2021

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Sat

第13話 ロンドンの傘

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、第1事件についてはリリアン・スタンホープケン(以下「リリアン」)で、第2事件についてはおそらくはリリアンとニコラス・レイム(以下「ニコラス」)で、いずれも舞台俳優の夫婦です。

第一に、リリアンが演劇プロデューサーのサー・ロジャー・ハビシャム(以下「サー・ロジャー」)に対して頭部にコールドクリームの瓶を投げつけて死亡させた行為(以下「第1行為」)について、傷害致死罪が成立します。実行行為は頭部にコールドクリームの瓶を投げつけたというものにすぎず危険な凶器を使用する等していませんので、殺意はないものとして、殺人罪にはならず、傷害致死罪にとどまると考えます。

第二に、リリアンとニコラスが共謀して、おそらくはニコラスがサー・ロジャーの執事タナーを殺害した行為(以下「第2行為」)について、リリアンとニコラスに殺人罪の共同正犯が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、リリアンとニコラスが工作したシナリオは、

第1行為については「タナーが、サー・ロジャーの財産目当てに、サー・ロジャーを殺害した。その際、タナーは、『サー・ロジャーは自宅2階で読書をしていたところ、階段で1階に降りようとして誤って転落し、死亡した。』と見られるよう偽装した。」、

第2行為については、「タナーは、サー・ロジャーの殺害についての捜査機関による責任追及を恐れ、自殺した。」、というものです。

まず、物語の中で、リリアンは自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においてもリリアンの自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. リリアンの自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 第1行為について
    1. サー・ロジャー遺体、検死解剖医ダイバー作成解剖調書
      1. (左腿付近に紫色の斑点があり、腹部の血液が凝固している→死後間もなく遺体が何者かによって動かされたようである)
      2. (後頭部に打撲がある)
      3. (身体中に喧嘩をしたかのような傷がある)
      4. (死亡推定時刻は夕方から夜間にかけてである)
    2. サー・ロジャー自動車実況見分調書(ボンネットに雨の雫が付いている)
    3. サー・ロジャー洗車係証言「サー・ロジャーの自動車は毎日洗っているが、事件翌日は洗っていない
    4. 気象記録(事件夜、サー・ロジャーの自宅には雨が降っておらず、ロイヤル・コート劇場付近には雨が降っていた→B、Cと相まって、サー・ロジャーは、事件夜に、ロイヤル・コート劇場付近に行った可能性がある」
    5. パールのネックレスのパーツ、ロイヤル・コート劇場実況見分調書(リリアンの楽屋にパールのネックレスのパーツが落ちている→そのネックレスはリリアンのものである)
    6. 蝋人形館のジョーンズ証言「サー・ロジャーの蝋人形とその身の回りの品を展示してから、誰もそれらに触れていない」
    7. 蝋人形館のサー・ロジャーの傘、パールのネックレスのパーツ、その実況見分調書(中にパールのネックレスのパーツが入っている)
    8. 鑑定書(EとFのパールのネックレスのパーツは同じネックレスのパーツである→B、C、Dと相まって、サー・ロジャーは、事件夜、ロイヤル・コート劇場のリリアンの楽屋に行っていたようである)
  3. 第2行為について(タナーの家に行くために用いた自転車しか証拠がありません)

まず、証拠を上記のものだとすると、1リリアンの自白があり、ほかにも弱いながらも自白を補強する証拠といえそうです。

しかし、Gは、コロンボが捏造した証拠であるので、違法収集証拠として証拠能力がありません。また、1リリアンの自白も、証拠の捏造という重大な違法から生じたものであり、リリアンの供述の自由を侵害する、虚偽供述の危険がある、捜査の違法を排除する必要がある等の理由で、任意になされたものでないものとして、証拠能力が否定されるでしょう。

そうすると、残った証拠では、リリアンとニコラスの犯行を何も立証できず、本件は、無罪となる可能性が高いでしょう。

なお、ニコラスは発狂していますが、心神喪失の程度であれば、公判手続は停止されます。

⑶ リリアンとニコラスの余罪

物語上のリリアンとニコラスの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. ニコラスが去ろうとしていたサー・ロジャーの身体を掴んで引き留めた行為について、強要罪が成立します。
  2. リリアンとニコラスが共同してサー・ロジャーの自宅に侵入した行為について、住居侵入罪の共同正犯が成立します。
  3. ニコラスがサー・ロジャーの遺体を本人の自宅階段下に遺棄した行為について、死体遺棄罪が成立します。
  4. ニコラスがコールドクリームの瓶を廃棄した行為について、証拠隠滅罪が成立します。
  5. ニコラスがロイヤル・コート劇場の楽屋番ジョー・フェンウィック(以下「フェンウィック」)からサー・ロジャーの傘を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  6. ニコラスがコロンボとロンドン警視庁ダーク犯罪捜査局刑事部長(以下「ダーク」)に対してサー・ロジャーにサー・ヘンリー・アービングが所有していた「マクベス」を貸していたなどと虚偽の供述をした行為について、犯人隠避罪が成立します。
  7. ニコラスがフェンウィックとともに飲酒をしてから自動車を運転した行為について、道路交通法上の酒気帯び運転罪が成立するでしょう。物語上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態とまでは評価し辛いと感じたので、酒酔い運転罪ではなく、酒気帯び運転罪としました。
  8. リリアンとニコラスが共同して蝋人形館に侵入した行為について、建造物侵入罪の共同正犯が成立します。
  9. リリアンとニコラスが共同して蝋人形館からフェンウィックの傘を窃取した行為について、窃盗罪の共同正犯が成立します。
  10. リリアンとニコラスが共同してタナーの自宅にサー・ロジャーの書籍を置いた行為について、証拠偽造罪の共同正犯が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 第1行為について
    1. 犯行態様
      コールドクリームの瓶を頭部に投げつけるという危険な行為をしており、やや悪質です。
    2. 動機
      劇「マクベス」のプロデューサーであるサー・ロジャーが劇「マクベス」を中止しようとしたところ、これを止めさせようとして咄嗟に行った犯行であり、悪質とまではいえません。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。
  2. 第2行為について
    1. 犯行態様は不明です。
    2. 動機
      第1行為について感づいて恐喝をしてきたタナーの口を封じるとともに、第1行為をタナーの仕業と偽装するための保身目的での犯行であり、大変悪質です。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。
  3. 以上のとおり、2人を殺害している上、少なくとも第1行為の犯行態様は悪質ですし、第2行為の動機は大変悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. ダークらサー・ロジャー、タナーの各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 事実上俳優生命は絶たれるでしょう。

⑹ 備考

  1. コロンボがサー・ロジャーの傘の中にパールのネックレスのパーツを投げ入れた行為について、証拠偽造罪が成立します。コロンボは、この行為で懲戒免職となるでしょう。
  2. タナーがリリアンとニコラスに対して第1行為の捜査機関への告発を示唆して自らを雇用するよう求めた行為について、恐喝利得未遂罪が成立します。

⑺ リリアンとニコラスはどうすればよかったか

ここでは、何とかリリアンとニコラスが犯罪の実行を避ける道がなかったか検討します。

まず、そもそも、サー・ロジャーに色仕掛けをして劇「マクベス」を開演させようとしたことが誤りです。オーディションに出ていろいろな劇に出て名を売ったり、サー・ロジャーに正当に売り込んだりして、劇「マクベス」を開演すべきでした。

次に、サー・ロジャーから劇「マクベス」の中止を言い渡されたとしても、まずは話合いを試み、それでも中止となってしまえば、諦めるべきでした。その場合、改めて地道に努力をして別の機会に再起を期すべきでした。

また、タナーからゆすられた際、第1行為について自首すべきでした。はずみで行った側面もありますし、ニコラスについては犯行には関与していませんので、この時点で自首をしていれば、執行猶予判決となる可能性もありました。