2020

11.

01

Sun

第31話 5時30分の目撃者

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、マーク・コリアー(以下「コリアー」)で、精神科医師です。

第一に、カール・ドナー(以下「カール」)に対し、その後頭部を火かき棒で殴打して殺害した行為(第1行為)について、殺人罪が成立します。きわどい事例ですが、火かき棒という相当程度重量のある物で後頭部という急所を力いっぱい殴打し、さらに行為直後に被害者の蘇生を試みずにその死亡を受け容れているので、殺意があるものとして、傷害致死罪ではなく殺人罪としました。そうであるとして、この第1行為は、カールによるナディア・ドナー(以下「ナディア」)に対する殴打という急迫不正の侵害への防衛として行ったものです。もっとも、素手のカールに対して火かき棒という凶器で対抗しているので、防衛行為としては過剰といえ、正当防衛は成立せず、過剰防衛が成立します。したがって、第1行為には殺人罪が成立するものの、過剰防衛として、刑が免除または減軽され得ます。

第二に、ナディアに対し、催眠術を利用して「チャック・ホイーラー」という合言葉を述べて、5階のバルコニーから飛び降りさせて殺害した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、コリアーの工作したシナリオは、

第1行為については、「第1行為の日、午後5時30分にカールとナディアが別荘に着いて2人でいたところ、午後7時ころに2人組の強盗がやってきて、カールと格闘となった結果、強盗たちがカールを殺害した。」、また、このシナリオをコロンボに怪しまれるようになると、「その後、ナディアは自殺した。その際、ナディアの自宅からは、カールが強盗から強取されたはずのカールの腕時計やナディアの指輪が見つかり、ナディアがカールを殺害した可能性がある。」、

第2行為については、「ナディアは、カール殺しの犯人であり、それが発覚しそうになって自殺した。その際、コリアーは自宅でパーティを催していた。」というものです。

まず、物語の中で、コリアーは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 第1行為について
    1. カール遺体、実況見分調書、解剖調書、報告書
      1. (カールは非喫煙者である)
      2. (死亡推定時刻は午後7時より早い可能性もある)
    2. ドナー夫妻の別荘の実況見分調書、ライターの石、その報告書
      1. (敷地内にタイヤ痕がある)
      2. (アのタイヤは、「5万マイルXKL」である)
      3. (門柱に、擦過痕があり、傾いている→アと相まって、自動車が門柱に接触したようである)
      4. (リビングルームの床にライターの発火石が落ちている)
    3. コリアーの自動車、その報告書(「5万マイルXKL」のタイヤを付けられている→Bアイと相まって、Bアのタイヤ痕は、コリアーの自動車の走行によって生じたことと矛盾しない)
    4. 清掃業者証言「去年の11月25日の感謝祭直後にドナー夫婦の別荘を清掃し、その際、リビングルームの絨毯を洗濯した」
    5. ナディア捜査段階供述
      1. 「別荘は、去年の11月25日の感謝祭の後清掃業者に清掃してもらったが、12月と1月の別荘近くの海岸は寂しいので、清掃以後利用していなかった」(Dと相まって、Bエのライターの石は、カール死亡時に落ちたものである→Aア、2Aイと相まって、カールもナディアも非喫煙者であるので、Bエのライターの石を落としたのは、犯人である→犯人は喫煙者である)
      2. カール殺害について「カール殺害の当日、午後5時30分から別荘でカールとドライ・マティーニを飲みながら音楽を聴いていた。そのとき、自動車の音は聞いていない。そして、2人組の男たちが入口ドアをノックしてきた。カールが誰かと尋ねると、男たちは、『ハイウェイ上で自動車が故障したので電話を貸して欲しい。』と述べた。これを受けてカールがドアを開けると、スキー帽とストッキングを被った2人の男たちが別荘内に入ってきて、カールに対し、拳銃の銃口を向け、金品を要求した。そして、男たちのうち背の高い方が、おそらく金品の物色のため、2階の寝室に上がって行った。残った男が拳銃をベルトに差してこちらに背を向けて引出しを開けて金品を物色していたところ、カールが火かき棒を持ってその場に居た男に攻撃しようとした。そうすると、その男がカールから火かき棒を取り上げ、火かき棒でカールの頭部を殴打して殺害した。そして、男たちは、カールの時計や自分の時計を奪い、ハンカチで指紋を拭き取り、外に行き、自動車に乗って逃げたようである。その自動車のエンジン音を聞いた。」(強盗は自動車で逃げてナディアがその音も聞いているので、自動車は別荘の前に停めていたはずである。そうであれば、ナディアは、強盗が来たとき、そのことを自動車のヘッドライトで気付いたはずである。そうである以上、『自動車が故障した。』という強盗らの発言は、虚偽であることが明らかであり、通常、その強盗らを別荘内に入らせないはずである。さらには、強盗らが自動車の故障を口実にしたのであれば、ドナー夫妻に虚偽であることが明らかにならないようにするため、通常、別荘の前まで自動車で来ないはずである。→ナディアの強盗についての供述相互間に矛盾があり、強盗の一部始終に限っては、ナディアの供述は信用性に乏しい)
    6. ダニエル・モリス(以下「ダニエル」)身体検査報告書(ダニエルは盲目である)
    7. デビッド・モリス(以下「デビッド」)身体検査報告書(デビッドの視力に異常はない)
    8. ダニエル証言「第1行為の日の午後5時30分、自分が道を歩いていると、ドナー夫妻の別荘から自動車が急に出てきた。自分は盲人用の時計を所持していたので、時刻は正確である。」
    9. コロンボ証言
      1. 「コリアーは、第1行為の夜はマッチを使用して喫煙していたが、翌日には医学部を卒業するときに姉から受贈したという『ビビから愛するマークへ』とのメッセージの入ったライターを使用して喫煙していた」(Bエ、D、Eアと相まって、コリアーがカール死亡の現場に居たことと矛盾しない)
      2. 「コリアーは、デビッドを盲人だと確信していた→コリアーにはデビッドを盲人だと確信する理由があった→F、G、Hと相まって、コリアーは、第1行為直度にダニエルに自分の存在を認識されたことを想起しつつ、ダニエルを顔のよく似たデビッドと誤信し、デビッドを盲人であると確信した→コリアーは第1行為直後にドナー夫妻の別荘から自動車で飛び出た→Aイ、B、D、Eア、Iアと相まって、コリアーが犯人である)
      3. 「ナディア死亡の日の午後10時ころ、コリアーは何者かと電話していた」
  2. 第2行為について
    1. ナディア遺体、実況見分調書、解剖調書、報告書
      1. (ナディアは非喫煙者である)
      2. (体内にアモバルビタールがあった)
    2. ナディア自宅の実況見分調書
      1. (受話器が外れて通話が切れている際の音が鳴っていた→ナディアは電話をしていたようである)
      2. (ナディア自宅のバルコニーの椅子の上には、畳まれた衣服と靴が一まとめにされて置かれており、スカーフの中にはナディアの時計やイヤリングがあった→人が海で泳ぐ際に衣服や所持品を置く手法と同様である)
      3. (シャワーを使った形跡はない)
    3. 報告書(アモバルビタールは、人の意思を曲げる作用がある)
    4. 近隣住民証言「ナディアが飛び降りたのは午後10時2~3分ころである」
    5. 電話局回答書「1Iウの通話の相手はナディアである」(1Iウ、2Bア、Dと相まって、コリアーはナディアの飛び降りる直前にナディアに架電した)
    6. アニタ・ボーデン(以下「ボーデン」)証言
      1. 「病院からアモバルビタールが無くなっている」(コリアーがナディアに使った可能性がある)
      2. 「催眠状態を利用して海へ飛び込むよう唆して転落死させることは、可能である」(1Iウ、2Aイ、Bア、C、E、Fアと相まって、コリアーは、ナディアに対し、アモバルビタールを投与し、午後10時ころ架電して、催眠術によって、ナディアを海に飛び込むよう唆した)

第1行為については、1F、G、H、Iイが強力で、自動車関連の1Bア~ウC、ライター関連の1Bエ、D、Eア、Iアもこれをよく補強します。

第2行為については、1Iウ、2AイBア、C~Fが強力です。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

なお、物語上明らかな描写はありませんでしたが、第1行為においてコリアーは素手で火かき棒を握っており、コリアーの指紋が検出されるかもしれず、もし検出されたらより第1行為の有罪の可能性はより高まります。また、1Bウのドナー夫妻の別荘の門柱の擦過傷と、1Cのコリアーの自動車について、「門柱にコリアーの自動車のボディーの塗料が付着しており、コリアーの自動車には門柱の塗料が付着している」という鑑定書があれば、よりよいでしょう。

なお、コリアーは、「デビッドのコロンボの面前での振舞いを見て、盲人が視力のあるふりをしていたものと認識していたにすぎない」、と弁解するかもしれません。この点については、デビッドを一見して盲人だと認識することは全くあり得えなくはないものの、デビッドは客観的に正常な視力を持ち、テーブルの上のマッチを掴んでこれをコロンボに手渡すなどその振舞いに盲人らしさはなく、デビッドを一見して盲人と認識することは著しく不相当で不自然です。そのため、盲人のダニエルを目撃して盲人と認識していたがためによく似たデビッドを盲人と認識したものと考えるのが自然といえ、コリアーの弁解は通用しないでしょう。

⑶ コリアーの余罪

物語上のコリアーの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 研究室からアモバルビタールを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  2. ナディアに対してカール殺害について強盗による犯行であるとの虚偽供述をさせた行為について、証拠偽造罪の教唆犯が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 第1行為について
    1. 犯行態様
      火かき棒という殺傷能力の高い凶器で、後頭部という急所を殴打しており、生命の危険性が大きく、大変悪質です。
    2. 動機
      防衛のためであり、悪質ではありません。
    3. 結果
      カールの死因は物語上明らかにされていません。
  2. 第2行為について
    1. 犯行態様
      5階のバルコニーから飛び降りさせるという大変危険な行為で、大変悪質です。
    2. 動機
      第1行為を隠蔽して保身を図ろうという自己中心的な動機であり、大変悪質です。
    3. 結果
      ナディアの死因は物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、第1行為の犯行態様、第2行為の犯行態様、動機は大変悪質です。有罪と認定されれば、第1行為に過剰防衛が成立するとしても、量刑は大変厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. 被害者らに遺族がいれば、コリアーは、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 確実に医師免許が取り消されるでしょう。これにより、以後、医師を名乗れず、医業(医療行為)ができなくなります。
  3. 病院が医療法人で犯人が理事であった場合、理事の資格も失います。
  4. 医師会に所属していれば、当該医師会から除名等の懲戒処分を受けるでしょう。
  5. コリアーはボーデンとも交際していたようですが、常識的に考えて、ボーデンから別れを告げられるでしょう。

⑹ 備考

  1. 被害者がコリアーとナディアに対して暴行した行為について、暴行罪が成立します。コリアーとナディアが傷害を負った描写はなかったので、傷害罪は成立しません。
  2. ナディアがコロンボに対してカール殺害時の虚偽供述をしたことについて、証拠偽造罪が成立します。

⑺ コリアーはどうすればよかったか

人妻であるナディアと交際した以上、カールからの慰謝料請求には応じざるを得ませんし、カールから所属病院へそのことを流布されるかもしれません。しかし、カールによる流布は、その内容が真実であっても、コリアーへの名誉棄損となり得るので、コリアーは逆にカールに対して慰謝料請求をなし得るようになります。所属病院内では恥をかくでしょうし、ボーデンからも別れを告げられるでしょうが、優秀な医師として仕事に打ち込めば時の経過とともに醜聞は忘れられるでしょう。さらに、2件の殺人の罪責と⑸の社会的制裁を被るよりはずっといいでしょう。また、カールはナディアに対して暴力を振るっていたので、ナディアがカールと離婚できる可能性もあります。以上から、コリアーは、堂々としておき、ナディアを好きであればナディアをカールと離婚させてナディアと婚姻すればよかったでしょう。

また、カールを殺害した行為は、有罪ですが過剰防衛で刑の免除、減軽があり得ますので、直ちに自首すべきでした。

⑻ コリアーに完全犯罪は可能であったか

第1行為については、ダニエルとデビッドに会っても初対面のごとく動じなければ、完全犯罪となり得たでしょう。

第2行為については、2E電話の通話履歴を残さなければ、完全犯罪となり得ていたでしょう。ただし、そうなると、もはや犯行自体不可能かもしれません。