2021

01.

07

Thu

第40話 殺しの序曲

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、オリバー・ブラント(以下「ブラント」)で、天才的頭脳を持つ、ブラント&ヘイスティング会計事務所所属の会計士で、天才的頭脳集団であるシグマ協会の会員です。会計士というのが、税理士か公認会計士であるか不明ですが、わが国では税理士のことを一般に会計士と呼ぶので、おそらく税理士と思われ、その前提で考察します。

税理士事務所の共同経営者でシグマ協会の同僚であるバーティ・ヘイスティング(以下「被害者」)に対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、ブラントの工作したシナリオは、「シグマ協会事務所建物の2階図書室にブラントと被害者の2人がいたが、ブラントが2階図書室から出て行って1階に降りた直後、何者かが2階図書室で被害者を射殺し、逃走した。」というものです。

まず、物語の中で、ブラントは、自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. ブラントによる自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 被害者解剖調書(2発被弾しているが、2発とも同じ角度で弾丸が体内に入った→2発の銃声の間に被害者が倒れたのであれば、角度は違うはずである→2発の銃声は作出されたものである可能性が高い)
  3. シグマ協会事務所2階図書室の実況見分調書、ステレオ、レコードプレーヤー、赤色ペン、辞書、それらの報告書
    1. (2階図書室ドアは勝手に開閉する)
    2. (レコードプレーヤーは、ちょうど4分間で曲が切れて針が動くようになっており、針には、バッテリーのクリップで繋がれた傷がある)
    3. (真空掃除機で床を調べたら、煤が落ちていたようである)
  4. 傘、実況見分調書(煤と爆竹の破片が付着している→3Cと相まって、傘の中で爆竹が破裂し、傘が暖炉内に置かれた可能性がある→3Bと相まって、レコードのアームが傘の中のバッテリーと電線で繋がれ、レコードの曲が終わると同時に傘の中の爆竹が破裂した可能性がある)
  5. 電話局報告書「アイゼンバックへの架電の通話時間はちょうど4分間だった」
  6. アイゼンバック証言「ブラントが1階に降りてくると同時に架電があり、銃声を聞いて電話を切った」(5と相まって、ブラントが1階に降りてきてから4分後に銃声がした→3BC、4、5と相まって、ブラントは、レコードの針に電線を付けて暖炉内に置いた傘の中で爆竹を2回破裂させて、その間に辞書を用いて人が倒れる音ドサッという音がしたというトリックを用いた可能性がある)
  7. キャロライン・トレーナー証言「急いで2階の部屋に行った際、犯人の足音は聞いていない」
  8. ブラントに関する報告書(ブラントは、近時、株式投資で失敗し、大損している)
  9. ジョージ・カンパネラ証言「ブラントは職務上顧客の財産を横領しており、被害者はそのことを気付いていたようだった」(8と相まって、ブラントには被害者を殺害する動機があった)

1の自白以外はそれ自体決定的な証拠とはいえませんが、1の自白が存在し、なおかつ8、9で動機が明らかになっており、さらに3~6以下でブラントのトリックを証明し、ブラントのシナリオを否定でき、1の自白の証明力が強まります。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

⑶ 犯人の余罪

物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 顧客から預かった財産を持ち出したという職務上の不正行為について、業務上横領罪が成立します。
  2. 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の銃砲不法所持罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    拳銃で撃つ、しかも2発撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
  2. 動機
    妻の浪費に応えるべく株式投資をしたがこれに失敗し、顧客から預かった金員を横領し、これが明るみに出ることを防ぐという保身目的です。大変悪質といえます。
  3. 結果
    死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質です。しかも、共同経営者であり、友人でも会った被害者を殺害しており、有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. ブラントは、被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. ブラントは、所属する税理士会から除名され、税理士資格を失うでしょう。
  3. 犯人の妻が望めば、離婚となり、妻からの財産分与請求、慰謝料請求に応じなければなりません。

⑹ 備考

コロンボは、ブラントの傘を自分の傘と間違えて取ってきてしまったとのことです。

本当に間違いであれば、傘を開いて中に煤や爆竹の破片があることにも気付くでしょうから、問題がありません。

ただし、もし真実は間違えたふりをして取得したということであれば、コロンボに窃盗罪が成立します。なお、捜査機関としてあってはならない行為であり、懲戒免職となり得ます。

⑺ ブラントはどうすればよかったか

犯行の遠因として、妻の浪費があり、これに応えるべく株式投資をしたものの大損したという事実が大きく、それによって、職務上の不正を行い、さらに不正の暴露を防ぐべく殺人を犯してしまったようです。

そうすると、そもそも、妻と離婚するべきでしたし、株式投資もしないか程々にしておくべきでした。

また、不正を行ってしまっても、正直に顧客に謝罪し借金をしてでも被害弁償をすべきでした。ブラントの不正は、事務所全体の問題ですので、共同経営者である被害者にとっても評判が下がることです。今までからかっていたことを真摯に謝罪すれば、被害者が顧客への被害弁償のための原資を貸してくれたかもしれません。

⑻ ブラントに完全犯罪は可能であったか

コロンボは、犯人が用いたトリックの核心に迫りつつありましたが、それでもそのトリックとブラントとの結びつきについての証拠はありません。ブラントが調子に乗って自分が犯人であると言わんばかりのトリックの披露さえしなければ、自白をすることもなく、また、犯行とブラントとを結びつける証拠もなく、完全犯罪となり得たでしょう。