第55話 マリブビーチ殺人事件
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ウェイン・ジェニングス(以下「ジェニングス」)で、プロテニス選手です。
上辺だけの交際相手で作家のテレサ・ゴーレンに対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ジェニングスの工作したシナリオは、
①「ジェニングスは、愛車の赤色ジャガーでパームスプリングスからロサンゼルスを経由してマリブビーチへ向かった。その途中、ジェニングスは、ロサンゼルスから、午前6時25分に会計士ヘレン・アシュクロフト(以下「アシュクロフト」)に電話をし、午前7時15分に被害者の秘書メーヴィスに電話をした。その後、被害者宅に戻ったところ、被害者は死亡していた。」というもので、これがコロンボに否定されかけると、
②「ジェニングスは、実際には、午前7時に被害者宅に着き、自身について虚偽が記載された黒い手帳を読み、逆上して被害者の背中を拳銃で撃った。しかし、被害者はその当時既に何者かによって頭部を撃たれていて死亡していた。そのため、ジェニングスの上記行為には、殺人罪は成立せず、死体損壊罪が成立するにとどまる。」というものになりました。
まず、物語の中で、ジェニングスは、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 被害者の遺体、その報告書、実況見分調書、解剖調書
- (それぞれ、背中に25口径の拳銃で1発、頭部に22口径の拳銃で1発、被弾している)
- (被弾の順序は、頭部、心臓の順番であり、その間の時間は約30分間以内である)
- (頭蓋骨が砕けており、死亡の原因となったのは頭部の被弾である)
- (死亡推定時刻は午前5時30分以降である)
- (ハイソックスを履いている)
- (メイデンフォームのパンティを履いており、右側からラベルが出ている)
- 22口径の拳銃、報告書(被害者の頭部を狙撃した拳銃であり、被害者宅前の海岸で発見された)
- 新聞配達員証言「事件当日午前7時ころ、赤色ジャガーが被害者宅から2~3キロメートル離れたハイウェイをロサンゼルス方面に猛スピードで走行していた」(ジェニングスのシナリオ1は否定される)
- メイドンホーム製のパンティ、その報告書(正しく履くとラベルは左側にくる→1Fと相まって、女性であればパンティの前後を間違えて履くことは考えにくく、男性が被害者の遺体にパンティを履かせた可能性がある)
- ヘレン・アシュクロフト会計士事務所の電話機のジェニングスによる留守番電話音声記録、報告書
- (午前6時25分の着信である)
- (録音内容中には、カラスの鳴き声が入っている)
- 生命保険の保険証券、その報告書(被害者はジェニングスを受取人とする保険金額金100万ドルの生命保険に加入しており、被害者が死亡すればジェニングスは金100万ドルを受領する)
- 被害者の姉ジェス・マカーディ(以下「ジェス」)証言
- 「事件当日午前3時少し過ぎに被害者になりすましてジェニングスに電話をかけ、男女交際関係の解消を告げた」(6と相まって、ジェニングスが保険金目当てで被害者を殺害する動機となる)
- 「被害者は、飛行機に乗るときや、自宅でくつろぐときはスラックスを履いていた」
- 「被害者は、スラックスを履くときはハイソックスを履いていた」
- 被害者の秘書メーヴィス証言
- 「被害者は、スラックスを履くときは、ハイソックスを履いていた」
- 「事件当日、被害者は飛行機でシアトルに行く予定だった」
- ソーカル・ケーブルテレビ担当者証言
- 「事件当日午前5時50分から午前6時25分まで、被害者宅の見える位置で高所作業をしていた」
- 「作業時、カラスの鳴き声がうるさかった」(5Bと相まって、ジェニングスは、事件当日午前6時25分に、被害者宅からヘレン・アシュクロフト会計事務所に電話をかけた可能性がある)
- 被害者出演番組等の報告書(ジェニングスと被害者は男女交際関係にあり、同居していた→7BC、8と相まって、ジェニングスは、8Bの被害者のシアトル行きの予定、被害者が飛行機に搭乗するときはスラックスを履くこと、スラックスを履くときはハイソックスを履くことを知っていたと推認できる→ジェニングスが被害者殺害後に被害者にハイソックスを履かせた可能性がある)
1F、4が物語上強く押し出さていますが、メイドンホーム製のパンティの前後やラベルの位置を知らないであろう多くの男性の中から犯人がジェニングスであると特定する根拠とはなっておらず、全く決め手にはなりません。また、カラスはあちこちにいる以上、5、9Bだけでは頭部への狙撃当時ジェニングスが被害者宅に居たことは証明できません。
以上から、証拠が以上のものだけであれば、ジェニングスの犯行それ自体やジェニングスが犯人であることを立証できず、本件は無罪となる可能性が高いでしょう。もし十分な証明を行うとすれば、ジェニングスの自白を引き出したいところです。物語のその後のコロンボら捜査担当者の取調べに期待するしかありません。
⑶ ジェニングスの余罪
物語上のジェニングスの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- パームスプリングスとマリブビーチまでの自動車運転時、確実に速度超過をしていたでしょうから、道路交通法上の速度超過罪が成立します。
- 探偵チャーリーを背後から羽交い絞めにした行為について、暴行罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人の頭部を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
ジェスからの架電によって被害者から男女交際関係の解消を告げられたと誤信し、保険金目当てに被害者を殺害したものと思われ、酌むべき余地はなく、大変悪質といえます。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていませんが、何らかの頭部外傷であり、残酷です。
以上のとおり、犯行態様、動機及び結果すべてが悪質です。そのため、有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- ジェスら被害者の遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- ジェスら被害者の遺族が被害者宅を相続し、自宅の立退きを強制されるでしょう。
- 自ら生命保険の被保険者である被害者を殺害した以上、保険金は受領できません。
- テニス協会の登録を抹消され、大会参加等プロテニス選手として活動することはできなくなるでしょう。
- 被害者のみならず、アシュクロフト、映画プロデューサーのポール・ロッカの妻マーサ・ロッカ、看護婦、ジェスのメイドのローザ、ひいてはジェスとも男女交際をしていたようですが、全員から男女交際関係の解消を告げられるでしょう。
⑹ 備考
ジェスがジェニングスを殴打した行為について、暴行罪が成立します。
⑺ ジェニングスはどうすればよかったか
そもそも被害者を裏切るような他の女性との男女交際関係を形成すべきではありませんでした。
ジェスからの架電によって被害者から被害者との男女交際関係の解消を告げられたと誤信しても、まずは被害者との話合いを模索するべきでした。すぐに誤解が解けて、被害者と婚姻することが出来たことでしょう。