2021

11.

27

Sat

第12話 アリバイのダイヤル

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ポール・ハンロン(以下「ハンロン」)で、アメリカン・フットボールチーム「ロケット」のジェネラル・マネージャーです。

「ロケット」のオーナーのエリック・ワーグナー(以下「被害者」)に対し、頭部を氷塊で殴打して撲殺した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、ハンロンの工作したシナリオは、「被害者は、午後2時30分ころ、自宅のプールに飛び込むとき、頭を打って気絶して溺死した。その際、ハンロンは、スタジアム(ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム)の自ら利用する専用ボックスで『ロケット』の試合を見ており、午後2時29分に当該専用ボックスから被害者に電話していたので、無関係である。」、というものです。

まず、物語の中で、ハンロンは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 被害者の遺体、実況見分調書、解剖調書
    1. (頭部に打撲がある)
    2. (死亡推定時刻は午後2時30分ころである)
  2. 犯行現場実況見分調書(プールサイドが水浸しになっており、その水はカルキ入りのプールの水ではない→プールサイドの水は被害者がプールに飛び込んだ際に撥ねたプールの水ではない→何者かがホースで水を撒いてプールサイドの何かの跡を消した可能性がある→被害者のプールへの飛込みを偽装した可能性がある)
  3. 被害者自宅近所の少女証言「午後2時30分ころ、被害者自宅近所でアイスクリーム販売自動車を見た」
  4. アイスクリーム販売業者照会回答(アイスクリーム販売自動車は午後2時30分ころに被害者自宅周辺に行っていない→3と相まって、何者かがアイスクリーム販売自動車を利用してアイスクリーム販売業者を装って被害者自宅近所に居たようである→2と相まって、被害者の死亡が他殺であるとすれば、当該アイスクリーム販売業者を装った者は、犯人である可能性が高い)
  5. スタジアムのハンロン専用ボックス実況見分調書、置時計(置時計があり、午後2時30分にチャイムが鳴る)
  6. ハンロンから被害者への架電の録音テープ、探偵ラルフ・ダブス受信記録
    1. (ハンロンから被害者へは午後2時29分に架電している)
    2. (通話時間は1分間以上ある)
    3. (通話中、5の置時計のチャイムの音がない→5、6Bと相まって、ハンロンは、午後2時30分ころスタジアムの専用ボックスにはいなかった)
  7. 被害者の顧問弁護士ウォルター・キャネル(以下「キャネル」)証言「探偵ラルフ・ダブス(以下『ダブス』)に依頼し、被害者自宅、ハンロンのスタジアム専用ボックス、オフィスに盗聴器を仕掛けた」
  8. 探偵ダブス証言「キャネルに依頼を受けてハンロンのオフィスに盗聴器を仕掛ける際は、秘書としてイブ・バブコックことロゴージーを差し向けて、盗聴器を仕掛けさせた」
  9. ハンロンの元秘書イブ・バブコックことロゴージー証言
    1. 「ダブスの依頼を受けてハンロンのオフィスに盗聴器を仕掛けた」
    2. 「盗聴器を仕掛けたことがハンロンに発覚し、ほかに被害者自宅に盗聴器が仕掛けられたことも発覚したが、ハンロンから口止料をもらい、3日でハンロンの秘書を退職し、以後、盗聴器を仕掛けたこと、及びハンロンが盗聴器の存在を知っていたことを黙っていた」(ハンロンは、被害者自宅に盗聴器が仕掛けられていたことを知っていた→ハンロンは、被害者との架電を利用してアリバイの偽装を行うことができた)
    3. 「事件後、ハンロンに電話してもその場では応答せず、後にハンロンから架電を受け、改めて被害者自宅に盗聴器を仕掛けたこと、及びハンロンが盗聴器の存在を知っていたことを黙っておくように念を押された」
  10. コロンボ証言
    1. 「ハンロンは、空港の公衆電話で9Cの電話をしていた」
    2. 「ハンロンと初めて会ったときも、警察がハンロンが犯人だと認識している旨を告げたときも、ハンロンは原則としてラジオの音量を下げるだけでラジオを付けたままにしていたが、2や9の話題を告げると急にラジオの電源を切った」(ハンロンは、ジェネラル・マネージャーとして「ロケット」の試合が気になるはずであり、ラジオの電源を切らないはずであるが、自ら犯人であることを示唆されるとラジオの電源を切り、やましいことがある可能性がある)

物語上は5、6が決め手になっていますが、これでは、ハンロンがスタジアムの専用ボックスにいなかったことまでしか立証できず、ハンロンが被害者自宅に居たことまで立証できるものではありません。それどころか、「ロケット」のコーチのリゾは試合のハーフタイムにハンロンがスタジアムの専用ボックスに居たことを証言するでしょうから、実際はほぼ証明力がありません。また、ハンロンの犯行の動機も立証できていません。さらに、そのほかの証拠は、ハンロンが犯人であることについて、強い証明力は有していません。

以上から、証拠が以上のものだけであれば、ハンロンの犯行それ自体を立証できず、本件は無罪となる可能性が高いでしょう。もし十分な証明を行うとすれば、ハンロンの自白を引き出したいところです。ハンロンは観念はしている状態であったので、物語のその後のコロンボら捜査担当者の取調べに期待するしかありません。

⑶ ハンロンの余罪

今回は余罪はないようです。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    頭部を氷塊で殴打するという大変危険な行為をしており、悪質です。
  2. 動機
    インターネット上の解説では、被害者を殺害して「ロケット」や他のスポーツチームを我が物としようとしたことが動機のようですが、少なくとも物語上それは明確になっておらず、動機は不明と言わざるを得ません。
  3. 結果
    死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、悪質なのは行為態様だけですので、有罪と認定されれば、量刑はやや厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. 被害者の妻シャーリー・ワグナーら遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 「ロケット」のジェネラル・マネージャーを解任されるでしょう。

⑹ 備考

  1. キャネルとダブスが被害者自宅に盗聴器を設置した行為について、有線電気通信法違反の共同正犯が成立します。
  2. キャネルとダブスとロゴージーが、ハンロンの事務所に盗聴器を設置した行為について、有線電気通信法違反の共同正犯が成立します。
  3. キャネルは、所属弁護士会から懲戒処分を受けるでしょう。
  4. ダブスが被害者自宅へ侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
  5. ダブスは、公安委員会から探偵業の営業停止命令等の監督処分を受けるでしょう。
  6. コロンボがダブスの探偵資格証の返還を求められたにもかかわらずこれを返還しなかった行為について、横領罪が成立する可能性があります。
  7. もしロゴージーが売春をしており、またハリー・スチーブンソンなる男がそのあっせんや場所の提供をしていた場合、売春防止法上の売春あっせん罪、売春場所提供罪が成立します。

⑺ ハンロンはどうすればよかったか

動機が不明なので、何とも言えません。

仮に「ロケット」や他のスポーツチームを我が物としようとしたことが動機だったとしても、被害者を殺害したところで「ロケット」の保有権等は相続人である被害者妻シャーリー・ワグナーが相続するでしょうから、「ロケット」の保有権はハンロンのものになりませんので、なぜ被害者を殺害したのか不可解です。