第34話 仮面の男
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ネルソン・ブレナー(以下「ブレナー」)で、表向きは経営コンサルタントですが、本当はCIA西部支局長の工作員「コロラド」です。
ウィンストン広告社の従業員AJヘンダーソンに扮したCIAの同僚「ジェロニモ」(以下「被害者」)に対し、頭部を2度バールで殴打して殺害した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ブレナーの工作したシナリオは、「被害者は、通称『追いはぎ天国』と言われる場所で強盗に襲われて死亡した。その間、ブレナーは、自分のオフィスでデフォンテの演説の原稿を口述録音していた。」というものです。
まず、物語の中で、ブレナーは、自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- ブレナーの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体の実況見分調書、報告書
- (被害者は額を殴打されている→戦闘経験豊富な被害者が正面から殴打されることは考え難く、被害者と犯人とは知人同士であった可能性がある)
- (被害者の上着は脱がされていたが、被害者の身には拳銃を収めておくホルスターが無かった)
- CIAコリガン部長証言
- 「ブレナーと被害者はいずれもCIA工作員であり、面識がある」(2Aと相まって、犯人はブレナーらCIA工作員であったことと矛盾しない)
- 「工作員は必ず拳銃を持っている」(ブレナーと被害者は、いずれも常時拳銃を所持していた→2Bと相まって、犯人は被害者がCIA工作員であることを秘すため、ホルスターを取った可能性がる)
- ブレナーの秘書ルース証言「事件の夜、ブレナーがオフィスに来た確証はない」
- デフォンテの演説草稿口述録音テープ
- (途中でブラインドを閉める音がする)
- (中国のオリンピックのボイコットについて言及されている)
- 新聞社、通信社、テレビ局報道部、北京放送ら照会回答書(中国のオリンピックのボイコットが公となったのは、事件翌日午前6時である→5のテープは事件翌日の午前6時以降に録音されたものである)
- 気象記録(事件翌日の日の出は午前6時05分であった)
- ブレナーのオフィスの実況見分調書、報告書
- (ブラインドのある窓は東向きで、日の出以後当該窓からブレナーの机に光が差し込む→4、5A、7と相まって、ブレナーは光を眩しく感じてブラインドを閉めた可能性があり、デフォンテの演説草稿を口述録音したのは午前6時過ぎであった可能性がある)
- Ⓑ (ブレナーのオフィスの時計は、1時間ごとに鐘がなるが、時計の針を動かすことで容易に時刻を修正できる→4~7、8Aと相まって、ブレナーのアリバイは崩れる)
どれも間接的な証拠か、ブレナーの工作したシナリオを否定する証拠ばかりで、積極的に犯人がブレナーであるという旨の直接的な証拠はありません。しかし、自白があり、なおかつその証明力が高いところ、上記の各証拠は自白を有効に補強します。また、ローレンス・メルビル(以下「メルビル」)の証言によってブレナー扮するスタインメッツの言動を立証し、スタインメッツ似顔絵、飛行機T33シルバースターの前のブレナーの若い時の写真、その修正写真によってブレナーとスタインメッツが同一人物であることを立証し、被害者がスタインメッツから海軍の暗号表を買い取ろうとしていたという事件の事実関係を証明することも期待できます。
したがって、結局のところ証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
なお、
メルビル証言「スタインメッツの指示で、事件の夜に被害者と会って話してすぐ別れた、スタインメッツは似顔絵通りの容姿である」、
クラブ「シンドバッド」バーテンダー証言「(被害者とメルビルの写真を見た上で)被害者は事件の夜午後11時ころ店に来てから軽く飲んで店内の自動販売機で煙草を買ってすぐ出て行った、レザーのジャンパーでタートルネックのセーターの若い黒人がすぐ追かけるように出て行った、その黒人は出した酒を飲まずに出て行ったので変に思った、被害者と黒人は話していない」、
ビルトモア・ホテルのボーイ証言「(被害者の写真を見た上で)被害者は午後4時にビルトモア・ホテルにチェックインした」、
ビルトモア・ホテルの受付係証言「(被害者の写真を見た上で)被害者はパイクのロングビーチ遊園地に行くときの所要時間を聞いた」、
パイクのロングビーチ遊園地の射的屋証言「(被害者の写真を見た上で)事件の日、2人連れで来た、2人とも射撃で10発全て的に命中した、被害者はぬいぐるみを返してくれた」、
写真「被害者とブレナーは事件当日揃ってパイクのロングビーチ遊園地に来ている」、
パイクのロングビーチ遊園地のカメラマン・ジョイス証言「自分は1日中来場者の客を撮っている、売れなかった写真は1週間ほど保存している、ブレナーはプリントもネガも20ドルで買ってくれた」、
タクシー運転手証言「(被害者の写真を見た上で)事件当日午後10時に被害者をビルトモア・ホテルから海岸まで乗せた」、
等の証拠も検討しましたが、ほぼ無価値に思われます。
⑶ ブレナーの余罪
物語上のブレナーの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 二重スパイをやって南米で300万ドルを稼いだようですが、詳細は不明で何ともいえないものの、国家公務員法違反が成立する可能性があります。
- 被害者に二重スパイの口止め料を支払う約束をしたことについて、贈賄罪が成立します。
- メルビルの運転していた自動車を爆破してメルビルに傷害を負わせた行為について、傷害罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
バールという危険な凶器で、額等の急所を強く殴打するという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
二重スパイをしていた事実を隠蔽するという保身目的の犯行であり、自己中心的で、悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質ですし、余罪もあります。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他のブレナーへの制裁
- 被害者に妻、父母、兄弟姉妹等の遺族がいれば、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 懲戒によってCIA工作員を免職されるでしょう。
⑹ 備考
被害者がブレナーに対してブレナーが二重スパイであることの口止めをする代わりに金員を要求した行為について、恐喝未遂罪と受託収賄罪が成立します。
⑺ ブレナーはどうすればよかったか
二重スパイをしていた南米の国に移住していれば、たとえ被害者に二重スパイの事実を公表されても、当該国が保護してくれたでしょうから、そうすべきでした。
⑻ ブレナーに完全犯罪は可能であったか
上記のとおり、ブレナーの自白がなければ、有罪の証拠は大変乏しいです。コロンボに対して犯行を認めるのではなく、何も言わなければ、無罪となっていたでしょう。また、中国のオリンピックのボイコットは、自らがCIA職員である以上一般よりも早期に知り得たという弁解が成り立ち得ると思います。