第26話 自縛の紐
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、マイロ・ジャナス(以下「ジャナス」)で、スポーツクラブ「マイロ・ジャナス健康クラブ」のフランチャイザー経営者です。
チャットワースの「マイロ・ジャナス健康クラブ」のオーナーのジーン・スタッフォード(以下「被害者」)に対し、金属の棒を被害者の喉に押し付けて窒息死させた行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ジャナスの工作したシナリオは、「被害者は、トレーニングウェアに着替え、午後9時過ぎにジャナスに電話をかけ、以後1人でトレーニングを行う旨を述べた。その後、被害者は、ベンチプレスをしていた際、手を滑らせてバーベルのシャフトが喉に食い込んだだめに、窒息死した。」というものです。
まず、物語の中で、ジャナスは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 被害者遺体、実況見分調書、解剖調書
- (被害者はトレーニングウェア姿で、その左足の運動靴の靴紐の結びの最初の輪は小指側に出来ている)
- (被害者は、死亡直前に、かに玉、春巻き、豚肉の唐揚げ、五目炒飯等大量の中華料理を食べていた)
- (死亡推定時刻は午後6~9時である→A、Bと相まって、大量の中華料理を食べた直後にトレーニングをすることは不自然である)
- チャットワースの「マイロ・ジャナス健康クラブ」実況見分調書、絨毯、カレンダー、バーベル、被害者の革靴、それらの報告書
- (被害者執務室内の絨毯にコーヒーの染みがある)
- (被害者執務室内のカレンダーに「レイシーに電話する」との書込みがある)
- (ロッカールームの被害者のロッカーに鍵がかかっている→中に革靴がある→左足の靴紐が解かれておらず、その最初の輪は親指側に出来ており、踵部分は焦げ茶色である→被害者が靴紐を解かずに革靴を脱ぐのは不自然である→1Aと相まって、同一人物である被害者は同じ方法で靴紐を結ぶであろうから、運動靴と革靴とで結び方を変えることは不自然である→通常の靴紐の結び方では最初の輪は親指側に出来るので、被害者運動靴は、被害者以外の何物かよって履かされて靴紐を結ばれたものである)
- (卓球場の床に焦げ茶色の足跡痕がある→Cと相まって、被害者の足跡のようである)
- (被害者が握っているバーベルは重量240ポンドである)
- 被害者トレーナー証言「被害者は、160ポンド以上のバーベルを上げることができなかった」(2Eと相まって、被害者が240ポンドのバーベルを上げようとしたことは不自然である)
- 検証報告書「2Dの卓球場の足跡痕は、格闘等激しい運動があって生じる」(卓球場で被害者は何者かと格闘をしたようである)
- チャットワースの「マイロ・ジャナス健康クラブ」清掃員マーフィ証言
- 「被害者死亡の日の午後6時過ぎに卓球場の床をワックスで磨いた」
- 「その後にそこを歩いたのは被害者と翌日来た警察官のみである」(5Aと相まって、2Dの足跡痕は新しいものである→2CD、4と相まって、被害者は、卓球場で何者かと格闘等したようである)
- 「被害者の執務室は被害者が仕事をしていたので掃除をしなかった」
- 「被害者の執務室の絨毯は近時敷いたばかりのものであり染みがなかった」(2Aの染みは新しいものである)
- 関係者(物語上誰かは不明)証言「被害者死亡の日の午後7時30分に被害者を見たときは、被害者は背広姿で、チャットワースの「マイロ・ジャナス健康クラブ」にはもう被害者しかいなかった」(2Cと相まって、チャットワースの「マイロ・ジャナス健康クラブ」内には誰もいなかったはずなのに、被害者がロッカーに鍵をかけるのは不自然である→被害者以外の何者かがロッカーに鍵をかけた可能性がある)
- 報告書(ジャナス以外に被害者のトレーニングウェア姿に言及した者はいない→1A、2C、6と相まって、被害者のトレーニングウェア姿が何者かに作出されたものであるという前提に立つ限り、被害者のトレーニングウェア姿を知っている、言及している者が被害者に危害を加えた可能性が高い)
- ジャナス供述調書「被害者が自分に電話してきたとき、被害者は、チャットワースの「マイロ・ジャナス健康クラブ」内に被害者1人でおり、トレーニングウェアに着替え済みで、その後30分間ほどトレーニングをしてから帰宅する、と言っていた」(1A、2C、6、7と相まって、ジャナスのみが被害者のトレーニングウェア姿に言及しており、ジャナスが被害者の死亡に関わっている可能性が高い)
- ジャナス著書「ジャナスは、250ポンドのバーベルを上げることができる」(2E、3と相まって、ジャナスであればバーベルを持ち上げて被害者の事故死を偽装することができた→1A、2C、6~8と相まって、ジャナスが被害者の事故死を偽装したものである可能性が高い)
- ジャナス身体検査調書(ジャナスの右手首に新しい火傷がある→2A、5CDと相まって、ジャナスが被害者の執務室で被害者と格闘した際、コーヒーがかかって火傷した可能性がある→2D、4、5ABと相まって、ジャナスは、被害者執務室、卓球場で被害者と格闘、殺害した)
- ジャナスの職場の録音機、切られてつなげられた録音テープ、それらの報告書(被害者の肉声の録取された録音テープは、前の通話から突如ジャナス秘書のジェシカ・コンロイ(以下「コンロイ」)の「スタッフォードさんからお電話です」の発言となっている→被害者による『やあジェシカ、ジーン・スタッフォードだ』云々の部分が抜けている)
- ジャナス宅実況見分調書(下4桁が6901と6902の電話機があり、6902の電話機の内線使用時のランプの電球が切れている)
- コンロイ証言
- 「ジャナスの職場の録音テープには被害者の音声が沢山残っている」(11と相まって、ジャナスは、録音機と録音テープから切り取った被害者の肉声を利用し、被害者の肉声を編集し、被害者がジャナスへかけたとされる通話を偽装することが可能だった)
- 「ジャナス自宅に行ったのは、被害者死亡の日が初めてである」
- 「ジャナスの自宅内で午後9時過ぎに電話がかかり、自分が電話に出たところ、被害者からのものであり、被害者は、『やあジェシカ、ジーン・スタッフォードだ』と述べ、自分がジャナスの家の電話に出たことについて驚いていない様子であった」(Bと相まって、被害者にとって、ジャナスの自宅への電話でジェシカが応答することは初めてであるにもかかわらず、被害者が驚かなかったことは不自然である)
- 「Bの電話は6902の電話機にかかってきた」(11、12、13BCと相まって、ジャナスは、アリバイ事実作出のために、切取り編集した被害者の肉声データを利用し、また、6902の電球を切り、被害者からその死亡の日の午後9時過ぎに電話がかかってきたことを偽装することが可能であった)
- ルイス・レイシー(以下「レイシー」)作成のジャナスの会社についての報告書
- (作成依頼は被害者からのものである)
- (ジャナスの会社は違法ではないが不当なやり方で利益を生んでいる→Aと相まって、被害者はそのことを探っていた)
- 被害者妻ルース・スタッフォード(以下「ルース」)証言
- 「被害者は健康であった」
- 「被害者とジャナスとは2~3か月前にバディ・キャッスル(以下「バディ」という。)の紹介で知り合った」
- 「ジャナスは、その経営する別会社において製造している二流健康商品を、被害者の会社などの加盟店に対して高値で売り付けたり、トンネル会社を使ってそれらの不当な事業を隠蔽していた」
- 「被害者は、ジャナスに対して、Cの事実を追及していた」(14Aと相まって、被害者はジャナスの不正を知っていた可能性が高い→ジャナスには保身のために被害者を殺害する動機があった)
自白がなく、論理が分かりにくいものの、コロンボの言う通り、1A、2C、6、7には強い証明力があり、そのほかにもジャナスの犯行を補強する証拠が充実しています。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ ジャナスの余罪
物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 被害者の会社に対して自分の経営するグリーン・イーグル・スポーツ用品社の製品を2650ドルで売却した行為、同じく自分の経営するセンチュリー事務用品、家具販売会社、MJなる会社を利用した行為は、被害者も了解していたようですし、ルイス・レイシーの指摘するとおり、合法です。
- 被害者の所有するチャットワースの「マイロ・ジャナス健康クラブ」に侵入した行為について、建造物侵入罪が成立します。
- イギリスのボーリン・ブルック旅行社を利用して不当な利益を得た行為は、被害者が言うには、集団で刑事告訴するのに値する、外国為替管理局が黙っていない、とのことですが、詳細が不明です。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
金属の棒で被害者の気管を潰すという大変危険な行為を犯しており、大変悪質です。 - 動機
自らの経営する会社の不当なやり口が露呈されることを防ごうという保身目的の犯行であり、自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は、気管支が潰れての窒息死であり、被害者の死亡直前の苦しみは甚大なものといえ、結果は重大です。
以上のとおり、全般的に大変悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- ルースら被害者の遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- テレビ番組を持っているようですが、当然放送打切りとなり、テレビ会社、スポンサー、所属芸能事務所から民情の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 代表者であるジャナスが殺人を犯した上、二流商品をフランチャイジーに購入させていたり、トンネル会社を用いて利益を不当に受領していたりしているので、ジャナスの持株が少なければ、ジャナスは取締役を解任されるでしょうし、それに前後して会社は倒産となるでしょう。
- コンロイから男女交際の解消を告げられるでしょう。
- 刑務所内では、思い通りのトレーニングの継続やプロテイン摂取ができず、犯行当時の肉体を保てなくなるでしょう。
⑹ 備考
ルースが、ジャナスに飲み物をかけた行為、及びそれによってジャナスの衣服を汚した各行為ついて、それぞれ、暴行罪、器物損壊罪が成立します。
⑺ ジャナスはどうすればよかったか
ここでは、何とか殺人等の罪を避ける道がなかったか検討します。
物語上、レイシーの指摘する通り、ジャナス、及びその会社の取引は合法だと思います。被害者が何をするとしても、堂々としていればよかったでしょう。
他方、イギリスのボーリン・ブルック旅行社を利用して何かをしていたようですが、詳細は不明であるものの、これが犯罪であったとしても、ジャナスは8か月後にアドリア海の別荘に移住する計画であったようなので、これを大至急前倒しにすべきでした。
⑻ ジャナスに完全犯罪は可能であったか
被害者に運動靴を履かせる際、左足の靴紐の最初の輪が親指側に出来るようにし、なおかつ、被害者がトレーニングウェアに着替えたと述べなければ、完全犯罪となり得たでしょう。