第47話 狂ったシナリオ
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、アレックス・ブレイディ(以下「ブレイディ」)で、映画監督です。
第一に、ジェニー・フィッシャー(以下「ジェニー」)に対し、プライベート・フィルム撮影中に事故死させた行為(第1行為)について、ジェニーの安全を期す体制を整えなかった等の不注意があれば業務上過失致死罪が成立しますが、プライベート・フィルムの映像からは不注意の有無が明らかではないので、ブレイディは監督としてジェニーを保護する責任があったものとして、保護責任者遺棄致死罪の問題として、同罪が成立すると考えます。
第二に、1989年2月20日に、レニー・フィッシャー(以下「レニー」)に対し、圧力を与えて電流の流れる門を触らせて感電死させた行為(第2行為)について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ブレイディの工作したシナリオは、
第1行為については、「ジェニーはプライベート・フィルム撮影のロケ現場へオートバイに乗って向かう途中、自損事故によって死亡した。」、
第2行為については、「ブレイディは、1989年2月20日はおろか、1986年を最後に一切レニーと会っていない。」、というものです。
まず、物語の中で、ブレイディは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 第1行為について
- 新聞記事(ジェニーはオートバイの自損事故で死亡した→レニーも当時は新聞の記載内容通りに認識していたはずである)
- 16ミリ映像フィルム、その内容の報告書(ジェニーがプライベート・フィルム撮影中にオートバイで転倒し、ブレイディが慌てている→ジェニーの死亡事故は、ブレイディが監督したプライベート・フィルムの撮影中に生じた→Ⓐと相まって、ブレイディは、ジェニーの死亡を自損事故と偽装した)
- 第2行為について
- レニーの遺体、解剖報告書、ベルト、100ドルのトラベラーズチェック、靴、ブレイディ著作、実況見分調書、それらの報告書
- (死因は感電死である)
- (ベルトの中に100ドルのトラベラーズチェックがある→記載された番号から調査したところ、レニーの氏名、オルバニーの住所、免許証の写し、ジェニーと兄妹であること、メンズウェア販売店の稼働先等の事実が判明)
- (靴の片方の踵の部分が無くなっており、その部分がベトついている)
- (付近にブレイディの著作が落ちている)
- (エの著作の裏表紙に、ブレイディの稼働先の直通電話番号とブレイディの居る映画撮影所の代表電話番号が記載されている)
- 遺体発見現場の海岸の実況見分調書(電線は全くない)
- 気象記録
- (事件当日、ロサンゼルスに落雷はなかった→Aア、Bと相まって、レニーは、遺体発見場所以外のどこかで感電し、何者かによって遺体を遺棄された→レニーは何者かに殺害された)
- (事件当日夜の天気は雨予報であった)
- 映画スタジオ実況見分調書
- オープンセットのブラウンストーン街実況見分調書、靴の踵、その報告書
- (鉄門付近に靴の踵があり、焦げている→強い電気が通ったようである)
- (aの踵は、Aウの靴と一致する→aと相まって、レニーは、ブラウンストーン街で感電死した)
- ブレイディの個人部屋「ボーイズクラブ」実況見分調書、ブレイディのハルステッド大学の1979年の卒業アルバム、その中の撮影所見学ツアーのチケット、それらの報告書
- 2つのグラスにそれぞれチョコレートシロップとバニラアイスクリームのクリームソーダが入っており、1つはほとんど口を付けられておらず、1つは半分しか飲まれておらず、クリームは固くなっており、いずれのグラスにも口紅は付いていない→1989年2月20日ごろにブレイディに男性の客が来たようであるが、いずれのクリームソーダも飲み干されていないので、話がこじれる等したようである)
- (本棚にブレイディのハルステッド大学の1979年の卒業アルバムがあり、その中のジェニーの写っているページに、1989年2月20日午後3時12分発行の撮影所見学ツアーのチケットが挟んである)
- オープンセットのブラウンストーン街実況見分調書、靴の踵、その報告書
- レニー稼働先メンズウェア販売店担当者証言「レニーは、歯医者に行くので1日休みが欲しいと述べ、これに応えて1989年2月20日を休暇とした」
- 空港記録(レニーは、1989年2月20日朝にロサンゼルスに到着し、同日午後11時の帰りの便のチケットを購入していた)
- タクシー運転手カダーシャン証言「1989年2月20日朝、レニーを空港から乗車させ、同日午後3時10分ころ、撮影所のツアーセンターで降車させた」(Aエ、オDイbと相まって、撮影所見学ツアーのチケットは、レニーのものである可能性がある→撮影所見学ツアーのチケットを卒業アルバムに挟んだのはレニーである可能性がある→Dアイaと相まって、レニーはブラウンストーン街や「ボーイズクラブ」に来ていた可能性がある)
- デイビー証言「1989年2月20日夜、ブレイディからブラウンストーン街に散水しろと直接命じられて、実行した」
- 撮影所予定(ブラウンストーン街では、1989年2月20日から向こう半年間撮影の予定は入っていない→Cイ、Hと相まって、ブラウンストーン街で向こう半年間撮影の予定がないにもかかわらず、なおかつ天気予報では当日夜雨が降るとされていたにもかかわらず、ブレイディーがブラウンストーン街で散水を命じたのは妙である→Aアウ、Cア、Dアと相まって、ブレイディはレニーが感電しやすいようにブラウンストーン街での散水を命じた可能性がある)
- 1Bの16映像ミリフィルムの発見報告書(1Bの16映像ミリフィルムは、オルバニーのレニーの自宅から発見された→レニーは、ジェニーの死亡事故がブレイディの監督したプライベート・フィルム撮影中に生じたということを知った→ブレイディには、ジェニーの死の真相を隠すべく、レニーを殺害する動機があった)
- ブレイディの秘書ローズ証言
- 「以前レニーから電話がかかってブレイディに取り次いだことがあり、その際、ブレイディは怒ってすぐに電話を切った」
- 「Aの際の着電記録が紛失していた」
- 「ブレイディは、自分に退職を迫っていたが、ア、イを伝えた途端に態度を変え、自分を懐柔した」(ブレイディにとってローズを懐柔する動機は、レニーから自分へ電話がかかってきたことを秘すること以外に考えられない)
- ウェイター役ルイス・ロドリゲス証言、ウェイトレス役ベニントン巡査部長証言、ウェイトレス役ルース・ジャーニガン(以下「ジャーニガン」)証言「Kウは真実である」(Kウの証明力を補強)
- レニーの遺体、解剖報告書、ベルト、100ドルのトラベラーズチェック、靴、ブレイディ著作、実況見分調書、それらの報告書
自白はないものの、第1行為については、1Bによってジェニーがブレイディのプライベート・フィルム撮影中に死亡したことは明らかです。そして、1Aとの齟齬はブレイディがジェニーを遺棄したから以外には考え難く、ブレイディがジェニーを遺棄したことは認定できます。
第2行為については、犯行そのものを2Aア、Cイ、H、Iによって認定でき、2Aウ~オ、D~Gによって犯行とブレイディを結びつけることができ、また、1B、2Jによって動機を立証でき、さらにローズを懐柔しようとしたKLも有罪認定をよく補強します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
なお、第1行為の保護責任者遺棄致死罪の公訴時効は20年ですので、まだ時効は完成しておらず、起訴が可能です。
⑶ ブレイディの余罪
物語上のブレイディの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
フィル・クロセット(以下「クロセット」)と共謀して、女優2人をして、レニーがクラックを所持していた旨の供述をさせた行為について、証拠偽造罪の共同正犯が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為について
- 行為態様
詳細は不明ですが、瀕死のジェニーを放置等 - 動機
モロスコに見出されていたというチャンスをあったようですが、これを台無しにしないようにするという保身目的の犯行であり、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 行為態様
- 第2行為について
- 犯行態様
レニーを3Dホログラム映像で追い詰めつつ、水で湿らせた場所でレニーをして電流の流れる鉄門に触れさせて感電させるという、計画的かつ大変危険なものであり、大変悪質です。 - 動機
ジェニーの事故を隠蔽しようという保身目的であり、自己中心的で悪質です。 - 結果
レニーの死因は感電死で、安らかなものではありません。
- 犯行態様
以上のとおり、全体的に悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- ジェニーやレニーに遺族がいれば、遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 本件の罪を犯したからではありませんが、恋人であるジャーニガンに憎まれ、モロスコから今後の監督オファーを行わない旨宣言されており、監督生命は終わるでしょう。
⑹ 備考
- コロンボの罪責
- ボーイズクラブ内で勝手に卒業アルバムを見ていますが、ブレイディはクリームソーダを飲んでいいと言って去っており、その場の管理をコロンボに任せたものと評価できる余地があること、卒業アルバムは本棚にあり隠されていたわけではないこと等から、任意捜査として適法と思われます。
- ローズらに演技をさせたことは、捜査として適正を欠くとは思いますが、ブレイディの供述の自由等の利益を侵害しているとは評価できず、違法とまではいえないでしょう。
- コロンボがブレイディの大学の卒業アルバムを取ってきた行為は、さすがに令状に基づくものと思われますが、万が一勝手に持ってきたら、その行為に窃盗罪が成立します。
- レニーがブレイディに対してフィルムを突き付けて関係各所へ同フィルムを提出すると申し向けた行為は、それ以外に何かをブレイディに要求したわけではないので、犯罪は成立しません
- クロセットが、ブレイディと共謀して、女優をして、レニーがクラックを所持していた旨の供述をさせた行為について、証拠偽造罪の共同正犯が成立します。
⑺ ブレイディはどうすればよかったか
そもそも、ジェニーの死亡事故について、救急隊を呼び、警察に届け、責任を取るべきでした。
時間が経てば、レニーもいずれは許してくれたかもしれません。
また、映画監督としての資質に恵まれているようですので、ジェニーの事故の責任を負っても、その後地位と名声が得られた可能性もあったでしょう。
さらに、ジェニーの死亡事故を伏せてこれがレニーの知るところとなったとしても、潔く責任を取るべきでした。
⑻ ブレイディに完全犯罪は可能であったか
バディ・コーツからジェニーの死亡事故が映っている16ミリ映像フィルムを回収し、また、レニーの遺体からトラベラーズチェックの入ったベルトとブレイディの著作を回収しておけば、ほぼ完全犯罪となっていたでしょう。