2020

11.

23

Mon

第33話 ハッサン・サラーの反逆

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ハッサン・サラー(以下「サラー」)で、スワリ王国外交官(総領事代理)です。

第一に、ロッホマン・ハビブ(以下「ハビブ」)と共謀して、スワリ王国総領事館警備隊長ユセフ・アラファ(以下「アラファ」)に対し、後頭部をタイヤレンチで殴打して殺害した行為(第1行為)について、殺人罪の共同正犯が成立します。

第二に、ハビブに対し、ハビブの乗用していた自動車を崖から転落させた行為(第2行為)について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、サラーの工作したシナリオは、

第1行為については、「23日午後3時55分に、アラファは、ロサンゼルス警察本部に居たサラーに電話をかけた。同日未明、これに前後して、過激派がハビブと結託して、スワリ王国総領事館のサラーの執務室に侵入し、午後4時ころ、その過激派が爆弾を爆発させ、金庫内の文書を焼却し、現金を奪取するとともに、現場に駆け付けたアラファを殺害し、午後4時06分に自動車でスワリ王国総領事館の門を突破して逃走した。スワリ王国総領事館周辺に居た目撃者であるデモ隊員によれば、自動車の運転手は、ハビブと外見的特徴が一致していた。その際、サラーはロサンゼルス市警本部にいた。なお、ハビブは、逃走のためにニューヨークのキンバリーパークホテルに宿泊の予約をしていた。」

第2行為については、「ハビブは、24日午後8時30分から午後10時30分の間、自動車事故で死亡した。仮に自動車事故でなくとも、おそらくハビブは、過激派の共犯者によって殺害された。ハビブ死亡の際、ハビブはスワリ王国総領事館内の公邸の自室内にいた。」というものです。

まず、物語の中で、サラーは、自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 第1行為について
    1. アラファの遺体、実況見分調書、解剖調書、報告書
      1. 拳銃は腰のホルスターに入ったままである(爆発音が発生し、なおかつ、過激派を相手にして拳銃を抜いていないのは不自然である→アラファは爆発の前にサラーの執務室内に入った)
      2. 衣服や身体に格闘の跡はなく、後頭部を殴打され背後をとられている(アと相まって、犯人はアラファの知人であった可能性がある)
    2. スワリ王国総領事館の実況見分調書、報告書
      1. (金庫の爆発によって生じたと思われる天井のしっくいの粉が、金庫内にあった文書の焼却後の灰の上に積もっている→爆発は金庫から文書が出された後に生じた→金庫は爆発によって開けられたのではなく、犯人が爆発前に金庫を開けた→犯人は、金庫の番号を知っていた)
      2. (アラファの執務室内の机の上にあったコップにコーヒーが一杯に注がれており、口をつけられていなかった)
      3. (暗号室内に電話はない)
    3. サラー捜査段階供述「金庫の番号を知っているのは、自分とアラファのみである」(Bアと相まって、サラーが犯人である可能性がある)
    4. スワリ王国総領事館衛兵証言
      1. 「犯人は正門からは侵入していない」(Aと相まって、犯人はスワリ王国総領事館の内部者である可能性がある)
      2. 「犯人が自動車で正門から逃走するとき、ライフル銃で射撃をしようとしたが、弾丸が発射されなかった」
      3. 「ライフル銃は普段武器庫内にあり、武器庫の鍵を所持しているのは、サラーとアラファのみである」(サラーには衛兵のライフル銃に細工して故障させることが可能だった→Bア、C、Dアと相まって、サラーが犯人である可能性が高い)
    5. 総領事館職員ヴィーラ証言
      1. 「23日、アラファは午後3時にコーヒーを注いだ」(Bイと相まって、アラファが自ら注いだコーヒーを午後4時ころまで飲まないことは考えにくく、コーヒーを注いだ午後3時直後に殺害された可能性がある)
      2. 「23日、ハビブは、午後2時30分ころも含め、ずっと暗号室にいた」
    6. ニューヨークのキンバリーパークホテル担当者証言「ハビブ名義で宿泊を予約されたのは23日午後2時30分である」(Bウ、Eイと相まって、ホテルの部屋を予約したのはハビブではない→何者かがハビブに罪を着せるべく、ハビブになりすまして予約をしたようである→Bア、C、Dアウと相まって、サラーがハビブになりすまして予約をした可能性がある)
  3. 第2行為について
    1. ハビブの遺体、実況見分調書、現金1万ドル、コンタクトレンズ、眼鏡、それらの報告書
      1. (ハビブが死亡時所持していた1万ドルの札束に帯に、インターナショナルトラスト銀行のスタンプが押捺されている)
      2. (ハビブは、コンタクトレンズをしつつ、眼鏡をかけている)
    2. 修理工場スティ・ガレージ担当者証言
      1. 「ハビブ死亡時、サラーの自動車を預かっていた」
      2. 「サラーの自動車の走行距離がハビブ死亡の前後に渡って51キロメートル増えていた」
    3. 報告書(スティ・ガレージからハビブの死亡場所まで往復距離は51キロメートルである→何者かがサラーの自動車に乗ってスティ・ガレージから51キロメートルの距離を移動した→サラーは当然自身の自動車の鍵を所持しているはずである→自動車で移動したのはサラーである可能性が高い)
    4. 鑑識班担当者証言「Aのコンタクトレンズも眼鏡も度が強く、二重に付けると、全く見えなくなる」(ハビブは何者かに眼鏡をかけさせられた)
    5. インターナショナルトラスト銀行担当者証言
      1. 「自分は24日に赴任し、その日にCの1万ドルの帯にスタンプを押捺した」
      2. 「24日にサラーが大金を引き出した」(Aア、Eアと相まって、Aアの1万ドルはサラーがハビブに渡した可能性がある)

どれも間接的な証拠か、サラーの工作したシナリオを否定する証拠ばかりで、積極的に犯人がサラーであるという旨の直接的な証拠はありません。また、2Aア、Eアは、サラーが引き出した金員はサラーによってスワリ王国アームド・カマル国王のロサンゼルス滞在中の経費としてきちんと管理されているとのことですから、証明力は小さくなります。

しかし、自白があり、なおかつその証明力が高いところ、上記の各証拠は自白を有効に補強します。

したがって、結局のところ証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

なお、有罪と認定し得るとして、実際に処罰か可能かどうかは別問題です。この点、サラーは外交特権を有していますので、原則として処罰はできません。しかし、サラー自身が外交特権を放棄している上、スワリ王国のアームド・カマロ国王がサラーの処罰を認めているので、同国政府の正式な意思表示があったと認められます。そのため、サラーの外交特権の放棄は有効となり、処罰が可能です。

また、アラファの過激派との繋がりを示す証拠だとしてサラーがハビブに交付した封筒の中身は物語上不明ですが、気になるところです。

⑶ サラーの余罪

物語上のサラーの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. スワリ王国総領事館の衛兵のライフル銃を故障させた行為について、器物損壊罪と、偽計業務妨害罪が成立します。
  2. 物語上明確になっていませんが、ハビブの旅券を窃取したのであれば、その行為について、窃盗罪が成立します。
  3. ハビブと共謀して、スワリ王国総領事館金庫内の文書を焼却した行為について、文書の性質が不明ですが、公用文書毀棄罪または私用文書毀棄罪の共同正犯が成立し得ます。
  4. ハビブと共謀して、スワリ王国総領事館のドアにスプレーで「政府粉砕」と書いた行為について、器物損壊罪の共同正犯が成立します。
  5. ハビブと共謀して、同金庫を爆破した行為について、器物損壊罪の共同正犯が成立します。
  6. 物語上明確になっていませんが、スワリ王国総領事館の金庫内の現金60万ドルを取ったのであれば、その行為について、その占有がスワリ王国または総領事にあれば窃盗罪、サラーにあれば業務上横領罪が成立します。
  7. ハビブと共謀して、ハビブがスワリ王国総領事館の門扉を自動車で突き破った行為について、門扉が建造物といえるかどうかによって、建造物損壊罪または器物損壊罪の共同正犯が成立します。
  8. ハビブに対して後頭部を懐中電灯で殴打して気絶させた行為について、傷害罪が成立します。
  9. インターナショナルトラスト銀行から大金を引き出した行為について、サラーにその権限がなければ、同銀行に対する詐欺罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 第1行為について
    1. 犯行態様
      後頭部という急所をタイヤレンチという殺傷力の高い凶器で殴打するという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
    2. 動機
      不明です
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。
  2. 第2行為について
    1. 犯行態様
      急な崖から自動車ごと底に落とすという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
    2. 動機
      第1行為の罪をハビブになすりつける目的であり、大変悪質です。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、両行為の犯行態様と第2行為の動機は大変悪質ですし、余罪も多いです。しかも、第1行為はハビブとの共同正犯ですが明らかにサラーが首謀者ですし、ハビブを第1行為に加担させておきながら、ハビブに罪を着せるべく第2行為に及んでおり、全体的に見て著しく悪質です。また、自白をしていますが、それはスワリ王国での厳罰を避けることが主目的であり、反省の念は認められません。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。

⑸ その他のサラーへの制裁

  1. アラファやハビブの各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 死刑ではなく懲役刑となった場合、処罰を受けた後、強制退去となり、スワリ王国へ強制送還となります。なお、在留特別許可によってこれを避けることは非現実的ですが、難民認定によってこれを避けることができる余地があります。
  3. スワリ王国へ強制送還となった場合、2件の殺人について、スワリ王国も刑罰権を有しているため、スワリ王国による処罰を受けます。
  4. スワリ王国の公務員という立場を懲戒免職によって失うでしょう。
  5. 総領事館の金庫から現金60万ドルを取っているのであれば、スワリ王国に対して同額の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。

⑹ 備考

ハビブは上記の各共同正犯の罪責を負います。

⑺ サラーはどうすればよかったか

サラーがアラファを殺害した動機が不明ですので、検討できません。

⑻ サラーに完全犯罪は可能であったか

上記のとおり、サラーの自白がなければ、有罪の証拠は大変乏しいです。そのため、コロンボに対して調子に乗って犯行を認めるのではなく、何も言わなければ、無罪となっていたでしょう。