第03話 構想の死角
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ケン・フランクリン(以下「フランクリン」)で、「メルビル夫人」シリーズを執筆したコンビ作家の片割れです。もっとも、フランクリンは、実際は執筆する能力がなく、作品を全く書いていません。
第一に、コンビ作家のもう一方の片割れであるジム・フェリス(以下「ジム」)に対し、拳銃で射殺した行為(第1行為)について、殺人罪が成立します。
第二に、食料品店「ラ・サンカ雑貨店」店主のリリー・ラ・サンカ(以下「ラ・サンカ」)に対し、シャンパンの瓶で殴打して撲殺した行為(第2行為)について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、フランクリンの工作したシナリオは、
第1行為については「ジムは、オフィスで仕事をしている最中、何者かに射殺された。その際、フランクリンは、サンディエゴの別荘に居たので、無関係である。」、
第2行為については「ラサンカは、ボートで湖に出たところ、頭を打って湖に落ちて溺死した。」、というものです。
まず、物語の中で、フランクリンは、自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においてもフランクリンの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- フランクリンの自白(ほぼすべて立証できます)
- 第1行為について
- ジムの遺体、その報告書
- 公園前通り237番地所在のフランクリン自宅の実況見分調書
- (高級絵画の真作が多数ある→フランクリンは浪費家である→フランクリンは金に困っていた可能性がある)
- (配達された手紙の封が開けてある→フランクリンは帰宅後自宅に入る前にジムの遺体を発見したようであるが、通常であればショックと驚愕を感じているはずであり、それにもかかわらず手紙を開封するのは妙である)
- ジムの妻ジョアナ・フェリス(以下「ジョアナ」)証言
- 「フランクリンは、『メルビル夫人』シリーズを全く執筆しておらず、ただ、出版社との交渉、テレビ出演、インタビューの応対、映画会社への売込み等を行うのみであった」
- 「ジムはシリアスな作品の執筆を望み、フランクリンとのコンビの解消をし、既にシリアスな作品の執筆を開始していた(Aと相まって、フランクリンはジムにコンビを解消されると印税等の収入を失い、また、世間はコンビ解消後に作品を発表しないフランクリンについて創作の能力がないと思うはずである)
- 「ジムは、いつも、創作のアイデアで思い付いたことを、マッチ箱やたばこのケースなどメモしていた」
- 保険会社記録(フランクリンとジムは、互いに多額の保険をかけ合っていた→ジムが死亡すればフランクリンへ多額の保険が支払われる→Bア、Cイと相まって、フランクリンにはジムを殺害する動機があった)
- ジムのメモ「AがBを殺すに際し、Bを郊外の別荘に連れて行き、自宅の女房に電話させる。『追い込みの仕事。でオフィスにいる』と。そしてズドン。」(フランクリンの第1行為の内容そのものである)
- 第2行為について
- ラ・サンカ遺体(頭部に外傷がある)
- 「ラ・サンカ雑貨店」実況見分調書
- (ダイニングルームの床シャンパンのコルクの栓が落ちている)
- (「メルビル夫人」シリーズの「殺人処方箋」があり、裏表紙にフランクリンによる「我がリリーへ愛を込めて」とのサインがある)
- フランクリン名義の預金口座の銀行記録(第2行為の事件の当日1万5,000ドルの引出しがあり、翌日には同額の預入れがある→フランクリンは、何らかの理由で1万5,000ドルが必要がであったが、すぐに必要がなくなったようである→フランクリンがラ・サンカから第1行為についてゆすられており、ラ・サンカを殺害したと仮定すれば、合理的である)
- コロンボ証言
- 「ラ・サンカ殺害の夜、フランクリンに宛てて別荘に電話してが、誰も出なかった」(フランクリンには、ラ・サンカ殺害時のアリバイがない)
- 「サンディエゴの別荘への出発直前、フランクリンはシャンペンを2本用意していた(フランクリンは、サンディエゴの別荘で誰かとシャンペンを飲む予定であったようである→Bアと相まって、フランクリンが「ラ・サンカ雑貨店」でラ・サンカとシャンペンを飲んでいたことと矛盾しない
すべてそれ自体脆弱な証拠です。物語上は2Eが決め手となっていますが、フランクリンが自白をしなければ、フランクリンの各犯行を証明できるものでは全くありません。もっとも、フランクリンは自白をしているので、各証拠は自白を補強するものとなり、結局、証拠全体で大きな証明力を得るに至ります。
以上から、証拠は十分といえ、本件は通常なら有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ フランクリンの余罪
物語上のフランクリンの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
- ジムのオフィス内の什器備品等を滅茶苦茶にした行為について、器物損壊罪が成立します。
- ジムのオフィスで酒を飲んでから自動車を運転した行為について、道路交通法上の酒気帯び運転罪が成立するでしょう。物語上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態とまでは評価し辛いと感じたので、酒酔い運転罪ではなく、酒気帯び運転罪としました。
- ラ・サンカ殺害後にラサンカに渡した1万5,000ドルを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為について
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
金に困っていたところへ、ジムからコンビ解消を告げられて今後の収入が得られなくなってしまったため、保険金目当てで行った犯行であり、極めて自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
- 第2行為について
- 犯行態様
後頭部をシャンペンの瓶で殴打するという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
第1行為についての口止料として金1万5,000ドルを要求されたところ、口封じのための犯行であり、ラ・サンカの要求が恐喝に当たり得ることを考慮すると、やや悪質と評価されるに留まります。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
- 以上のとおり、2人を殺害している上、少なくとも犯行態様と動機は悪質ですし、余罪もあります。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。
⑸ その他の犯人への制裁
- ジョアナらジム、ラ・サンカの各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- マスコミによって、全く文章の創作能力がないことが暴露されるでしょう。
- 酒気帯び運転罪について、体内のアルコール量によって、運転免許停止または取消処分となります。
⑹ 備考
ラ・サンカがフランクリンに対して第1行為の口止料として1万5,000ドルを要求しこれを受け取った行為について、恐喝罪が成立します。
⑺ フランクリンはどうすればよかったか
ここでは、何とかフランクリンが犯罪の実行を避ける道がなかったか検討します。
まず、そもそも、全く文章の創作能力がないのであれば、ジムとのコンビ作家として世に出ず、持ち前の営業能力を存分に活かすべく、マネージャーとして振る舞うべきでした。
次に、分不相応な贅沢品の購入は控えるべきでした。
そして、ジムからコンビ解消を申し向けられたとしても、これをやむを得ないものとして受け容れ、贅沢品を売却してしばらく生計を立て、持ち前の営業能力を活かす他の道を模索すべきでした。ジムとのコンビ解消の際、ジムとの間で、フランクリンには全く文章の創作能力がないことを口外しないという約束を取り付けることができた可能性もあります。
さらに、ラ・サンカから恐喝された時点で、自首すべきでした。
⑻ フランクリンに完全犯罪は可能であったか
上記のとおり、証拠はそれぞれ脆弱です。自白をしなければ、完全犯罪となり得たでしょう。