第57話 犯罪警報
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ウェイド・アンダース(以下「アンダース」)で、テレビ番組「犯罪警報」の司会者ですが、ポルノ映画「ホリー・ヒューストンを総なめ」に男優として出演していたという過去があります。
テレビ局KRVAのニュースキャスターのバド・クラーク(以下「被害者」)に対し、ニコチン・サルフェートを摂取させて心臓発作を起こさせ死亡させた行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、アンダースの工作したシナリオは、「被害者は、急性心不全で死亡した。その際、アンダースは自身の会社「ウェイド・アンダース・プロダクション」のオフィスで仕事をしていた。」というものです。
まず、物語の中で、アンダースは自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- アンダースの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、その報告書、解剖調書
- (被害者の左手には煙草がある)
- (死因は急性ニコチン中毒で、肺から致死量の3倍の量のニコチンが検出された)
- (死亡推定事項は午後6時から午後7時までの間である)
- (煙草からはB程の量のニコチンは摂取できず、被害者は高度濃縮のニコチン・サルフェートを摂取したようである)
- 被害者自宅実況見分調書、煙草の吸殻、「死への脱走」という表題の原稿、それらの報告書
- (被害者のいた部屋のテーブルや寝室にあった各灰皿の中の各煙草の吸い殻は、フィルターにニコチンの染みがあり、なおかつ、押しつぶして消されている→各吸い殻は実際に吸われている)
- (被害者の左手にあった煙草と被害者うつ伏していた机の上の灰皿の中の煙草の吸い殻は、フィルターにニコチンの染みが無く、なおかつ、後者の煙草はねじって消されている→各吸い殻は吸われていない→Ⓐと相まって、B被害者の左手にあった煙草と被害者がうつ伏していた机の上の灰皿の中の煙草の吸殻は被害者が吸ったものではなく、何者かが作為によって作出したものである可能性が高い→2Dと相まって、被害者は犯人によってニコチン・サルフェート入りの煙草を吸わされて死亡した可能性がある)
- (机の上に「死への脱走」という表題の原稿があり、表題は単語の1文字目だけ大文字だけでその余は小文字の文字構成となっている)
- (Cの原稿には、表面にしか被害者の指紋が付いていない→被害者が自らCの原稿をプリンターから取ったのであれば、原稿の表裏の各面それぞれ被害者の指紋が付くはずであり、妙である)
- (ガレージの被害者の自動車の中に、「メモテープ」と題された音声テープがあり、再生すると、被害者の肉声で「ハリウッドのアーニー、ポルノ映画について」との音声が録取されている)
- 被害者秘書証言
- 「被害者はいつも自ら原稿をタイプ打ちしていた」
- 「被害者と共有していた原稿で『死への脱走』という表題のものはない」
- 「事件の前日、被害者は午後3時ころアンダースに会いに行くと言って出かけ、30分ほどでオフィスに戻った」
- 「被害者も自分も含め、報道部全体が原稿の表題をすべて大文字で記載する習慣である」(3Cと相まって、3Cの原稿は、被害者以外の何者かが作成して置いたものである可能性がある)
- ポルノ映画販売店「アーニー」店主証言
- 「被害者は、アンダースによって悪口を言いふらされたせいで、テレビ番組『犯罪警報』の司会者となれず、アンダースを恨んでいた」
- 「被害者とは軍隊の同期で仲が良く、若き日のアンダースが出演しているポルノ映画『ホリー・ヒューストンを総なめ』のビデオテープを送付した」(被害者が「ホリー・ヒューストンを総なめ」にアンダースが出演していること知ったのであれば、アンダースが被害者を殺害する動機となり得る)
- アンダースの自動車、実況見分調書、報告書(左側ドアに、3本と4本の各線状痕がある)
- 犬シバ、その報告書
- (シバの左前足の爪が1本欠けている)
- (シバが前足でひっかくと、左と右でそれぞれ3本線と4本線の各線状痕ができる→特徴において一致するため、6のアンダースの線状痕は、シバのひっかきによってできたものである可能性がある)
- 被害者隣人エリック・ラーセン証言「事件の日、シバはずっと自宅またはその付近にいた」(6、7と相まって、アンダースは被害者宅に来たことがある)
- 防犯ビデオ映像(アンダースがオフィスに入るときの映像では背景の植え込みが綺麗に刈られているが、帰りのときは背景の植込みが刈られていない→短時間で植込みがかように成長するはずはなく、当該防犯ビデオは捏造されたものである→アンダースのアリバイは成立しない)
アンダースが被害者にニコチン・サルフェートを摂取させた証拠はなく、また、6~9も事件当日にアンダースが被害者宅に行ったことまでは証明できず、全体的に証拠は弱いです。しかし、自白がある上、他の証拠も自白を補強し得るものにはなっています。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
もっとも、殺害当時、被害者はまさにアンダースに対して強要を行っている最中だったので、アンダースの被害者に対する正当防衛が成立する余地があります。しかし、強要という目に見えない態様での侵害に対し、アンダースは殺害という粗暴的な手段で対抗しており、アンダースの殺害行為は防衛のための必要最小限度のものとはいえず、正当防衛は成立しません。したがって、過剰防衛となり、刑の任意的減免事由となるにすぎません。
⑶ アンダースの余罪
アンダースの余罪はありません。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
ニコチン・サルフェートを致死量の3倍の量摂取させるという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
ポルノ映画「ホリー・ヒューストンを総なめ」に出演していたという自らの汚点を公表されて現在の地位を失いたくないという動機であり、なおかつ、これについて被害者による卑劣な強要に遭っていたため、一定程度斟酌の余地があります。 - 結果
死因は、心臓発作による呼吸停止で、被害者の苦痛が大きく、大変悪質です。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様、結果は悪質ですが、動機に酌むべき事情があり、余罪もありません。また、正当防衛こそ成立しませんが過剰防衛が成立します。そのため、一定程度寛容な判決となる余地があるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 結局テレビ番組「犯罪警報」は降板となるでしょう。
- テレビ番組「犯罪警報」の継続出演が不可能となり、テレビ会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 自身の会社「ウェイド・アンダース・プロダクション」は倒産するでしょう。
⑹ 備考
- 被害者がアンダースに対してポルノ映画「ホリー・ヒューストンを総なめ」に出演していたことを公表すると脅してテレビ番組「犯罪警報」を降板するよう強要した行為について、強要未遂罪が成立します。
- アンダースの自動車とコロンボの自動車が接触した交通事故について、どちらにも過失があると認められ、それぞれ過失割合に応じて損害賠償責任を負うでしょう。
- 本編と全く関係ありませんが、デューク・デマルコ(以下「デマルク」)とバーバラ・ベイラーがバーバラ・ベイラーの夫を殺害した行為について、殺人罪の共同正犯が成立します。さらに、デマルクには、ニューヨークで強盗罪、フィラデルフィアで大麻所持罪の被疑事実があるようです。
⑺ アンダースはどうすればよかったか
シルベスター・スタローンのように、過去のポルノ映画出演を隠さず、被害者による強要には毅然と対応し、開き直って別の成功を掴むべきでした。
⑻ アンダースに完全犯罪は可能であったか
煙草をきちんと吸ってニコチンの染みを残し、なおかつ潰して消した吸い殻を被害者宅に残し、被害者の自動車から音声テープを回収し、自分の自動車に付けられた犬シバによるひっかき傷をすぐに修理しておけば、完全犯罪が可能であったでしょう。