第65話 奇妙な助っ人
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、グレアム・マクベイ(以下「グレアム」)で、ティンバー・リッジ牧場の経営者です。
第一に、10月4日木曜日に、弟でティンバーリッチ牧場の副経営者であるテディ・マクベイ(以下「テディ」)を射殺した行為(以下「第1行為」)について、殺人罪が成立します。
第二に、翌10月5日に、マフィアのブルーノ・ロマーノ(以下「ロマーノ」)を射殺した行為(以下「第2行為」)について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、グレアムの工作したシナリオは、「テディはロマーノに対して債務があったという背景事情があり、ロマーノは、10月4日午後8時30分にテディに電話をし、その日の午後11時過ぎにテディを呼び出して殺害した。さらに、ロマーノは、翌10月5日夜に、グレアムを殺害するために、グレアムの自宅に来てグレアムを殺害しようとしたところ、グレアムによる正当防衛によって殺害された。」というものです。
まず、物語の中で、グレアムは自白をしていました。裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- グレアムの自白(ほぼすべて立証できます)
- テディの遺体、解剖調書、報告書
- (自動車内で死亡した)
- (喫煙の習慣がなかった)
- (死亡したのは午後11時から翌午前1時の間である)
- テディの自動車、実況見分調書、報告書、
- (洗車の領収証がある)
- (灰皿の中に煙草の灰があるが、吸い殻はない)
- 競馬場駐車係証言「煙草は吸わないし、テディの自動車を預かるときに車内で煙草を吸うはずがない」
- 2Aの領収証、その報告書(テディは、10月4日午後0時15分に、フルサービスの洗車をしている→洗車の段階で灰皿の中は掃除したはずである→2B、3B、4と相まって、何者かがテディの自動車に乗って煙草を吸った)
- 3Bの煙草の灰の報告書(灰に係る煙草の銘柄が判明)
- コロンボ証言
- (グレアムは3Bと同じ煙草の銘柄を吸う→2B、3B、4、6と相まって、グレアムがテディの自動車に乗った可能性がある)
- (グレアムは、競馬場でソーダ少な目のスコッチ・アンド・ソーダを注文していた)
- (グレアムは、金の洒落たライターを使用している)
- グレアムの身体検査調書(グレアムは大男である)
- ロレーン・バチンスキー証言「10月4日木曜日午後11時にレストラン「ブルーノの店」を閉めて、ロマーノの家に行ってロマーノと会い、翌朝まで一緒に過ごした」(ロマーノはテディ殺害の犯人ではない)
- 「ブルーノの店」バーテンダー証言
- 「9月22日に480ドル支払って駆除業者に害虫等の駆除を依頼した」
- 「10月4日午後8時30分ころ、女子トイレに2匹の鼠が出て、ロマーノが鼠捕りを仕掛けて捕まえた」(同時刻にロマーノはテディに電話をかけていない→⑨と相まって、ロマーノはテディ殺害の犯人ではない)
- 「鼠が出たとき、金の洒落たライターを持った見慣れない大男の客が来ていて、ソーダ控えめのスコッチ・アンド・ソーダを注文した」(7BCと相まって、その男はグレアムである可能性がある→Bと相まって、テディに電話をかけたのはグレアムである可能性がある)
- 10Bの鼠の死骸、その報告書(品種は尾長カリフォルニア鼠であり、ロサンゼルス市内にはおらず、ティンバー・リッジ牧場のような山岳地帯に生息する→⑩Ⓑの鼠は自然発生したわけではなく、誰かが意図的に持ち込んだ可能性が高い→グレアムが、ロマーノがテディを殺害したと偽装するために、電話をかける機会を作るべく、鼠を「ブルーノの店」に持ち込んだ可能性がある)
- 拳銃、その報告書
- (グレアムの自白によって、ティンバー・リッジ牧場の裏庭の小鳥の水浴び台の下から発見された→グレアムの自白の信用性を補強する)
- (ロマーノが以前立件されたとき所持していた拳銃である→ロマーノの死が真にグレアムによる正当防衛によるものであれば、グレアムが拳銃をティンバー・リッジ牧場の裏庭の小鳥の水浴び台の下に隠す必要はない→それにもかかわらずグレアムが拳銃をティンバー・リッジ牧場の裏庭の小鳥の水浴び台の下に隠したのは、グレアムがテディ殺害の罪をロマーノに着せるためにほかの拳銃を使ってテディを殺害し、それを後にロマーノに持たせ、他方で本来のロマーノの拳銃を闇に葬る必要があったからである)
第1行為については、1自白があり、さらに、12凶器の拳銃もあり、9、10Bでグレアムのシナリオも否定されます。第2行為についても、1自白があり、また、12Bでロマーノの死がグレアムの正当防衛によるものであることが否定されます。上記以外の証拠も1自白を補強します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は通常なら有罪と認定することが可能でしょう。
しかし、実は、グレアムの自白には大問題があります。すなわち、グレアムの自白は、ヴィンチェンゾ・フォテーリ(以下「フォテーリ」)がグレアムに対して殺害することを予告し、さらにコロンボがグレアムを見捨てるという違法かつ極限的な状況下でなされています。そのため、グレアムの自白は、グレアムの供述の自由を侵害する、虚偽供述の危険がある、捜査の違法を排除する必要がある等の理由で、任意になされたものでないものとして、証拠能力が否定されます。また、自白の結果得られた12も、その証拠能力を認めると自白の証拠能力を否定する趣旨が損なわれるので、自白の証拠能力が否定される影響で、自白と同様に証拠能力が否定されるでしょう。
仮に裁判で弁護人が上記の主張をすれば、その余の証拠だけではグレアムの有罪を立証することはできず、グレアムは無罪となる可能性が高いでしょう。
⑶ グレアムの余罪
ア 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
イ 競馬のレース直前に馬フィドリングブル(フィドル)に細工をして調子を落とさせた行為について、偽計業務妨害罪が成立します。
ウ 第2行為直後にロマーノからロマーノの拳銃を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状に
ついて検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で
評価します。
ア 犯行態様
第1行為、第2行為いずれも拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。
イ 動機
第1行為、第2行為いずれもティンバー・リッジ牧場の経営権の独占や、繰り返し借金をつくるテディを嫌って行われたものです。テディは繰り返し借金を作る、ロマーノはティンバー・リッジ牧場に法外な要求をするという点でテディにもロマーノにも一定の落ち度があり、若干その点がグレアムに有利に斟酌されるでしょうが、総じて悪質といえます。
ウ 結果
テディ、ロマーノともに、死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質です。2人を殺害していますし、有
罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。
⑸ その他の犯人への制裁
ア グレアムとテディの両親は死亡し、互いに独身で子どもがいないようなので、グレアムは、本来、テディの法定相続人であり、テディの遺産を相続できるのが原則です。しかし、グレアムはテディを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、テディの遺産の相続権を失います。
イ ロマーノの遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
ウ あってはならないことですが、服役後もフォテーリに命を狙われるか、一定の嫌がらせを受けるでしょう。
⑹ 備考
ア バーンスティーンらフォテーリの手下がコロンボを強引に自動車に乗せてフォテーリの下へ連れて行った行為について、逮捕罪、公務執行妨害罪の共同正犯が成立します。
イ フォテーリとその手下がグレアムに対して殺害の予告をしてティンバー・リッジ牧場の権利の譲渡を迫った行為について、強盗利得未遂罪の共同正犯が成立します。
ウ フォテーリの指示でその手下がグレアムに対してグレアムを自動車で駆り立てた行為について、その過程で信号無視等の交通違反があれば、交通違反の態様に応じて、道路交通法違反の共同正犯が成立します。
エ 高級レストラン「ベイ・リーフ」でフォテーリやその手下がグレアムに暴行した行為について、暴行罪の共同正犯が成立します。なお、コロンボに対する暴行は、コロンボの承諾があったと解され、罪は成立しません。
⑺ グレアムはどうすればよかったか
冷たいようですが、テディを見捨てるか、テディを援助する代わりにティンバー・リッジ牧場の経営権や両親の遺産をすべてグレアムが譲り受ける合意をする等して、物事を解決すべきでした。