第11話 悪の温室
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ジャービス・グッドウィン(以下「ジャービス」)で、蘭の栽培家です。
甥のアンソニー・グッドウィン(以下「被害者」)に対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ジャービスの工作したシナリオは、「被害者は、自動車を運転中に狙撃され、身代金目的で拐取された。そして、ジャービスが拐取犯人によって要求された身代金30万ドルを交付した後、被害者は、射殺された。被害者の自動車を撃った弾丸、被害者を射殺した弾丸は、いずれも同じ拳銃から発射されたものであり、その拳銃は被害者の妻キャシー・グッドウィン(以下「キャシー」)の自宅から発見されたため、キャシーが、被害者を身代金目的で拐取し殺害した犯人である。」、というものです。
まず、物語の中で、ジャービスは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 被害者遺体、解剖調書、弾丸、実況見分調書(体内に32口径の弾丸がある→当該弾丸を被弾して死亡した)
- 被害者作成キャシー宛手紙、その記載内容手紙(「キャシー、ある男に脅迫されてこれを書いている。家に帰ろうとする途中、いきなり撃たれ、車は谷に追い落された。怪我はないから安心してくれ。男は30万ドル要求している。何があっても警察には届けず静かに~。」<被害者の自動車は走行中に谷に落とされた>)
- 被害者自動車、弾丸、その発見報告書、実況見分調書
- (イグニッションとライトがオフになっており、ギアがニュートラルに入っている→自動車は停まった状態で谷に落とされたようである)
- (付近には被害者の自動車と思しきタイヤの跡と、大型車のタイヤの跡がある→大型車が拐取犯の乗っていた車両のようである→大型車では被害者のスポーツカーに追いつけないはずであり、不自然である)
- (自動車内には血痕がない)
- (フロントガラスと自動車内の座席に32口径の拳銃で撃たれた弾痕があり、当該座席に弾丸がある→Cと相まって、弾丸の弾道と角度からすると、運転手であった被害者の身体に命中しているはずであり、命中しなかったことは不自然である)
- 拳銃、その登録簿(ジャービスは32口径の拳銃を1丁所持している)
- 警察資料(以前、ジャービスは、温室に侵入した者に対して4の登録に係る拳銃を威嚇のために発射し、弾丸は温室内の土に命中した)
- 温室の実況見分調書、弾丸、その発見報告書(土の中に5と思しき弾丸がある)
- 弾道検査報告書(1、3D、6の弾丸は、いずれも同じ4の拳銃から発射されたものである→4、5と相まって、その拳銃はジャービスが所有している拳銃である→ジャービスが1、3D、6の弾丸を発射した可能性が高く、犯人である可能性が高い)
- 身代金交付場面写真撮影報告書(山の頂上付近であり目立つため、不自然である→3と相まって、被害者の拐取は捏造されたものである可能性が高い)
- 信託契約書
- (被害者は遺産を信託財産として取得しており、銀行とジャービスが共同管理人となっている)
- (原則として信託財産の払戻しはできないが、緊急事態下で、被害者作成の書面による要求があり、ジャービスの承諾があれば、払戻しができる→ジャービスには、が信託財産を取得しようとすれば、被害者に2の手紙を書かせて信託財産を引き出すことが可能であった)
- 被害者の元受付係グロリア・ウェスト証言
- 「被害者はキャシーの不貞や浪費に苦しんでいた」
- 「被害者は、キャシーの不貞相手から、金5万ドルを支払えばキャシーと交際関係を解消する、と申し向けられており、これを支払うつもりだった」(被害者には金5万ドルの大金を得る当てがあった→3、8、9と相まって、ジャービスと被害者とで被害者の身代金目的拐取を捏造して被害者の信託財産を違法に引き出した可能性がある)
1、3D、4~7が強力で、9で動機も一応は証明できます。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ ジャービスの余罪
物語上のジャービスの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 被害者と共謀して被害者に対する身代金目的拐取を捏造して警察の業務を妨害した行為について、偽計業務妨害罪の共同正犯が成立します。
- 被害者と共謀して被害者の自動車を谷の上から投棄した行為について、廃棄物処理法上の不法投棄罪の共同正犯が成立します。
- 被害者と共謀して銀行に対して被害者に対する身代金目的拐取を捏造して信託財産を引き出した行為について、詐欺罪の共同正犯が成立します。
- 32口径の拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
- キャシーの自宅に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
- キャシーの自宅に鞄と32口径の拳銃を置いた行為について、証拠偽造罪が成立します。
- キャシーの自宅から32口径の拳銃を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
被害者の信託財産を取得するという財産目当て、及び従前からよく思っていなかったキャシーを犯人に仕立て上げるという怨恨及び保身のために犯行を行ったものと認められます。そもそも信託財産は被害者のもので自らのものではない上、信託財産を有している被害者とキャシーに対する妬み嫉みから犯行を行ったことからすれば、著しく自己中心的で、酌量の余地はなく、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも犯行態様と動機は悪質ですし、余罪も多いです。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- キャシーら遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- アの賠償金の支払のために、蘭はすべて売却しなければならないでしょう。
⑹ 備考
- 被害者の罪責
- ジャービスと共謀して被害者に対する身代金目的拐取を捏造して警察の業務を妨害した行為について、偽計業務妨害罪の共同正犯が成立します。
- ジャービスと共謀して被害者の自動車を谷の上から投棄した行為について、廃棄物処理法上の不法投棄罪の共同正犯が成立します。
- ジャービスと共謀して銀行に対して被害者に対する身代金目的拐取を捏造して信託財産を引き出した行為について、詐欺罪の共同正犯が成立します。
- ケン・ニコルズは、キャシーと不貞関係にあったため、被害者に対して慰謝料債務を負担します。そして、この被害者のケン・ニコルズに対する慰謝料請求権は、被害者の死亡により、キャシーが相続します。そのため、キャシーは、ケン・ニコルズに対して慰謝料を請求することができます。もっとも、キャシーは、不貞の当事者でもあるので、実際には、キャシーのケン・ニコルズに対する慰謝料請求は、信義則によって封じられるでしょう。
⑺ ジャービスはどうすればよかったか
そもそも、信託財産は自分の財産ではなく被害者の財産である以上、欲しがるべきではありません。また、被害者はキャシーを愛しキャシーとの婚姻関係の修復を試みていましたが、これは自由に被害者が決められることである以上、被害者の意思を尊重すべきでした。ジャービスは高価な蘭を沢山栽培していたので、ジャービスには一定の資産があったと認められます。総じて、ジャービスは、自らの財産で満足し、欲をかくべきではありませんでしたし、キャシーを想う被害者の意思を尊重すべきでした。
⑻ ジャービスに完全犯罪は可能であったか
1、3D、4~7の3つの弾丸と32口径の拳銃が重要な証拠となっているので、犯行に4とは全く別の拳銃を用いてそれを見つからないように廃棄していれば、完全犯罪となり得たでしょう。