2020

12.

07

Mon

第35話 闘牛士の栄光

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ルイス・モントーヤ(以下「モントーヤ」)で、元闘牛士で、現在はモントーヤ牧場のカナデロ(牧場主)です。

元闘牛の介添人で現牧場助手エクトール・ライヘル(以下「被害者」)に対し、麻酔弾を撃って意識朦朧とさせ、闘牛マリネロ(以下「マリネロ」)に攻撃させて殺害した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、モントーヤの工作したシナリオは、「事件の日、モントーヤは、講演のためにサンディエゴに向かうこととなっていた。同日午後4時30分に、モントーヤは被害者に対して一緒に行こうと声をかけた。しかし、被害者は、帳簿の仕事があると言って、牧場に残った。その直後にモントーヤは牧場を出発した。その後、被害者は、午後5時から午後5時30分ころにかけて、マリネロと闘い、これに敗れて死亡した。」というものです。

まず、物語の中で、モントーヤは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 被害者の遺体、その実況見分調書、報告書(臀部に針状のもので刺された跡がある)
  2. モントーヤの牧場の実況見分調書、麻酔銃、麻酔薬クロラロハイドレート、被害者の鞄、コンバーチブルの自動車、その写真、ランスの破片、牧場会計帳簿、それらの報告書
    1. (麻酔銃と麻酔薬クロラロハイドレートがある→1の被害者の臀部の針状のもので刺された跡は、この麻酔銃で麻酔弾を撃たれたことと矛盾しない)
    2. (被害者の鞄には荷造りされた跡がある)
    3. (被害者のランスがない)
    4. (コンバーチブルの自動車があるが、パワーハンドルではない)
    5. (モントーヤのオフィスの写真→被害者がコンバーチブルの自動車を運転し、モントーヤは後部座席に乗っている)
    6. (リング内には、水を入れるための器は無い)
    7. (リング内にランスの破片がある)
    8. (リング内にケープがある→ケープに水の染みはない)
    9. (被害者作成の牧場会計帳簿があり、事件の3日前に帳簿は終結しており、モントーヤが署名している→Bと相まって、被害者はモントーヤ牧場を辞めようとした可能性が高く、また、モントーヤはそのことを知っていたようである)
  3. マリネロの査定書(マリネロの市場価値は少なくとも8,000ドル相当である→被害者が雇い主であるモントーヤの高価な財産であるマリネロを殺そうとするのは不自然である)
  4. 闘牛、モントーヤに関する報告書
    1. (牛は近眼で、ケープにめがけて突進する)
    2. (風が強いときに闘牛をする場合は、ケープが風であおられないように、ケープを濡らす)
    3. (モントーヤは、国内で英雄視されており、ブンドノール<誇り>を重んじており、名誉の象徴である2Dのコンバーチブルの自動車に乗っている)
    4. (モントーヤは、プラザ・デトロ・デ・メヒコにおける闘牛で、自分の前の出番の闘牛士を助けて闘牛と対決したために、右足に古傷がある)
  5. モントーヤ牧場監督ハイメ・デルガド証言「ランスは、牧童が牛を追うときにロープの代わりに使うものであり、松の木を材料にしているため、折れやすい」
  6. クーロ・ライヘル(以下「クーロ」)証言
    1. 「事件の前日、マリネロが檻をぶち破ってリングに出てきたので、自分がケープでマリネロを誘導しようとしたところ、逆にマリネロに攻撃され、気絶してしまった」
    2. 「モントーヤと被害者は、気絶した自分を助けてくれたようである」
    3. 「自分はランスを持っていなかったが、被害者とモントーヤは牛の群れを調べに出かけるところだったので、ランスを持っていたはずである」(2CG、5と相まって、クーロを助けてマリネロと闘ったのは、被害者のようである)
  7. 気象記録(事件の日にリングにおいて、雨は降っておらず、午後4時から午後7時まで8メートルの強風であった→4Bと相まって、被害者が真にマリネロと闘おうとしたなら、ケープが風で煽られないようケープを濡らしていたはずである→2FHと相まって、ケープに水の染みないことは不自然である→3と相まって、被害者は、マリネロと対決していない)
  8. 牧童ミゲル・フェルナンデス証言
    1. 「事件の日の昼過ぎ、自分は、モントーヤから南の牧場に行けと命じられて、これに従った」
    2. 「Aの命令を受けたころ、他の従業員は皆モントーヤ牧場から去っており、モントーヤ牧場には、モントーヤと被害者のほか自分しかいなかった」
  9. モントーヤ牧場車番カルロス証言
    1. 「モントーヤは、右足に古傷があるので、自らコンバーチブルの自動車を運転せず、いつも被害者がモントーヤを乗せて運転していた」(2DE、4CD整合する)
    2. 「事件の日、昼前にモントーヤから夕方に乗るからとハードトップの自動車のワックスがけを命じられた」(Aと相まって、モントーヤが夕方の用事にコンバーチブルの自動車を乗ろうとせずにハードトップの自動車に乗ろうとしていたのは、被害者がモントーヤと一緒にサンディエゴに行かないことを昼ころに知っていたかのような振舞いである→2BIと相まって、帳簿を整理するためにモントーヤ牧場に残るという被害者の供述は、虚偽である可能性が高い→2FH、4B、7と相まって、ケープが濡れていないのは、マリネロが被害者を攻撃したのが風が出始める午後4時より前だったからである→8Bと相まって、午後4時にはまだモントーヤが牧場に居たので、被害者の死亡にはモントーヤが関与した可能性がある)
  10. コロンボ証言「クーロの協力によってモントーヤとマリネロを対峙させたとき、モントーヤはマリネロを怖れてすくんでしまい、何もできなかった」(2CG、4C、5、6Cと相まって、おそらくモントーヤはマリネロに対して何もできないところを見られてしまい、自身の名誉を守るために、被害者を殺害した可能性がある)

1、2Aによって、本件は事故ではなく殺人事件である可能性が認められます。その上で、2BFHI、4B、7、8B、9Bによって、モントーヤの関与が強く疑われます。また、その余の証拠も情況証拠としてモントーヤの犯行の推認をよく補強します。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

⑶ 犯人の余罪

今回はありません。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    意識朦朧の状態を作出した局面で、マリネロという巨大で強力な闘牛をけしかける大変危険な行為をしており、大変悪質です。
  2. 動機
    自らがマリネロに恐怖を感じ何も出来なかったということを被害者に認識されたため、その事実を隠蔽する虚栄心を満たすための犯行であり、自己中心的で、大変悪質です。
  3. 結果
    死因は、大腿部の動脈損傷に伴う出血多量で重大ですし、意識朦朧の中マリネロが迫りくるという被害者の感じた恐怖は大変大きいものと思われます。

以上のとおり、犯行態様、動機、及び結果のすべてが大変悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. クーロら被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. もはや闘牛に対して恐怖を感じて何もできないということのみならず、虚栄心を保つために殺人まで犯してしまい、名声は地に落ちるでしょう。
  3. 物語上不明ですが、妻がいるようであれば、本件殺害によって、モントーヤは、妻から離婚され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。

⑹ 備考

コロンボが不注意で自動車を追突させて前車の乗員に傷害を負わせた行為について、自動車運転過失致傷罪が成立します。

⑺ モントーヤはどうすればよかったか

ここでは、何とか殺人等の罪を避ける道がなかったか検討します。

単純な話しですが、もはや闘牛ができないことを受け容れるべきでした。

⑻ モントーヤに完全犯罪は可能であったか

モントーヤがあえて現場に従業員を数人残しておくか、強風の吹くことを見越してケープを水で濡らしておくか、または、コロンボの面前でマリネロに勇敢に立ち向かえば、完全犯罪は可能となり得ていたでしょう。