第44話 攻撃命令
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、エリック・メイスン(以下「エリック」)で、人世支配研究所所長の心理学者です。
第一に、妻ロレイン・メイスン(以下「ロレイン」)に対し、ロレインの乗る自動車を崖から落とした行為(第1行為)について、殺人罪が成立します。
第二に、心理学者のチャーリー・ハンター(以下「チャーリー」)に対し、飼い犬のドーベルマンのローレルとハーディを利用して噛み殺させた行為(第2行為)について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、エリックの工作したシナリオは、
第1行為については、「ロレインは、自分の乗る自動車が崖から転落するという事故によって、死亡した。」、
第2行為については、「ハンターは、午後3時からエリックとテニスをする約束で、ローレルとハーディを連れて、エリックよりも先に、エリックの自宅に行った。そして、ハンターは、エリックの自宅のキッチン内で、ローレルとハーディに噛み殺された。そのとき、エリックは、医師アーニーの病院で定期健診を受けていた。」というものです。
まず、物語の中で、エリックは、自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- エリックの自白(ほぼすべて立証できます)
- ハンターの遺体、実況見分調書、解剖調書、報告書
- エリック自宅実況見分調書、ベビースポット、その報告書
- (キッチン天井にフックがある)
- (キッチンの床に藁が落ちている)
- (キッチンのハンターの死体の横の電話機の受話器は外れ、既に通話が切断されており、音が鳴っている)
- (娯楽室に汚れたベビースポットがあり、「キャラハン酒場所有 撮影用 カリフォルニア、ピーチトリー」と記載されている)
- (娯楽室の電話の回線が切れている→外部から電話があると、キッチンの電話機だけが鳴る)
- (敷地内のゲストハウスにはジョアンナ・ニコルズが居住している)
- 電話音の音声データ、電話局照会回答書(3Cの音は、外部から架電があった際に鳴る音である→電話機使用者は通話が終了すれば、受話器を下ろすはずである→受話器が外れていたのであれば、それは電話通話中にローレルとハーディが電話機を使用していたハンターを襲ったためである可能性が高い)
- ロサンゼルス市警察記録(本事件の通報は敷地内の住民のジョアンナ・ニコルズ<以下「ニコルズ」>によるもののみである→電話の相手方は、電話上の音声を通じてローレルとハーディによるハンターへの攻撃を知っていたはずであったにもかかわらず、警察への通報を行っていない→電話の相手方が犯人または犯行に関与している可能性が高い)
- エリック捜査段階供述「3Dのベビースポットは、事件の1週間前に入手した」
- エリックの秘書証言「事件前1週間は、エリックは夜も含めずっと仕事をしていた」
- ニコルズ証言
- 「ロレインが死んでから、エリックは、週末は、仕事をせず、犬を連れて出かけており、その際にはいつもガラクタを持って帰ってきていたので、3Dのベビースポットも、エリックが週末にローレルとハーディを連れて外出した際に入手したものだと思う」
- 「ハンターが被害に遭っているとき、ハンターはエリックの名前を呼んでいた」(3C、4と相まって、ハンターの被害当時の電話の相手方はエリックである可能性が高い)
- 「母屋の娯楽室の電話機を利用して警察に通報しようとしたが、回線が切れていたので、自分のゲストハウスの電話で警察に通報した」
- 「ハンターとロレインは愛人関係であったように思う」
- ハンター自宅実況見分調書、ハンターとロレインの写真、その報告書
- (ハンターとロレインが仲むつまじそうに写っている写真がある→8Dと相まって、両者は愛人関係であった→エリックがハンターを殺害する動機となり得る)
- (スーツのセットで1着だけジャケットのないものがある)
- キャラハン酒場実況見分調書、フック、球体、ジャケットの切れ端、棒、スピーカー、それらの報告書
- (フックがあり、金属同士でこすれた光沢がある→フックは3Aのフックと大変似ている)
- (犬の歯形がついた球体がある)
- (藁が落ちている→3Bの藁と似ている)
- (ジャケットの切れ端が落ちている→切れ端は9Bのジャケットの一部である)
- (Aのフックの下に棒が落ちている→棒はフックにひっかけることができる→A~Dと相まって、何者かがハンターのジャケットを着せた藁人形を棒に組み合わせ、それをフックに吊るし、犬にハンターの匂いを覚えさせて藁人形を攻撃させていたようである)
- (フックの下にボロボロのスピーカーが落ちている→A~Eと相まって、何者かが犬に藁人形を攻撃させるとき、スピーカーを藁人形に仕込んで、藁人形から音が出るようにしていたようである)
- ローレルとハーディ、報告書
- (ローレルとハーディは、甘えたがりで、すぐコロンボと仲良しになった)
- (ローレルとハーディは、電話のベルの音に反応し、「薔薇のつぼみ」という言葉を聞くと近くの人間を攻撃した)
- 護衛犬訓練所コーコラン訓練士証言
- 「一度狼のように野生化した犬は、人を攻撃するが、それ以後、人とじゃれ合わない(11Aと相まって、ローレルとハーディは、野生化してハンターを攻撃したわけではない)
- 「犬を訓練すれば、特定の言葉を攻撃命令として、犬に特定の人物を攻撃させることが可能である」
- 「ローレルとハーディは『薔薇のつぼみ』という言葉で人を攻撃するよう訓練されていたので、自分が『薔薇のつぼみ』という言葉で人にキスするように調教し直した」
- コロンボ証言
- 「エリックは、ローレルとハーディに対し、チョコレートを食べさせようとしていた」(犬にチョコレートは有害であり、エリックはローレルとハーディを殺害しようとしていた可能性がある→エリックによる罪証隠滅の可能性がある)
- 「自分がエリックに対しエリックがハンターを殺害したということを述べると、エリックは、ローレルとハーディに『薔薇のつぼみ』と言って自分を殺害しようした」(コロンボを殺害する動機は、コロンボによる追及から逃れるためと思われる→犯人でなければかような動機を抱くことはなく、エリックがハンター殺しの犯人である可能性が高い)
- 医師アーニー証言「事件当日午後3時ちょっと前に、自分は診察室にエリックを残して他の部屋に行った」(エリックは、その当時、誰にも見られずに電話をすることが可能であった)
- エリックの心電図(事件当日午後3時過ぎ、エリックの心臓は一気に激しく鼓動している」(3C、4、5と相まって、エリックがそのときにハンターへ電話したことと矛盾しない)
第1行為については、8Dと9Aで動機を立証できるにとどまり、その他ロレインの死亡とエリックとを結びつける証拠が一切なく、コロンボも「立証できない」旨言っている通り、無罪となるでしょう。
第2行為については、自白がある上、3C、4、5、8D、10、11B、12B、13B、14、15と実行行為に関する証拠が充実し、8D、9Aと動機も立証できます。以上から、第2行為については、証拠は十分といえ、有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ エリックの余罪
物語上のエリックの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。
なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します
- おそらくハンターからハンターのジャケットを窃取したと思われ、その行為について窃盗罪が成立します。
- ハンター宅から写真を取得した行為について、占有離脱物横領罪が成立します。
- ローレルとハーディに「薔薇のつぼみ」と言ってコロンボを噛み殺させようとした行為は、既に「薔薇のつぼみ」という言葉がキスする命令となっているので、コロンボの生命を害する現実的危険性がなく、不能犯として、殺人未遂罪は成立しません。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為について
- 犯行態様
ロレインの乗る自動車を崖から落とすという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
ロレインとハンターの不貞を知り、その怒りから行った犯行で、一定程度同情に値します。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
- 第2行為について
- 犯行態様
ドーベルマンのローレルとハーディ2匹を利用して人を噛み殺すという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
ロレインとハンターの不貞を知り、その怒りから行った犯行で、一定程度同情に値します。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
以上のとおり、動機には酌むべき事情がありますが、犯行態様はいずれも悪質です。
有罪と認定されれば、量刑は一定程度厳しいものとなるでしょう。無期懲役刑もあり得ます。
⑸ その他のエリックへの制裁
- エリックはロレインの法定相続人であり、ロレインの遺産を相続できるのが原則ですが、ロレインを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、ロレインの遺産の相続権を失います。
- ロレインやハンターの各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
⑹ 備考
- コロンボがハンターの自宅からハンターとロレインが仲良さげに写っている写真を取得していますが、仮に捜索差押え令状がなければ、この行為に遺失物横領罪が成立します。
- コロンボがエリックとの会話をエリックに秘して録音していますが、特にエリックが供述を拒否している様子もないですし、エリックの供述内容にプライバシー等の利益に関わる事項もないので、適法と考えます。
⑺ エリックはどうすればよかったか
不貞の被害者として気の毒な面がありますが、いずれにせよハンターとロレイン双方に慰謝料請求をし、ロレインと離婚するか、ロレインとハンターに今後の接触禁止を誓約させてロレインとの婚姻関係の修復を図る等、適法な措置を講じるべきでした。
稼働先に相談すれば、ロレインとハンターを遠ざけることに協力を得られた可能性もあります。
⑻ エリックに完全犯罪は可能であったか
ベビースポットからキャラハン酒場の調査に発展してしまったので、ベビースポットは拾うべきではありませんでした。また、実行行為としては、電話で「薔薇のつぼみ」と述べるのではなく、たとえば、タイマーで電話のベル音や「薔薇のつぼみ」の音声を再生し、犯行後にそのタイマー再生機を処分していれば、実行行為に関する証拠はなかったと思います。電話機を用いると、物語上の描写はありませんでしたが、電話局の通話記録でエリックがハンターに電話したことが明るみになることも防げます。