2020

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Thu

第38話 ルーサン警部の犯罪

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ウォード・ファウラーこと、さらにチャールズ・キプリングこと、ジョン・シュネリング(以下「ファウラー」)で、テレビドラマ「刑事ルーサン」で主演を務める俳優です。

テレビドラマ「刑事ルーサン」のプロデューサーのクレア・デイリー(以下「被害者」)に対し、金を奪って拳銃で射殺した行為について、強盗殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、ファウラーの工作したシナリオは、「被害者は、『トニーの店』でサンドウィッチを購入しようとした際、強盗に襲われ死亡した。その際、ファウラーは、自宅に居り、マークと一緒に野球中継を観ていた。凶器として用いられた拳銃には、被害者の夫シド・デイリー(以下「シド」)のセーターの糸くずが付着しており、犯行が謀殺であったとしても、シドが犯人であると思われる。」というものです。

まず、物語の中で、ファウラーは、自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 被害者の遺体、実況見分調書、解剖調書、被害者のクレジット・カード、ダイヤの指輪、わに革のハンドバッグ、それらの報告書
    1. (背後から心臓を1発撃たれている)
    2. (被害者のクレジット・カード、ダイヤの指輪、わに革のハンドバッグは犯人によって奪取されておらず、犯行が財産目当てではなかったと思われる)
    3. (被害者の衣服の背部の弾痕は、実際に撃たれた背中の傷よりも3センチメートル下にある→被害者が撃たれたとき、被害者は両手を上げていたようである)
  3. 拳銃、その報告書
    1. (凶器)
    2. (拳銃は、ファウラーの出入りする撮影所の撮影所の銃砲保管室で保管されている→ファウラーは拳銃を入手、利用できた)
    3. (空弾にファウラーの指紋がある→ファウラーは空弾や拳銃に触った)
  4. 「トニーの店」店主トニー証言
    1. 「犯人は、青いキルティングジャケットと赤いスキーマスクを着用していた」
    2. 「犯人は落ち着いていた」
    3. 「犯人は中背だった」
  5. 青いキルティングジャケット、赤いスキーマスク、それらの報告書
    1. (青いキルティングジャケット、赤いスキーマスクは、ファウラーの出入りする撮影所の備品である→ファウラーは青いキルティングジャケット、赤いスキーマスクを入手、利用できた)
    2. (マスクにはパンケーキ等4種類の化粧品の成分が付着している→撮影時のメイクと矛盾しておらず、ファウラーが赤いスキーマスクを着用した可能性がある)
  6. スタッフ証言「事件の日の昼、被害者に電話があったが、被害者は、ファウラーと一緒にファウラーの自動車の中に入り、そこで電話をとった」
  7. 被害者の秘書キャシー証言「事件の日の昼、被害者に電話した際、被害者は、『トニーの店でサンドウィッチを買う』と言っていた」(6と相まって、ファウラーは被害者とキャシーの通話を聞き、被害者がトニーの店に行くことを知ることができた)
  8. ファウラーシークレットシューズ、その報告書(ファウラーのシークレットシューズは履いた者の身長を5センチメートル高くする→4Cと相まって、ファウラーがシークレットシューズを履いていなかったとすればファウラーが犯行を行ったことと矛盾しない)
  9. ファウラーの身上調書(ファウラーは、元砲兵隊に所属しており、射撃の名手であり、脱走兵であった→2A、4Bと相まって、ファウラーにとっては犯行が可能かつ容易で、被害者が脱走を知っていたなら被害者を殺す動機があった)
  10. マークの腕時計、その報告書、マークの証言「いつも時計を5分進めている」(当該時計は滅多に狂わない高級品であるが、ファウラーの犯行後は時間が正確になっていた→何者かが時計に細工して時間を正確にした可能性がある)
  11. ファウラーのビデオデッキ(ファウラーは当該ビデオデッキを使用してマークを通じてアリバイ工作をすることが可能だった→10と相まって、ファウラーはマークを利用してアリバイ作りをした可能性がある)
  12. 被害者の株券、ファウラー作成の借用書(ファウラーは被害者に対して経済的負担を負っていた→9と相まって、ファウラーには被害者を殺害する動機があった)
  13. コロンボ証言「ファウラーは、シドの青いセーターの糸くずを入手した」(ファウラーはシドの青いセーターの糸くずを入手したため、ファウラーにはシドの糸くずの仕込みによってシドを犯人に仕立てることが可能だった)

拳銃が凶器であることは、物語上当然の前提とされていましたが、弾道検査によって認定できるでしょう。そして、自白がある上、3凶器の拳銃関連が決定的です。その上、5青いキルティングジャケット、赤いスキーマスクという証拠物もあり、自白以外の証拠も充実しています。また、10、11、13など、犯人のシナリオを否定する証拠も存在します。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と優に認定できるでしょう。

⑶ 犯人の余罪

物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 軍役から脱走した行為について、敵前逃亡罪(自衛隊員であることが前提)が成立します。
  2. 撮影所の衣装部や銃砲保管室に侵入するための特殊開錠用具を所持した行為について、ピッキング防止法上の特殊開錠用具所持罪が成立します。
  3. 撮影所の衣装部に侵入した行為について、建造物侵入罪が成立します。
  4. 撮影所管理の衣服、マスクを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  5. 撮影所の銃砲保管室に侵入した行為について、建造物侵入罪が成立します。
  6. 撮影所管理の拳銃を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  7. 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の銃砲所持罪が成立します。
  8. マークを昏睡させた行為について、マークに対する傷害罪が成立します。
  9. トニーから売上金を強取した上トニーを殴打して失神させた行為について、トニーに対する強盗傷害罪が成立します。
  10. 青いキルティングジャケット、赤いスキーマスクを処分した行為は、物を損壊したという側面を持ちますが、その違法性は窃盗罪で評価し尽くされていますので、別途器物損壊罪は成立しません(不可罰的事後行為)
  11. 撮影所管理の拳銃を戻すべく再び銃砲保管室に侵入した行為について、建造物侵入罪が成立します。
  12. シドの青いセーターの糸くずを凶器の拳銃に付けた行為について、証拠偽造罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    心臓を拳銃で撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
  2. 動機
    動機は、被害者から脱走の事実を公表すると脅されて、ファウラーの「刑事ルーサン」出演のギャラの半分を喝取されていたことから、かかる事態から解放されたいという心情といっていいでしょう。これは人情としては理解できますので、悪質とまではいえません。
  3. 結果
    死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様は大変悪質であるものの、動機は悪質とまではいえません。また、犯人が自白していることは、犯人の有利に斟酌されるでしょう。

以上から、量刑は、厳しいものにはならないでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. シドら被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. ドラマ「刑事ルーサン」の放送続行が不可能となり、テレビ会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。

⑹ 備考

被害者がファウラーに対してファウラーが脱走兵であったことを公表しない代わりに「刑事ル-サン」出演のギャラの半分を要求した行為について、恐喝罪が成立する可能性があります。

⑺ ファウラーはどうすればよかったか

脱走と債務負担の事実が公になってしまうことを受け容れ、返済できない程の債務であれば破産申立てをすべきでした。有名人でも破産して再起を図って成功した方や、破産をせず完済できた方もいます。

⑻ ファウラーに完全犯罪は可能であったか

空弾の指紋を拭き取り、なおかつ、自白をしなければ、他の証拠では有罪立証に十分とはいえず、不謹慎ながら完全犯罪となったのではないかと思います。