2020

10.

31

Sat

第29話 歌声の消えた海

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ヘイドン・ダンジガー(以下「ヘイドン」)で、中古車販売等事業者です。

愛人で歌手のロザンナ・ウェルズ(以下「被害者」)に対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、ヘイドンの工作したシナリオは、「被害者は、船舶シーパレス号の航海中、何者かによって殺害された。バンドのピアニストのロイド・ハリントン(以下『ハリントン』)は、自分の船室にある手提げ金庫内に2週間前にラスベガスで凶器と思しき拳銃『ブリティッシュ・ウェザビー』を購入した旨の領収証を所持しており、また、糖尿病にり患しているため毎日インシュリン注射のために医務室に来ていたので、医務室にある手術用ゴム手袋を盗む機会もあり、さらには、被害者から男女交際関係の解消を告げられて被害者と口論していた。そして、被害者が撃たれて倒れこんだ机の上の鏡には、口紅でハリントンの名の頭文字である「L」と書かれている。このように、ハリントンには、被害者殺害に用いた凶器を入手し、また手術用ゴム手袋を入手することが可能な状況にあり、被害者に対する怨恨等の感情を有していたと認められ、なおかつ、ダイング・メッセージの「L」と名の頭文字が一致しているので、ハリントンが犯人である可能性が高い。なお、被害者殺害の際、ヘイドンは、プールで心臓発作となったために医務室で寝ていた。」というものです。

まず、物語の中で、ヘイドンは、「どうして分かった。」と述べ、自白をするように思われます。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。本話は、船上であるために警察による組織的、専門的な証拠収集ができないでいますが、物語上明確に収集されたもの、船が港に着いてから容易に収集できそうなものを挙げています。

  1. ヘイドンの自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 被害者の遺体、被害者の身体から摘出された38口径弾丸、実況見分調書、解剖調書、報告書(38口径弾丸が心臓に命中している)
  3. 船内実況見分調書、拳銃「ブリティッシュ・ウェザビー」、枕とその中の羽、領収証、亜硝酸アミンのカプセル、それらの報告書
    1. (殺害現場である被害者の船室に枕があり、銃声を消すために銃口を押し当てたと見られ、床の上には中の羽が舞い落ちている)
    2. (医務室の手術用ゴム手袋は34個ある<その後、コロンボが1つ取得し、さらに1つ紛失した>)
    3. (病室の前の廊下の床に羽が落ちている)
    4. (病室から被害者の船室まで一般立入禁止の乗務員専用の階段がある)
    5. (病室の枕は、アレルギー発作防止のため、羽の枕は用いられておらず、すべてフォームラバーの枕である)
    6. (病室のドアはオートロックで自動的に施錠され、洗濯部屋も施錠されている)
    7. (ハリントンの船室に領収証があり、内訳は、サックスの修理、楽譜の購入、ピアノの調律、宿泊費、食事代、2週間前のラスベガスでの拳銃『ブリティッシュ・ウェザビー』の購入、である→拳銃『ブリティッシュ・ウェザビー』の購入以外いずれも経費として税務上売上から控除されるものであるが、拳銃『ブリティッシュ・ウェザビー』の購入だけ経費として計上できない→拳銃『ブリティッシュ・ウェザビー』購入の領収証のみ、何者かがハリントンに罪を着せるためにハリントンの手提げ金庫内に置いた可能性がある)
    8. (洗濯室に拳銃「ブリティッシュ・ウェザビー」がある→Fと相まって、犯人は、洗濯室の鍵を所持しており、また、被害者の船室の鍵も持っていた)
    9. (プールのろ過機の中に亜硝酸アミンのカプセルがある→何者かがプールで亜硝酸アミンのカプセルを摂取した)
  4. 実験結果報告書(3Hの拳銃「ブリティッシュ・ウェザビー」を試し打ちしたところ、その弾丸は2とほぼ同じである→被害者殺害に用いられた凶器は、3Hの拳銃「ブリティッシュ・ウェザビー」である)
  5. 医師フランク・ピアーズ証言
    1. 「38口径の弾丸が心臓に命中すればほぼ即死である→被害者が「L」などというダイング・メッセージを書けるはずがない」(「L」とのダイング・メッセージは、何者かが捏造したものである)
    2. 「亜硝酸アミンのカプセルを鼻から摂取すると、数秒で軽い心臓発作となる」(3Iと相まって、ヘイドンの心臓発作は亜硝酸アミンによって意図的に作出されたものである可能性が高い)
    3. 「手術用ゴム手袋は出港時3ダース(36個)あったはずであり、1個は使用したため、残りは35個あるはずである」(3Bと相まって、手術用ゴム手袋が1個紛失している)
  6. ヘイドンの医療記録
    1. (ヘイドンは事件の日の日中から心臓発作のために医務室で寝ていた)
    2. (ヘイドンは、心臓発作の直後、脈拍と血圧はだいぶ低く、その後は安定していたものの、午後11時30分の測定のときのみ脈拍も血圧も跳ね上がり、翌午前0時10分以降再び落ち着いた)
  7. 看護師メリッサ証言「被害者の死亡の前後、自分はヘイドンのいた病室に背を向けて読書をしていた」(3D、6Bと相まって、ヘイドンは病室から急いで被害者の船室まで行き来することができ、また脈拍と血圧の急上昇からそれを行った可能性がある)
  8. 消火ホース内で発見された手術用ゴム手袋、その指紋・掌紋の報告書、ヘイドンの指紋報告書(手術用ゴム手袋には硝煙反応があり、ヘイドンの指紋・掌紋が付着している→発見された手術用ゴム手袋が犯行に用いられたものであるならヘイドンが当該手術用ゴム手袋を用いて被害者を殺害したものである可能性が高い)
  9. コロンボ証言「8の手術用ゴム手袋の発見される直前に、ヘイドンに対し、『硝煙反応の残った手術用ゴム手袋が見つかれば、ハリントンを逮捕できる』と言った」(8の手術用ゴム手袋が被害者殺害に用いられていない場合であれば、ヘイドンが、ハリントンに罪を着せるため、わざと硝煙反応を付けた手術用ゴム手袋を作出した可能性がある→ヘイドンがハリントンに罪を着せる理由は自らが犯人であること以外には想定できず、ヘイドンが犯人である可能性が高い)
  10. 報告書(3Aの羽と3Cの羽は同じ種類であり、同じ枕に内包されていたものである→犯人は犯行現場の3Aの羽を付けて医務室に来たようである→6Aと相まって、ヘイドンが犯人である可能性が高い)
  11. ヘイドンの身上調書(ヘイドンは、中古車販売事業者として、カーチスクリッパーを扱える)
  12. パーサのプレストン・ワトキンズ証言「出港直後にヘイドンが自分の船室の鍵を受け取りに来、その際にマスターキーのコードを知ることができたかもしれない」(ヘイドンは、カーチスクリッパーを使用して船内のマスターキーを作成できた→2、3AFGH、4、11と相まって、犯人は、被害者の船室、ハリントンの船室、洗濯室、病室のすべての場所に行き来しており、マスターキーを所持していた可能性が強い→8、9と相まって、ヘイドンが犯人である可能性が一層高い)
  13. バンドマンのアーティ・ホデル証言「被害者を含めたバンドのメンバーは、毎日午後11時10分ころから午後11時30分ころまで休憩し、事件当日も、被害者は、午後11時15分に自分の船室に戻った」
  14. シーパレス号乗船記録(ヘイドンは以前同船舶に複数回乗船したことがある→ヘイドンは、3Dの船内の乗務員専用階段の存在や13のバンドのメンバーの休憩時間を知っていた可能性が高い→3D、6、7と相まって、ヘイドンが被害者殺害後に慌てて医務室に戻ったことに合致する)
  15. ヘイドンの妻シルビア・ダンジガー(以下「シルビア」)証言
    1. 「ヘイドンは事件の日の前の週末にラスベガスに行った」(ヘイドンは拳銃「ブリティッシュ・ウェザビーを購入する機会があった」
    2. 「自分は裕福であるが、ヘイドンが自分を異性関係で裏切ったら、離婚する」(ヘイドンは、被害者との不貞関係が公になることを恐れていた可能性があり、被害者の殺害の動機がある)

1自白がある上、8、9の指紋、掌紋と、3ACE、6A、10の羽に関する各証拠の証明力が大変強いです。そのほかにも、3AFGH、11、12のマスターキー関連、3I、5Bの亜硝酸アミンによる心臓発作の作出関連も、証明力が高く、15Bによって動機も立証できます。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

⑶ ヘイドンの余罪

物語上のヘイドンの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. ハリントンの身分証明書を偽造し、これを利用してハリントンになりすまして拳銃「ブリティッシュ・ウェザビー」を購入したと思われ、各行為について、有印公文書偽造罪、同行使罪、詐欺が成立します。
  2. カーチスクリッパーを所持していた行為については、カーチスクリッパーは特殊開錠用具にはあたらないので、ピッキング防止法上の特殊開錠用具所持罪は成立しないと思われます。
  3. マスターキーのコード「MASTER#A93」を確認した上で、カーチスクリッパーを使い、マスターキーの複製を作成した行為について、殺人予備罪が成立します。ただし、この殺人予備罪は殺人罪に吸収されます。
  4. カーチスクリッパーを海に投棄した行為について、廃棄物処理法上の不法投棄罪が成立します。
  5. ハリントンの船室に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
  6. ハリントンの船室内にハリントンが拳銃「ブリティッシュ・ウェザビー」を購入した旨の領収証を置いた行為について、証拠偽造罪が成立します。
  7. 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上のけん銃不法所持罪が成立します。
  8. 1回目の被害者の船室に侵入した行為について、被害者は侵入を許諾していたようですので、住居侵入罪は成立しないと思われます。
  9. 医務室から医療用ゴム手袋を1回目に窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  10. 2回目の被害者の船室に侵入した行為(殺害時)について、被害者は侵入を許諾していなかったと思われ、住居侵入罪が成立します。
  11. ゴム手袋を海に投棄した行為について、廃棄物処理法上の不法投棄罪が成立します。
  12. 医務室から医療用ゴム手袋を2回目に窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  13. マジシャンのカーティス・クレデルから拳銃を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  14. カーティス・クレデルの拳銃を発射した際に使用した手術用ゴム手袋を消化ホース内に置いた行為について、証拠偽造罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
  2. 動機
    被害者から不貞関係を暴露すると脅迫され、被害者から要求された金員を支払いたくない、不貞をシルビアに知られたくないというものであり、不貞は民事上違法であるものの、動機は人情としては理解できます。
  3. 結果
    死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、動機には少々汲むべき事情があるものの、犯行態様は悪質で、余罪も多いです。

有罪と認定されれば、量刑はやや厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他のヘイドンへの制裁

  1. 被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 被害者との不貞、本件殺害によって、ヘイドンは、シルビアから離婚され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。
  3. 得意先を大勢船旅に招待していたようですが、間違いなく犯行が知られ、ほとんどの得意先を失い、会社もヘイドン自身も破産するでしょう。なお、アの損害賠償義務は非免責債権ですので、破産しても免れることはできません。

⑹ 備考

被害者がヘイドンに対して被害者とヘイドンとの不貞関係を暴露すると脅迫して金員を喝取しようとした行為について、恐喝未遂罪が成立します。

⑺ ヘイドンはどうすればよかったか

ここでは、何とか殺人等の罪を避ける道がなかったか検討します。

ヘイドンは、被害者から不貞関係を暴露すると脅迫され、被害者から要求された金員を支払いたくない、不貞をシルビアに知られたくないということから、被害者の殺害に及んでいます。これはもう開き直るしかなく、シルビアが知れば離婚となり、今の地位を失うかもしれませんが、それでも、被害者の好きにさせるべきでした。各方面へコネクションがあるでしょうし、商才もありそうですから、再起を図ることもできたでしょう。また、被害者が不貞関係を不特定多数人が知り得る方法で公然と暴露すれば、名誉棄損に基づく損害賠償請求も可能です。

⑻ ヘイドンに完全犯罪は可能であったか

2回目に窃取した手術用ゴム手袋でマジシャンのカーティス・クレデルの拳銃の発射の硝酸反応をつけたことが、全く余計なことでした。これを行わず、なおかつ羽を病室に残さなければ、完全犯罪となり得たでしょう。