したシナリオは、「被害者は、アレンビー診療所内のセラピー用寝室において、リサという娼婦と性行為等をしていた際、リサによって殺害された。その間、アレンビーは、ミュージック・センターで開催されていた募金パーティに出席していた。」というものです。
まず、物語の中で、アレンビーは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもアレンビーの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、実況見分調書、解剖調書、カクテルラウンジ「バケット」のマッチ、毛髪、それらの報告書、鑑定書
- (射殺された)
- (上着に「バケット」のマッチが入っている)
- (肩に毛髪が付着している→各毛髪はそれぞれ別人のものである→毛髪はかつらの毛である→犯人はかつらを付けていた)
- (自動車やアレンビー診療所の鍵を所持していない)
- アレンビー診療所実況見分調書、タバコの吸い殻、タバコの灰、使用済みマッチ、コートの札、それらの報告書、鑑定書
- (セラピー用寝室内の灰皿に口紅の付いたタバコの吸い殻、48グラムの灰、及び使用済みマッチがある→使用済みマッチがあるので、犯人はセラピー用寝室でタバコに火を点けたはずである→当該吸い殻を吸うと約500ミリグラムの灰が生じるはずであるそれにもかかわらず、灰は48グラムしか残っていない→犯人は、タバコをちぎる等して少量のみタバコを吸ったようである→2Cと相まって、犯人は、喫煙者としてのリサの虚像を作出しようとしたようである)
- (セラビー用寝室の床に血痕がある)
- (ゴミ箱にコートの札がある)
- (Aのタバコの吸い殻に付着した唾液と、Bの血痕は、それぞれ別人のものである)
- 拳銃、弾道検査結果報告書、その他報告書(拳銃は犯行に凶器として使用されたもので、事件当日に銃砲店で購入されたものである)
- 銃砲店記録、担当者証言、報告書
- (購入者はリサ・プレスコットと名乗る人物である→当該住所、氏名の人物に該当者はない)
- 「当該拳銃は、黒い中折れ帽で黒いドレスの女(リサ)に売った」
- 「リサはナーバスだった」
- 「バケット」実況見分調書、報告書(「バケット」の駐車場の被害者の自動車の中に、アレンビー診療所の鍵がある→2Dと相まって、被害者はオフィスの鍵を持っていなかったはずである→犯人がアレンビー診療所の鍵を持っていたようである→犯人は、アレンビー診療所の関係者である)
- ミュージック・センターの女子トイレの実況見分調書、テープの切れ端、報告書(洗面台の下にテープの切れ端がある)
- 「バケット」のバーテンダー証言
- 「被害者も黒い中折れ帽で黒いドレスの女(リサ)も事件当日の夜にバケットに来ていた」初めて来た
- 「バケット」のマッチはリサに渡し、被害者には渡していない」
- 「リサはタバコを吸っていた」
- 「リサは自身たっぷりな様子だった」
- 「リサと被害者は、事件当日午後9時から午後9時15分の間に、『バケット』を出て行った」
- アレンビー診療所のビルのフロント係オジー証言
- 「アレンビーがシカゴへ行くはずだった夜、アレンビーはいったんオフィスに戻った」
- 「事件の夜、被害者と黒い中折れ帽で黒いドレスの女(リサ)は、2人きりで当該ビルに来た」(8AEと相まって、リサは事件当日9時15分ころから被害者と一緒に居た→2D、6と相まって、オフィスの鍵はリサが開けた→リサの正体は、アレンビー診療所の関係者である)
- 「リサはシャイだった」(2B、3ABD、5AC、8BCDと相まって、リサは何者かが変装した虚像である可能性がある)
- ミュージック・センターの募金パーティ出席者レンツ証言
- 「リサは、事件の夜、ミュージック・センターの女子トイレに入ったきり出てこず、係員に女子トイレの中を調べてもらったが、結局誰もいなかった」
- 「募金パーティの際、自分はシャンペンしか飲んでおらず、酔っていなかった」(Aの証言は信用性がある)
- 募金パーティ運営委員長ヘレン・ヘンドリクス証言
- 「被害者は事件の夜募金パーティに来なかった」
- 「リサは、募金パーティで音楽演奏が始まる前に来ており、音楽演奏が始まった頃にはいなかった」(リサが募金パーティに来ておきながらそのメインイベントである音楽演奏の際にいないのは不自然である→リサには募金パーティに来る理由がほかにあったようである
- 「アレンビーは募金パーティに来ていた」
- 募金パーティ出席者名簿(アレンビーとレンツは募金パーティに出席していた→2B、3ABD、5AC、8BCD、9Cからリサは何者かが変装した虚像であるところ、7、10と相まって、何者かがミュージック・センターの女子トイレでリサに変装したようである)
- アレンビー捜査段階供述「被害者と男女交際していた」
- アレンビーの秘書シンディ証言「被害者とは肉体関係を有していた」
- 赤いリボン、その報告書、サイモン・ウォード博士証言「事件の夜、セラピー用寝室のベッドにシンディが付けているような赤いリボンが落ちており、ベッドにはセックスした跡があった」
- ロサンゼルス空港記録
- 「アレンビーがシカゴへ行くはずだった日、飛行機は濃霧のためにすぐに離陸できなかった」(9A、14、15と相まって、アレンビーは、被害者とシンディとの性行為を目撃した可能性がある→アレンビーが被害者を殺害する動機となる)
- 「翌朝シカゴ行きの便は出発した」(アレンビーはシカゴへ行った)
- コロンボ証言「アレンビーが着ていたキャメルのコートに、3Cの札が付いていた」(16Bと相まって、シカゴのデパート「ノーヘルズ」で購入したものである)
- 小切手(1500ドルの持参人払式のもので、アレンビーがシカゴのホテルで現金化した)
- シカゴのデパート「ノーヘルズ」婦人服売場店員証言「アレンビーがシカゴに居た際、アレンビーに対し、黒い中折れ帽、黒いドレス、かつらを売った」(16B、18と相まって、アレンビーは、クレジットカードの履歴が残ることを嫌い、現金で購入した→2D、6、9B、11C、12からアレンビーがリサに変装した可能性が高い)
自白がある上、2BCD、3、5C、6、7、8CD、9BC、10、11C、12、16B、17~19から、リサが虚像でありアレンビーがリサであることを証でき、また、9A、13~16Aから動機も立証できます。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ 犯人の余罪
物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
- リサを名乗ってコロンボに電話をした行為について、偽計業務妨害罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
被害者とシンディとの性行為、そして被害者がアレンビーのことを「腐ったプリン」と述べたことによる嫉妬、憎悪に基づく犯行であり、人情としては同情の余地があります。しかし、被害者を殺害する程の動機とまでは正当化しえず、それ程斟酌されません。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様は著しく悪質です。動機に酌むべき事情があるとしても、それほどの影響力はありません。有罪と認定されれば、量刑は一定程度厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 被害者に遺族がいれば、遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 自身の出演するテレビやラジオの番組の続行が不可能となり、放送会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
⑹ 備考
コロンボがアレンビー診療所のゴミ箱からアレンビーのコートの札を入手しましたが、そもそもコロンボはアレンビー診療所の出入りを許されており、また、札はシュレッダーではなくゴミ箱に投棄されプライバシー権や財産権が放棄されているので、適法な捜査と考えます。
⑺ アレンビーはどうすればよかったか
そもそも被害者を交際相手に選んだ時点で失敗です。自身が心理学者である以上、交際前から被害者が他の女性と肉体関係を有するような人物であることを見抜くべきでした。
また、被害者とシンディとの関係に気付いた後も、自分を大切にし、ウォルター・ネフ博士のように自分に好意を寄せてくれている男性についても目を向けるなど、被害者の殺害以外の解決策を探るべきでした。
⑻ アレンビーに完全犯罪は可能であったか
リサへの変装セットの購入が発覚するきっかけとなったキャメルのコートのタグを着る前にきちんと処分し、被害者とオフィスに行くときに被害者に鍵を持たせておけば、ほぼ完全犯罪となり得ていたでしょう。