第49話 迷子の兵隊
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、フランク・ブレイリー(以下「ブレイリー」)大佐で、元軍人で、国防関連のシンクタンクであるファースト財団の幹部で、民間人訓練生で構成するファースト財団訓練軍団の大佐です。
元軍人で同財団の同僚レスター・キーガン特務曹長(以下「被害者」)に対し、心臓をナイフで刺して花火を被弾させた行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ブレイリーの工作したシナリオは、「被害者は、ファースト財団訓練軍団の軍事演習中、誤って、迫撃砲を模した花火が着弾する窪地に入り、被弾し、死亡した。その際、ブレイリーは、パジェット将軍の誕生日を祝う夕食会に備え、パジェット将軍へのプレゼントのため、パジェット将軍宅のプールハウスにおいて、事件当日の夕方に届けられた軍隊ミニチュアを並べて南北戦争のジオラマセットを制作していた。」というものです。
まず、物語の中で、ブレイリーは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもブレイリーの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、実況見分調書、泥や小枝や落ち葉、それらの報告書、解剖調書
- (心臓を刺されている→花火を被弾した事故死ではなく殺人である)
- (うつ伏せの状態である)
- (着衣の後部襟に、泥や小枝や落ち葉が多く入っている→Bと相まって、うつ伏せの状態であれば後部襟に自然には泥、小枝、落ち葉は自然には入らないはずであり、何者かが被害者を仰向けのまま両足を引っ張って引きずり、その際に入ったものと思われる)
- ファースト財団本部の実況見分調書、懐中電灯、その報告書
- (被害者死亡現場の突き出ている岩の下に懐中電灯がある→岩は突き出ているので花火の着弾でも懐中電灯が岩の下に入るはずはなく、何者かが投げ入れたものと思われる→2と相まって、被害者は殺人の被害に遭ったようである)
- 被害者のオフィスの実況見分調書(被害者の机には日付の繋がった求人広告の切り抜きが多数あるが、月曜日以降の分はない→被害者にとって月曜日に転職を考えなくてよい重大な事情があった可能性がある)
- (クリーニング店から戻された被害者に衣服に添付されたポケットの内容物に、「L・ダンスタン ウィンドショアー・アパート2A」と記載されたメモがある)
- パジェット将軍自宅プールハウス実況見分調書、ミニチュア軍隊の北軍兵士1体、南北戦争関連書籍、軍隊ミニチュアと記載された箱、マカダム書店の箱、それらの報告書
- (本棚に陳列された南北戦争関連の書籍の奥に、ミニチュア軍隊の北軍兵士が1体転がっている→月曜日の朝に書籍が届いて同日夕方にミニチュア軍隊が届いたなら、書籍の奥には兵隊は入らないはずである)
- (南北戦争関連書籍全体の容積は2.9立法フィートである)
- (軍隊ミニチュアと記載された箱は、3.1立法フィート以上ある→Bと相まって、南北戦争関連の書籍がすべて収まる)
- (マカダム書店の箱の容積は2立法フィートである→Bと相まって、南北戦争関連の書籍は、マカダム書店の箱には入らない→事件の日の朝にマカダム書店の箱が届けられていたが、この箱には南北戦争関連の書籍は入っていなかったはずである→仮にマカダム書店の箱に軍隊ミニチュアが入っていたとすれば、ブレイリーは事件の日の朝のうちに軍隊ミニチュアを並べて南北戦争のジオラマセットを制作することができたはずであり、これを制作していたとするブレイリーのアリバイは崩れ、ブレイリーが被害者を殺害することは可能であったはずである)
- パジェット将軍証言
- 「軍隊ミニチュアによる南北戦争のジオラマも、南北戦争関連の書籍も、ジェニーからのプレゼントであり、軍隊ミニチュアを実際に並べたのはブレイリーである」
- 「月曜日に、被害者に対して、スペシャル・プロジェクト基金の内容について調べるよう依頼した」
- スペシャル・プロジェクト基金のレポート真正版、その報告書(ブレイリーはアフリカに不正な武器輸出を行い、スイスの口座を利用して私腹を肥やしている)
- 国防総省マーティ・タウザー(以下「タウザー」)供述「ブレイリーはスペシャル・プロジェクト基金を利用して不正な武器輸出をしており、月曜日の朝、被害者に対してそのことを電話で伝えた」(3Bと相まって、被害者がブレイリーによる不正な武器輸出の認識をブレイリーに話した可能性がある→ブレイリーが被害者を殺害する動機となる)
- ウィンドショアー・アパート2Aの実況見分調書、歯ブラシ、四つ星のワイングラス、その報告書、鑑定書
- (ウィンドショアー・アパート2Aは、ブレイリーがL・ダンスタンという偽名で賃借している部屋である)
- (歯ブラシがある→パジェット将軍の妻ジェニー・パジェット<以下「ジェニー>の指紋が付着している→ジェニーはウィンドショアー・アパート2Aに出入りして歯を磨く程の私的な行為をしている→ブレイリーとジェニーは愛人関係にあるようである)
- (四つ星のワイングラスがある)
- ジェニー供述「8Cの四つ星のワイングラスは、パジェット将軍が軍から受贈したものである」(8Bと相まって、ジェニーがウィンドショアー・アパート2Aに持ち込んだものと思われ、ブレイリーとジェニーの愛人関係は確実である→3Cのメモと相まって、被害者はブレイリーとジェニーの不貞関係を知っていたようである→被害者が不貞を認識していたことは、ブレイリーが被害者を殺害する動機となる)
自白があり、3C、5B、6~9によって動機が明らかとなっており、4、5Aによってブレイリーのアリバイが崩され、さらに、その他の証拠は自白を補強します。以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
しかし、実は、大問題があります。すなわち、6のスペシャル・プロジェクト基金のレポート真正版、8Bの歯ブラシは、コロンボが無令状で窃取したもので、違法収集証拠として証拠能力が否定されます。また、8Bのの歯ブラシから派生したジェニーの供述も、違法の影響を受けて証拠能力が否定されるでしょう。さらに、タウザーの様子からは、法廷で7の証言を行うことが期待できません。
そうだとしても、1の自白は違法収集証拠の影響を受けておらず、また、8Cの四つ星のワイングラスと軍のパジェット将軍への寄贈記録でブレイリーとジェニーの不貞を立証でき、さらに4、5Aのアリバイ崩しには影響がないので、ギリギリですが、結果として有罪となり得るでしょう。
⑶ 犯人の余罪
物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 言及されていた「不正な武器輸出」の具体的態様が必ずしも明確ではありませんが、ファースト財団所有の武器を無権限で欲しいままに売却していたとすれば、その行為について、業務上横領罪が成立します。
- ナイフを所持していた行為について、銃刀法上の刀剣不法所持罪が成立します。
- パジェット将軍に対してジェニーとの不貞を暴露すると申し向けて責任追及を免れようとした行為について、強要罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
ナイフで心臓を突き刺す、また、花火を被弾させるという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
自ら不正な武器輸出とジェニーとの不貞を行っておきながら、それを露呈されることを防ぎたいものであり、自己中心的で、悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質です。有罪と認定されれば、量刑は一定程度厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 被害者に遺族がいれば、遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- ファースト財団から解雇されるでしょう。
- ジェニーとの不貞について、パジェット将軍から慰謝料の支払を請求されるでしょう。
⑹ 備考
- コロンボの罪責
- ファースト財団本部の立入禁止と表示のある部屋に入り、易経の現場を見た行為は、誰からも咎められておらず、ファースト財団からの黙示的な承諾があったものとして、適法となるでしょう。
- 8Bの歯ブラシを無令状で窃取した行為について、窃盗罪が成立します。また、捜査機関としてあってはならない行為であり、懲戒免職となり得ます。
- ブレイリーの秘書マーシャから6のスペシャル・プロジェクト基金のレポート真正版を無令状で窃取した行為について、窃盗罪が成立します。また、捜査機関としてあってはならない行為であり、懲戒免職となり得ます。
- 被害者がブレイリーに対して不正な武器輸出とジェニーとの不貞を公にすると脅迫して金員を喝取しようとした行為について、恐喝未遂罪が成立します。
⑺ ブレイリーはどうすればよかったか
そもそも不正な武器輸出とジェニーとの不貞が失敗です。途中で悔い改めて別の環境下で人生をやり直すか、または被害者に脅されてからもパジェット将軍に正直に告白して許しを乞うべきだったでしょう。
⑻ ブレイリーに完全犯罪は可能であったか
マカダム書店の箱を真に南北戦争関連書籍が入る程大きなものにしておいて、3Cのメモとスペシャル・プロジェクト基金のレポート真正版を破棄しておけば、アリバイを主張でき、また、動機の立証が不可能になるので、ほぼ完全犯罪となり得ていたでしょう。