第66話 殺意の斬れ味
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人らは、CCベンチャー社の代表者クリフォード・カルバート(以下「クリフォード」)の妻キャサリン・カルバート(以下「キャサリン」)と、警察官パトリック・キンズレー(以下「キンズレー」)です。
キャサリンとキンズレーの共謀の上、キンズレーが金融ブローカーのハワード・セルツァー(以下「被害者」)を被害者自宅で射殺した行為について、殺人罪の共同正犯が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、キャサリンとキンズレーの工作したシナリオは、「被害者自宅の絨毯の繊維やペット猫の毛がクリフォードの背広の背面に付着していたこと、被害者自宅灰皿にクリフォードの愛好する葉巻の端切れがあったこと等から、犯人はクリフォードである。」というものです。
まず、物語の中で、キャサリンもキンズレーも自白をしていました。そのため、裁判時においてもキャサリンとキンズレーの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- キャサリンとキンズレーの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、解剖調書(死因は射撃されたことを原因とする出血多量である)
- 警備会社担当者ボビ・コラネリ証言
- 「最初の警報は午後6時19分であり、その直後に警備会社が被害者に電話したところ、被害者は応答し、異常はないとのことであり、正確にパスワードも述べていた」(午後6時19分の時点では異常はなかったようである)
- 「次に午後6時24分に警備用端末のパニックボタンが押されたようで再び警報が鳴ったので、警備会社は警察に通報し、次いで被害者に電話した」(Aと相まって、犯行時刻は午後6時24分前後である)
- 被害者自宅実況見分調書、葉巻の切れ端、その報告書(灰皿に葉巻の切れ端があり、直線的に切断されている)
- クリフォード証言
- 「被害者自宅に行ったことはない」
- 「被害者死亡の日、日中はオフィスにおり、午後7時に開始するマリーナ・デルレイでの結婚式に出るため、午後5時30分か午後6時にオフィスを出て自動車を運転した」
- 「マリーナ・デルレイへの道中、サンセットとパインビューの交差点の店舗でのど飴を買った」
- 「その後、午後7時に式場に着き、結婚式が終了すると、外で友人テッドと話をしていた」
- 「さらにその後、パーティに出て、キャサリンとダンスをした」
- 「自分は葉巻を愛好しており、葉巻の端はウェッジカッターを使って楔形に切断している」(4の葉巻の切れ端とは切断面が整合せず、クリフォードは犯人ではない可能性がある)
- 店舗防犯カメラ映像「事件当日午後6時35分にクリフォードはのど飴を購入している」(クリフォードには事件に近接した時刻にアリバイがある)
- 実況見分調書「被害者自宅を挟んで北にマリーナ・デルレイの結婚式場があり、南に6の店舗がある」(クリフォードが真に犯人であれば、クリフォードが犯行現場の被害者自宅から目的地であるマリーナ・デルレイの結婚式場と逆方向の店舗に行くことは考えにくい→6と相まってクリフォードが犯人でないことは確実である→誰かがクリフォードに罪を着せるためにクリフォードの背広の背面に絨毯の繊維やペット猫の毛を付けたり、クリフォードの葉巻の切れ端を置いたようだ)
- ハリー提供の写真
- 「クリフォードとテッドが話をしているところが写っており、その際クリフォードの背広の背面には何も付着していない」
- 「その後のキャサリンとダンスをしている際には、クリフォードの背広の背面には絨毯の繊維やペット猫の毛が付着しており、キャサリンはクリフォードの背広の背面を触っている」(7、8Aと相まって、キャサリンがクリフォードの背広の背面に絨毯の繊維やペット猫の毛を付けたようである→キャサリンにはクリフォードに被害者殺害の罪を着せる理由があったようである→キャサリンが犯人である可能性がある)
- キンズレーの万能ナイフ、その領置調書、鑑定書(4の葉巻の切れ端は、キンズレーの万能ナイフによって切断されたものである→キンズレーにはクリフォードに被害者殺害の罪を着せる理由があったようである→キンズレーが犯人である可能性がある)
- 警察官ウィル証言「キャサリンを警察車両に乗せたようとして後部ドアを開けて案内したところ、キャサリンは前がいいと言って前部の助手席に乗った」(キャサリンは乗り物酔いの防止のためか、自動車の後部座席には乗らず前部座席に乗るようである)
- コロンボ証言
- 「キンズレーは、犯行現場に葉巻の切れ端がないことを大変気にしていて、日を改めて現場に出向くほどだった」(キンズレーは葉巻の切れ端によってクリフォードに罪を着せたかったと考えられ、が犯人であることと矛盾しない)
- 「キンズレーは、キャサリンにコーヒーを出す際、クリームをどけて、甘味料の容器を前に出した」(キンズレーはキャサリンがクリームを使わないこと、甘味料を使うことを知っていた→キンズレーとキャサリンは懇意である)
- 「キンズレーは、キャサリンが自動車に乗ろうとする際、キャサリンのために前部ドアを開けた」(10、11Bと相まって、キンズレーとキャサリンは懇意である→8、9と相まって、キンズレーとキャサリンは共犯である)
- 弁護士トレイシー・ローズ証言「CCベンチャー社と被害者は裁判で係争中であり、被害者が勝訴すればCCベンチャー社もクリフォードも莫大な損失となる」(少なくともキャサリンには裕福な生活を維持するために被害者を殺害する動機があった)
3~9でクリフォードが犯人である可能性は確実に否定されます。その上で、キャサリンとキンズレー双方の自白があり、それぞれの自白が互いの自白を補強し合います。
以上から、証拠は十分といえ、本件は、有罪と認定することが可能でしょう。
キャサリンの自白については、コロンボがキャサリンに対してキンズレーがキャサリンに罪を着せている旨の虚偽の事実を申し向けて得られた偽計によるものです。しかし、キャサリンの供述の自由等の人権を制約するものではなく、自白内容が虚偽であるおそれもなく、さらに違法捜査とまではいえないので、かなり際どいですが、自白は任意になされたものと認められ、辛うじて証拠能力が認められるでしょう。また、コロンボは、クリフォードの自宅と弁護士スチュアート・マーチの法律事務所で、それぞれ、クリフォードの葉巻の吸い殻を窃取しています。この点は、形式的にはクリフォードの財産権を侵害していますが、キャサリン、キンズレーいずれの権利をも侵害していませんし、そもそもクリフォードが捨てたものと評価し得るので、問題はないと考えます。
⑶ キャサリンとキンズレーの余罪
- キャサリンがクリフォードの拳銃を窃取した行為について、窃盗罪の共同正犯が成立します。ただし、キャサリンについては夫婦間の窃盗であるので、親族相盗例によって刑罰は免除されます。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪の共同正犯が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
キャサリンについては、横暴なクリフォードと離婚したいものの、クリフォードの資力に依拠した裕福な生活を捨てられないという言語道断な犯行動機です。キャサリンの動機は、大変悪質です。
キンズレーについては、必ずしも物語上明確ではありませんが、キャサリンと堂々を交際したいというものと思われ、一定程度悪質です。 - 結果
被害者は即死しているように見えますが、死因は、出血多量と明言されており、残酷です。
以上のとおり、犯行態様、動機、結果すべてが悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- キャサリンはクリフォードから離婚を請求され、慰謝料等の経済給付を強いられるでしょう。
- キンズレーは、懲戒免職によって警察官の地位を失うでしょう。
⑹ 備考
- クリフォードがセルツァーを殴った行為について、傷害罪が成立します。
- コロンボの罪責
- クリフォードの自宅でチョコレートを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
- クリフォードの自宅でクリフォードの葉巻の吸い殻を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
- 弁護士スチュアート・マーチの法律事務所でクリフォードの葉巻の吸い殻を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
⑺ キャサリンとキンズレーはどうすればよかったか
キャサリンは、クリフォードが被害者との裁判が終結するよりも前に、きちんと手続を踏んで、クリフォードと離婚すべきでした。婚姻年数等にもよりますが、それなりの財産分与を取得することができたでしょう。
また、キンズレーは、キャサリンのクリフォードとの離婚を待つべきでした。
その上で、キャサリンとキンズレーは、堂々と交際、婚姻をすべきでした。
⑻ キャサリンとキンズレーに完全犯罪は可能であったか
キンズレーがクリフォードの葉巻を普段のクリフォードと同様に楔形で切断し、繊維と毛の細工をせず、キンズレーがキャサリンとの関係が発覚しないように振舞い、さらに、コロンボに何を言われようともお互いを信じ合うことが出来ていれば、完全犯罪となり得ていたでしょう。