第32話 忘れられたスター
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、グレース・ウィラー(以下「ウィラー」)で、女優です。
夫であり元医師で富豪のヘンリー・ウィリス(以下「被害者」)に対し、拳銃で銃殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。この点、物語上ウィラーは長くとも2か月以内に死亡することが確実視されていますが、一応、裁判時にも生存していることを前提とします。
なお、ウィラーの工作したシナリオは、「被害者は、医師ランズバーグからの被害者宛ての手紙を読み、自らの前立腺の疾病に絶望し、内側から鍵をかけ、寝室で自ら拳銃を発砲して自殺した。被害者が自ら拳銃を握ってその引き金を引いたため、カダベリック・スパズムが起きて指に痙攣が生じており、被害者自身が拳銃の発射時に当該拳銃を握っていたことは確実である。その際、ウィラーは別の部屋で映画を観ていた。」というものです。
まず、物語の中で、ウィラーは、自白するどころか、自分が被害者を殺害したことも忘れてしまっています。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 被害者の遺体、実況見分調書、解剖調書、報告書(被害者の体内から、用量の2倍の睡眠薬バルビタールが検出された→被害者が自殺直前に多量の睡眠薬を飲むことは、自殺をするために確実に拳銃を発射することができなくなる可能性があり、不自然である)
- 被害者自宅の実況見分調書、32口径リボルバー拳銃、書籍「マクトウィグ夫人の変身」、医師ランズバーグからの被害者宛て手紙、それらの報告書
- (被害者の履いていたスリッパの底は綺麗で、屋外を歩いた形跡がない)
- (被害者の枕元には、書籍「マクトウィグ夫人の変身」が閉じた状態で置かれてあり、66ページと122ページが折ってある)
- (被害者の右手には32口径リボルバー拳銃が握られている→凶器)
- (被害者の胸元には医師ランズバーグからの被害者宛て手紙があり、被害者の前立腺の疾病について手術を勧めている内容である)
- (被害者の寝室の窓は開いていた)
- (映写室に映画「ウォーキング・マイ・ベイビー」のフィルムがあり、途中で切れて繋いだ跡がある)
- 執事レイモンド証言
- 「2Cの拳銃は、いつも被害者自宅ガレージ内の自動車のダッシュボードの中にあった」
- 「被害者は、書籍『マクトウィグ夫人の変身』を購入した日の夜からすぐ読み始めた」
- 「事件の夜、被害者宅に居たのは、被害者のほか、ウィラー、自分及びアルマの3人だった」
- 「事件当日、午後10時50分ころ、被害者の下へミルクと睡眠薬バルビタールを持って行った」
- 「Dのとき、被害者は全く落ち込んでいる様子はなく、書籍『マクトウィグ夫人の変身』を読んでいた」
- 「Eの後、午後11時ちょうどに、ウィラーのために映画『ウォーキング・マイ・ベイビー』を上映した」
- 「Fの後、メイドのアルマといっしょに、テレビで午後11時30分から放送されるテレビ番組『ジョニー・カーソン・ショー』を観ていた」
- 「翌午前1時にテレビ番組『ジョニー・カーソン・ショー』が終わってからすぐに映写室に行くと、ちょうど映画『ウォーキング・マイ・ベイビー』が終了するところだった。」
- 「被害者はウィラーとの世界一周の旅を企画していた」
- メイドのアルマ証言
- 「事件の夜、被害者宅に居たのは、被害者のほか、ウィラー、自分及びアルマの3人だった」(→3Cと相まって、ほぼ確実である)
- 「事件の夜、被害者は午後8時には寝巻きとスリッパに着替えて寝室で食事をした」(3Aと相まって、被害者が2Dの手紙を読んでから希死念慮を生じたとするとスリッパの底に屋外歩いた形跡があるはずである→2Aと相まって、被害者のスリッパの底には屋外を歩いた形跡がないので、不自然である)
- 報告書(ウィラーは新作の映画作成のために自ら50万ドルを支出することとなっていた→ウィラーには被害者の遺産を取得すべき動機があった)
- 医師ウェストランド証言「被害者とは仲がよく深い付き合いであったが、被害者の自殺の原因には全く心当たりがない」
- 被害者のカルテ、医師ランズバーグ証言「②Ⓓにもかかわらず、被害者の前立腺の疾患は深刻ではなく、手術の成功の可能性も極めて高かった」(6と相まって、被害者は、健康上の理由で自殺する原因がなかった)
- 本屋証言「被害者は、事件の3日前に、女性が競馬で大穴を当てるという内容の書籍『マクトウィグ夫人の変身』を購入した」(自殺を試みている者が読書のためでなおかつコミカルタッチの書籍を購入することは不自然である→3EI、6、7と相まって、被害者の死亡は自殺ではない可能性が強い→2B、3Bと相まって、66ページと122ページの各折り目は、それぞれ購入1日目と2日目に読んだ際の折り目と考えられるので、3つ目の折り目があってしかるべきである→1と相まって、それにもかかわらず3つ目の折り目がない以上、被害者は何者かに多量の睡眠薬を飲まされて読書の途中で眠ってしまった可能性がある→被害者の自殺は、何者かに作出されたものである→3C、4A、5と相まって、ウィラーが犯人である可能性がある)
- 報告書(映画「ウォーキング・マイ・ベイビー」の上映時間は1時間45分である→3FHと相まって、映画「ウォーキング・マイ・ベイビー」の再生時間には15分間の空白が生じていた→ウィラーがスクリーンに映像が映っていないにもかかわらずただ座っていることは不自然である)
- 実験結果報告書(ウィラーが②Ⓕのフィルムの切れた部分を繋ぐのに要する時間は4分程度である→3FH、9と相まって、空白の15分間からこの4分間を除いた11分間ウィラーは映像のないスクリーンの前に座っていたことは考えにくく、その場に居なかった可能性がある)
- コロンボ証言、実験結果報告書(被害者の寝室のベランダから木を伝って地上に降りることは可能である→2E、3FH、9、10と相まって、ウィラーは、ガレージの自動車から拳銃を取って、被害者の寝室に行き、内側からドアを施錠し、被害者を殺害して、バルコニーから木を伝って地上に降りることができた)
2AB、3A、BEI、8によって被害者の死亡が自殺ではないことは認定できそうですが、被害者の死とウィラーとを結びつけることができる証拠は⑨~⑪程度しかなく、3C、4Aがあったとしても、なお決定的ではありません。レイモンドとアルマが犯人ではない積極的証拠があれば必然的にウィラーを犯人と絞り込むことができますが、物語上かかる証拠はありません。以上から、証拠が以上のものだけであればウィラーは無罪となる可能性が高いでしょう。
なお、公判係属中にウィラーが死亡した場合、訴訟は公訴棄却によって終了します。
⑶ ウィラーの余罪
物語上のウィラーの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 被害者に睡眠薬を飲ませて入眠させた行為について、傷害罪が成立します。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上のけん銃不法所持罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
自ら出演する映画製作のための費用を捻出すべく、遺産目当ての犯行であり、自己中心的で悪質です。 - 結果
被害者の死因は物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも犯行態様と動機は悪質です。ただ、その他の一般情状として、死期が迫っていることが一定程度斟酌されるでしょうから、量刑としてはやや厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- ウィラーは被害者の法定相続人であり、被害者の遺産を相続できるのが原則ですが、被害者を殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、被害者の遺産の相続権を失います。
- 被害者に父母や兄弟姉妹等の遺族がいれば、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 映画製作の話は中止となるでしょうが、そのことで取引関係者に損害が生じていれば、ウィラーは、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
⑹ 備考
- コロンボについて
- 物語とは無関係ですが、命じられた射撃テストを受けないことについて懲戒停職、拳銃を携帯しないことについて懲戒免職となるようです。
- ハリス刑事に対して射撃テストの替え玉依頼のために5ドルを提供した行為について、贈賄罪が成立します。
- ハリス刑事について
- コロンボから射撃テストの替え玉を依頼されて5ドルを受領した行為について、加重収賄罪が成立します。
- 射撃テストの際にコロンボ名義の署名を行えば、(有印)公文書偽造罪が成立します。
- ネッド・ダイヤモンド(以下「ネッド」)が自ら犯人である旨名乗り出た行為について、犯人隠避罪、供述をすればさらに証拠偽造罪も成立します。
⑺ ウィラーはどうすればよかったか
被害者は資産家である以上、もっと協議して50万ドルの援助を求めるべきでした。または、自らスポンサーを探したり、広くファンから資金を募ったりすべきでした。ネッドも往年のスターのようですので、全部または一部をネッドに捻出してもらうよう頼むこともできたでしょう。