第07話 もう一つの鍵
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、エリザベス・チャドウィック(以下「ベス」)で、広告会社代表者ブライス・チャドウィック(以下「被害者」)の妹で、同社役員です。
兄であり広告会社代表者である被害者に対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ベスの工作したシナリオは、「木曜日、自分は睡眠薬を飲んで熟睡していた。他方、被害者は、玄関で鍵を地面へ落としてしまったが、玄関の灯の電球が切れており、見つけ出すことができず、仕方なくベスの部屋からガラスを割って自宅に侵入しようとした。しかし、ベスの部屋の警報装置が作動して警報ベルが鳴ったため、ベスは、被害者を強盗等と誤認し、被害者を射殺してしまった。この行為について、殺人罪は誤想防衛によって成立せず、過失致死罪が成立するにすぎない。」というものです。
まず、物語の中で、ベスは自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- ベスの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、実況見分調書(靴の底は綺麗で芝は付いていない)
- 犯行現場実況見分調書
- (ロビーにその日の最終版の夕刊がある→夕刊はその日の最終版であるため配達されないものであるところ、ベスは当日外出していないのでベスが持ち込んだものではなく、被害者が持ち込んだものである→被害者は玄関から入った可能性がある)
- (玄関からベスの部屋に通じる唯一の道の上には芝がある)
- (玄関に植木がある→土が固くなっており、鍵の形の凹みがある→植木に自宅玄関のスペアキーが置いてあった可能性がある)
- (玄関の灯に100ワット電球が用いられており、切れてはいるが、綺麗な状態である→100ワット電球は通常の使用で750時間もつので、1日8~9時間使用していたとして、2か月半はもつはずである→当該100ワット電球は2か月半以上使用されたはずであるが、全く汚れておらず、不自然である→誰かが近時切れた電球を装着した可能性がある)
- 召使チャールズ証言
- 「被害者の死亡した当日夜から休暇のため不在にしていた」(チャールズの不在の間を狙ったかのようなタイミングで事件が起きており、被害者の死亡は事故ではなく作為によるものである可能性がある)
- 「毎週木曜日に芝刈りをする」(2、3ABと相まって、被害者はベスの部屋を通らずに玄関から入ったと思われる)
- ピーター・ハミルトン(以下「ハミルトン」)証言
- 「ベスと交際していたが、被害者に反対されていた」(ベスに被害者を殺害する動機がある)
- 「被害者からベスと別れないと解雇すると言われ、頭に来て被害者とベスの自宅へ行った」
- 「被害者とベスの家で、銃声を3発聞き、その後に警報ベルが鳴った」(2、3A、4と相まって、被害者が玄関から入って警報ベルが鳴らなかったにもかかわらず、ベスは被害者を拳銃で撃った→ベスは誤想防衛を装って被害者を射殺した可能性がある)
- 被害者とベスの母証言「ベスは、広告会社の名目的取締役にすぎず、広告会社の業務には一切関与していなかった」(ベスは、自らが広告会社の代表者なるべく、被害者を殺害する動機があった)
- 自動車ディーラー記録(ベスは被害者死亡の1か月前に高級自動車の新車を予約した→ベスには高額な購入代金を取得するあてがあった→ベスは従前から被害者を殺害するつもりであったようである)
すべてそれ自体脆弱な証拠です。物語上は5Cが決め手となっていますが、ベスがガラスの向こうに被害者を見て被害者を拳銃で撃ち、被害者が倒れこんだ勢いでガラスが割れたということもあり得るので、ベスが自白をしなければ、ベスの犯行を証明できるものでは全くありません。もっとも、ベスは自白をしているので、各証拠は自白を補強するものとなり、結局、証拠全体で大きな証明力を得るに至ります。
以上から、証拠は十分といえ、本件は通常なら有罪と認定することが可能でしょう。
ただし、物語上、ベスは過失致死罪となり刑事裁判が終了しているので、同一事件について再度の起訴ができないという一事不再理効が働き、ベスを再度裁くことはできないと考えます。そのため、ベスが再度起訴されて裁判にかけられても、判決で免訴を言い渡されることになります。コロンボはベスを逮捕していましたが、どのような理屈でベスの罪を再び問えるのか謎です。
なお、コロンボはベスと被害者の自宅玄関先の電球を無断で持ち去っていますが、これは完全に違法で、その違法性は令状主義の精神を没却しますし、将来の違法捜査抑制の点からも不当です。もっとも、3Dの証拠はこの違法捜査の前に適法に収集されていますので、ほぼ影響はありません。また、コロンボは終盤に被害者とベスの自宅の合鍵を作ってベスの承諾なく建物内に立ち入っていますが、逮捕段階でしたので、さすがに令状を取っていると思われます。
⑶ ベスの余罪
物語上のベスの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 被害者から鍵を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。ただし、親族相盗例によって処罰はされません。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
- 玄関先の電球を投げつけて割った行為について、当該電球は母所有と考えられるので、器物損壊罪が成立します。
- コロンボに拳銃の銃口を向けた行為について、殺人未遂罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
恋愛等の自由を抑制する兄を邪魔に感じて殺害したものであり、自由を抑制されていたことは、一定程度ベスにとって有利な事情となります。もっとも、ベスとしては兄に依存する生活を変更すればよかったにすぎず、情状面で大きな影響力まではありません。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、犯行態様は悪質で、動機はベスにとって有利な事情となるものの情状面で大きな影響力まではありません。そのため、仮にベスを裁けるとすれば、量刑は、やや厳しいものになるでしょう。
⑸ その他のベスへの制裁
- 遺族である母から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 広告会社の代表者ですが、代表取締役を解職されるでしょう。
- 母は広告会社の大株主のようですので、母の意思によって取締役を解任されるでしょう。そして、解任には正当な理由があるので、解任時から本来の任期満了までの間の報酬請求権は消滅します。
- 物語上既に兆しがありましたが、常識的に考えて、ピーターから婚約を解消されるでしょう。
⑹ 備考
- コロンボの罪責
ベスと被害者の自宅玄関先から電球を無断で持ち去った行為について、窃盗罪が成立します。 - 被害者について
ハミルトンに対してベスとの交際を禁じ、これを破れば解雇すると述べた行為は、ベスとの恋愛は解雇理由にはならないため、違法なパワー・ハラスメントになると考えます。そのため、ハミルトンは、広告会社に対して、慰謝料請求、処遇改善請求を行うことができます。
⑺ ベスはどうすればよかったか
そもそもベスは、名目的な取締役で何ら努力をしていないにもかかわらず、上流階級の暮らしをしていました。その中で不満がなければ問題はなかったのでしょうが、その中で不満を抱く以上は、上流階級の暮らしを捨ててでも自身の幸福を追求すべきでした。幸いにもハミルトンは真摯にベスを愛していたようですので、ベスは、広告会社取締役を辞任し、同じく広告会社を辞職したハミルトンと婚姻し、新たな幸福を模索すべきだったでしょう。また、ハミルトンは有能なようなので、ハミルトンと一緒に新たな道を進んでも、ハミルトンは一定の経済力を得て経済的に困窮することはなかったように思います。
⑻ ベスに完全犯罪は可能であったか
被害者を死亡させたこと自体は、被害者の遺体等の証拠もあるので、ベスの行為には、少なくとも過失致死罪は成立します。
もっとも、殺人罪については、情況証拠しかなく、また、5Cハミルトンの証言もほとんど証明力がないので、1ベスの自白がなければ、認定するのは無理でしょう。