第41話 死者のメッセージ
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、アビゲイル・ミッチェル(以下「ミッチェル」)で、「殺人の第一人者」と評される小説家です。
姪フィリスの夫エドモンド(以下「被害者」)に対し、自宅の金庫内に閉じ込めて殺害した行為について、監禁殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ミッチェルの工作したシナリオは、「被害者が窃盗目的でミッチェル自宅金庫内に侵入したところ、誤ってそのまま閉じ込められてしまって死亡した。」、というものです。
まず、物語の中で、ミッチェルは、明確な描写はなかったものの、自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- ミッチェルによる自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体の実況見分調書、解剖調書、報告書
- (被害者のベルトは外されており、バックルに黒い塗料が付着していた)
- (爪に黒い塗料が付着していた)
- (自動車の鍵を所持していない)
- ミッチェル自宅の実況見分調書
- (ミッチェル自宅敷地内に被害者の自動車が駐車してあった→被害者は犯行現場に自動車で来ていた→2Cと相まって、被害者は自動車の鍵を所持していたはずなのに、これを所持していないのは不自然である)
- (金庫の中に黒い箱があり、一定の重ね方をすると上を指す矢印が浮かび上がった)
- (金庫内に燃え尽きたマッチが6本ある)
- (庭のスプリンクラ脇の茂みに被害者の自動車の鍵は落ちていない)
- (金庫内に白紙で端がギザギザの紙が2枚ある)
- (金庫内の黒い箱の上の電球を外すと「<『その夜』の部分がマッチの燃えカスで削除されている>アビゲイル・ミッチェルに殺された」と印字された紙がある)
- 報告書(2Aの被害者のベルトのバックルに付着した黒い塗料、2Bの被害者の爪に付着した黒い塗料、3Bの黒い箱の塗料は、すべて同じ塗料である→被害者がベルトを使って黒い箱に矢印を付けたようである)
- 報告書(3Eの端がギザギザの紙2枚と3Fの「アビゲイル・ミッチェルに殺された」と印字された紙は、ぴったり重なる→この3枚の紙は被害者が1枚の紙を3枚に破ったものである)
- 報告書(3Cの金庫内のマッチの燃えカスと、3Fの「<『その夜』の部分がマッチの燃えカスで削除されている>アビゲイル・ミッチェルに殺された」のメモの燃えカスとは、同一である→2~5と相まって、被害者が電球のソケットの中にメモを残し、その場所を黒い箱の矢印で伝え、ミッチェルによって殺害されたことを伝えようとしていたようである)
- メイドのエミー証言「灰皿の砂の中から自動車の鍵が出てきたので、それをミッチェルの秘書のベロニカ・ブライス(以下「ベロニカ」に渡した。)
- ベロニカ証言
- 「金庫の警報のスイッチは、事件の夜最後に見たときはが切ってあったが、翌朝は入っていた。」(何者かが被害者が金庫内に入った後に警報のスイッチを入れた可能性がある)
- 「被害者の自動車の鍵はエミーから受け取ってミッチェルに渡した。」
- 被害者の自動車の鍵、それをミッチェルが所持していた旨の発見経過の報告書、ミッチェル捜査段階供述「被害者の自動車の鍵を自宅庭のスプリンクラ脇の茂みで見つけた」(3Dと相まって、ミッチェルの供述は虚偽である→2C、3Aと相まって、ミッチェルが虚偽供述をした理由として、ミッチェルが被害者を殺害して証拠隠滅のために被害者の自動車の鍵を所持していたと考えられる)
- 被害者自宅実況見分調書(フィリスの写真が1枚も無い→被害者とフィリスの夫婦仲は悪かったと思われる→被害者がフィリスを殺害したことと矛盾しない→被害者によるフィリスの殺害をミッチェルが知っていたとすれば、犯行の動機となり得る)
1自白がある上、2~6から導かれるダイングメッセージが強力で、10から動機も弱いながらも推認でき、その他自白を補強する一連の証拠もあります。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ 犯人の余罪
今回は余罪がないようです。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
真っ暗で酸素の限られた金庫内に水も食べ物を与えずに閉じ込めるという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
フィリスが被害者に殺害されたことによる怨恨ゆえの犯行であり、フィリスの被害が事実であるとすれば、人情として同情の余地があります。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていませんが、おそらく窒息死または餓死と想定され、残酷です。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様、結果は悪質ですが、動機は悪質とまではいえません。
犯人が自白していることが犯人の有利に斟酌されるとしても、全体的にやや悪質であると認められ、量刑は一定程度厳しいものにはなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
ミッチェルは、今後逮捕・勾留されるでしょうから、連載中の作品があれば中止となり、出版会社から損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
もっとも、獄中で本件の殺害の経過を執筆すれば、その本が大いに売れて印税収入が得られてしまう気もします。
⑹ 備考
- 被害者がフィリスを殺害した行為について、殺人罪が成立します。
- ベロニカがミッチェルに対して監禁殺人罪の告発を示唆して経済的利益を喝取した行為について、恐喝罪が成立します。
⑺ ミッチェルはどうすればよかったか
物語上被害者によるフィリスの殺害は、4か月前のことにすぎず、まだまだこれを立件できる可能性があるように思います。ミッチェルが述べるように、コロンボであれば被害者の犯行であると突き止めることができるように思います。そのため、ミッチェルとすれば、コロンボ等の優秀な刑事にきちんと刑事告訴をすべきでした。
⑻ ミッチェルに完全犯罪は可能であったか
ダイング・メッセージの証明力が強いので、コロンボが発見する前にこれを隠滅し、さらに被害者の自動車の鍵を隠滅することが出来ていれば、完全犯罪をなり得たでしょう。