2020

09.

07

Mon

第15話 溶ける糸

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、バリー・メイフィールド(以下「メイフィールド」)で、医師です。

第一に、エドモンド・ハイデマン医師(以下「ハイデマン医師」)を殺害しようとしてハイデマン医師の手術に溶解性の糸を使用した行為(第1行為)について、殺人未遂罪が成立します。

第二に、シャロン・マーティン(以下「マーティン」)を殺害して溶解性の糸とマーティンの自宅の鍵を強取した行為(第2行為)について、強盗殺人罪が成立します。

第三に、ハリー・アレキザンダー(以下「アレキザンダー」)にモルヒネを注射して階段から転落させた行為(第3行為)について、メイフィールドに殺人の故意がある前提で、ハリーが生きていれば殺人未遂罪、死んでいれば殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、メイフィールドの工作したシナリオは、

第1行為については、「ハイデマン医師の手術は成功し、その後、ハイデマン医師が死亡しても、それは単なる心臓発作である。」、

第2行為については、「マーティンは、麻薬使用者または密売に関与しており、麻薬中毒者によって麻薬欲しさのために殺害された。」、

第3行為については、「アレキザンダーは、麻薬を使用し、その作用で意識朦朧となった結果、階段から転落した。」、

というものです。

まず、物語の中で、メイフィールドは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 第一行為について
    1. 溶解性の糸、その発見報告書(ハイデマン医師の2度目の手術時に発見した→ハイデマン医師の1度目の手術に溶解性の糸が用いられた)
    2. 意見書(溶解性の糸は、心臓の弁が分離して患者を危険に晒すため、心臓手術には用いない)
    3. 病院実況見分調書、マーティンのメモ、その実況見分調書(研究室内にマーティンのメモ『Mac Meet 8.a.m』が落ちている)
    4. 病院記録
      1. 医薬品仕入記録(メイフィールドはマーカス・アンド・カールソン社から溶解性の糸を仕入れていた)
      2. ハイデマン医師の手術記録(1度目の手術をした担当医師はメイフィールドで、手術は成功した→ハイデマン医師の1度目の手術に溶解性の糸を使用したのはメイフィールドである)
    5. 掃除のおばさん証言「ハイデマン医師の手術後、シャロンは興奮していた」(Dイと相まって、1度目の手術が成功したのにマーティンが興奮する理由はなく、マーティンにとっては手術とは別に興奮すべき事情があった)
    6. ブレックマン医師作成ハイデマン医師宛て手紙(「臓器移植の拒絶反応する薬品の共同研究開発について、向こう1年間は実験が必要である」→ハイデマン医師が死亡すれば研究開発はメイフィールドが引き継ぎ、研究結果を発表できるようになる)
  2.  第二行為について
    1. バール、その実況見分調書
      1. (凶器)
      2. (指紋がない→麻薬中毒者が麻薬欲しさにマーティンを殺害したとすると、指紋を隠すための手袋など着用する余裕はないはずである→何者かが巧妙に行った犯行である)
    2. マーカス・アンド・アールソン社科学者証言
      1. 「弊社では溶解性の糸を製造している」
      2. 「ハイデマン医師の1度目の手術の翌朝、マーティンの強い求めで、マーティンと会う予定だった」(1Cのメモと符合する→1D、1Eと相まって、マーティンはメイフィールドがハイデマン医師の1度目の手術に溶解性の糸を使用したことを知ったようである)
    3. マーティンのルームメイトのマーシャ証言
      1. 「マーティンが麻薬などやるはずがない」
      2. 「メイフィールドに連れ出された際、自分がメイフィールドに対してハリーの名を出した」
    4. マーティン宅のモルヒネの瓶、その発見報告書、実況見分調書(Cアと相まって、マーティンのものではない→Aイと相まって、麻薬中毒者が麻薬欲しさにマーティンを殺害したとすると、指紋を隠すための手袋など着用する余裕はないはずである→何者かが巧妙に行った犯行である)
    5. コロンボ証言
      1. 「メイフィールドは、アレックスと電話している際、アレックスからマーティンの死亡を聞、きながら、卓上時計の時間を直していた」(メイフィールが冷静なのは不自然であり、ドはマーティンの死を知っていた可能性がある)
      2. 「ハリーは左手に煙草を持って吸っていた」(ハリーは左利きのようである)
  3. 第三行為について
    1. ハリーの報告書(左腕に注射痕がある→2Eイと相まって、左利きであれば右腕に注射痕があるはずであり、不自然である)
    2. ハリーの捜査段階供述「しばらく麻薬は使用していない」(→Aと相まって、何者かがハリーが麻薬を使用したかのように仕組んだようである

第1行為については、1Dイ手術をしたのがメイフィールドであることを前提として、1Aが決定的である上、1Fで動機も立証されます。

第2行為については、2Aイ、2Cア、2Dによってメイフィールドの作成したシナリオが否定され、1C、1D、1E、2Bイから動機が立証されるものの、メイフィールドと第2行為とを結びつける事実認定が出来ず、自白がない以上、無罪となる可能性が高いといえます。

第3行為については、メイフィールドの犯行と認定し得る証拠が皆無であり、自白がない以上、無罪となる可能性が高いといえます。

以上から、証拠が以上のものだけであれば、第1行為のみ有罪となり、その余の行為は無罪となるのが自然と言わざるを得ないでしょう。第2行為、第3行為についてもし十分な証明を行うとすれば、メイフィールドの自白を引き出したいところです。メイフィールドは観念はしている状態であったので、物語のその後のコロンボら捜査担当者の取調べに期待するしかありません。

⑶ メイフィールドの余罪

物語上のメイフィールドの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. マーティン殺害後にマーティンの自宅に侵入した行為については、マーティンは死亡しているものの、マーティン自宅にはルームメイトのマーシャがいたようですので、マーシャの住居権を侵害しており、住居侵入罪が成立します。
  2. マーティンの自宅にモルヒネと注射器一式を置いた行為について、証拠偽造罪が成立します。
  3. アレキザンダーの自宅に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
  4. アレキザンダーの自宅内でアレキザンダーが帰宅するまで潜伏していた行為について、軽犯罪上の潜伏罪が成立します。
  5. ハイデマン医師の手術直後にコロンボを押したり小突いたりした行為について、公務執行妨害罪が成立し得ます。
  6. アレキザンダーの自宅内に麻薬を置いた行為について、証拠偽造罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は第1行為の殺人未遂罪のみ有罪となってその余は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に第1ないし第3行為のすべてが有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 第1行為について
    1. 犯行態様
      心臓発作を引き起こす溶解性の糸を用いるという大変危険な行為をしており、悪質です。
    2. 動機
      ハイデマン医師やドイツのブレックマン医師らと臓器移植の拒絶反応する薬品の共同研究開発をしていたところ、ブレックマン医師やハイデマン医師から実験のために研究発表を1年待つよう言われ、バックマンの研究チームに先を越されないよう、いち早く研究発表を行うために行われたものであり、短絡的かつ自己中心的な動機であり、悪質です。
  2. 第2行為について
    1. 犯行態様
      バールで撲殺するという大変危険な行為をしており、悪質です。
    2. 第2行為は、第1行為を隠蔽して保身を図ろうという自己中心的な動機であり、悪質です。
    3. シャロンの死因は物語上明らかにされていません。
  3. 第3行為について
    1. 犯行態様について
      麻薬を打つというものですが、直ちに生命・身体への危険を引き起こすとまでは評価し難いものがあり、相当程度です。
    2. 動機
      第2行為をシナリオ通りにして隠蔽して保身を図ろうとする自己中心的な動機であり、悪質です。
    3. 結果
      ハリーの生死は不明ですが、階段から転落しているので、生きていても相当程度の傷害を負っているでしょう。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質ですし、余罪も多いです。有罪と認定されれば、量刑は大変厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. 被害者らに遺族がいれば、メイフィールドは、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 確実に医師免許が取り消されるでしょう。これにより、以後、医師を名乗れず、医業(医療行為)ができなくなります。
  3. 病院が医療法人でメイフィールドが理事であった場合、理事の資格も失います。
  4. 医師会に所属していれば、当該医師会から除名等の懲戒処分を受けるでしょう

⑹ 備考

この回は、特にありません。

⑺ メイフィールドはどうすればよかったか

メイフィールドは、早く研究結果を発表したいという野心のために、早期の研究結果の発表に反対していたハイデマン医師の殺害を目論んでいました。詳細は不明ですが、物語上、研究発表には、ハイデマン医師の承諾等が必要なようでした。これは仕方のないことですので、メイフィールドはハイデマン医師の指示通りに実験を重ね、ハイデマンの承諾を待つべきでした。メイフィールドの医師としての優秀さはハイデマン医師も認めるところでしたので、機を待って満を持して研究発表をすれば、ますますメイフィールドの名声は高まったでしょうし、マーティンやハリーを殺害することもなかったでしょう。

⑻ メイフィールドに完全犯罪は可能であったか

第1行為については、溶解性の糸がハイデマン医師の体内にあり、コロンボが捜索差押えを行っている以上、もはや隠し通すことは不可能でしょう。

第2行為、第3行為については、現状でもそもそも証拠不十分で、完全犯罪の見込みがあります。