2022

03.

13

Sun

第25話 権力の墓穴

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、マーク・ハルプリン(以下「マーク」)で、警察官で、かなりの重役です。

妻マーガレット・ハルプリン(以下「マーガレット」)に対し、湯の張った浴槽内に沈めて溺死させた行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、マークの工作したシナリオは、「マーガレットは、何者かによって、プールに落とされ、殺害された。おそらく、犯人は宝石泥棒のアーティ・ジェサップ(以下「ジェサップ」)で、ジェサップはジャニス・コードウェル(以下「ジャニス」)も殺害している。マーガレット殺害時、マークは、ヘリコプターに乗ってその現場を目撃していた。」というものです。

まず、物語の中で、マークは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. ヒュー・コードウェル(以下「ヒュー」)証言(ほぼすべて立証できます)
  2. マーガレットの遺体、実況見分調書、解剖調書
    1. (マーガレットの服の袖が破れている)
    2. (マーガレットの肺の中の水に三級グリセロール(三価アルコール)とパルミチン酸の成分がある→マーガレットは風呂で殺害された可能性がある)
  3. ハルプリン夫婦宅実況見分調書
    1. (家に誰かが侵入した形跡がない)
    2. (風呂の浴槽が乾いている→2Bと相まって、マーガレットが風呂で殺害されたとすれば、プールに投げ込まれるよりも大分前である)
    3. (マーガレット用の高級ドレスが複数あった)
  4. コロンボ証言
    1. 「2Aのマーガレットの服の袖の破れは、植栽の最中、植物のトゲが刺さってしまって生じたものである」
    2. 「マーガレットによれば、ジャニスには愛人がいた」
    3. 「マーガレットは、マークが見たというコードウェル夫婦宅から出てきた男を見ていない」
    4. 「マークは、マーガレット死亡当日の午後5~6時ころに帰宅した」
    5. 「コロンボの賃借した物件の住所をジェサップの住所とする偽の記録を、マークにだけ見せた」
  5. 晩餐会関係者証言「マーガレットは、死亡した夜、晩餐会に出席して午後8時から演説をする予定だった」(2A、3Cと相まって、マーガレットにとってみれば、他に高級ドレスが複数あるのに、袖の破れた服で晩餐会に出席するはずがない→2B、3Bと相まって、マーガレットは、晩餐会に出かける準備をするよりも前に殺害された可能性が高い→4Dと相まって、マークがマーガレットの死亡に関与している可能性がある)
  6. ジャニスの遺体、実況見分調書、報告書
    1. (青いナイトガウンを着ている)
    2. (ガラスの模造品の指輪を付けている)
  7. コードウェル夫婦宅実況見分調書、領収証
    1. (枕の下にジャニスのピンクのナイトガウンがある)
    2. (ジャニスのクローゼットの取っ手にはコードウェル夫婦以外の指紋がない)
    3. (電話の受話器に指紋がない)
    4. (宝石が盗まれている)
    5. (領収証がある→ジャニスは3.6カラットの梨型のダイヤをバケットの小粒でとりまいた指輪を8000ドルで購入した)
  8. コードウェル宅のメイドのフェルナンデス証言
    1. 「ジャニス殺害の日、コードウェル宅内を綺麗に掃除し、その後午後8時に帰った」(7Cと相まって、ジャニスがコードウェルと電話をしたのであれば、受話器にジャニスの指紋が付いているはずである→ジェサップなどの泥棒がジャニスを殺害したとすれば、泥棒は当初から手袋を付けているであろうから、泥棒が受話器の指紋を拭き取るということもないであろう→それにもかかわらず受話器に指紋がないということは、ジャニスでない何者かが受話器に指紋が付かないようにジャニスになりすましてヒューと電話をしたようである)
    2. 「帰る際、ジャニスは、赤いドレスを着ていた」(6Aと相まって、ジャニスが赤いドレスから青いナイトガウンに着替える際、ジャニスはクローゼットから青いナイトガウンを取り出したはずである→7Bと相まって、クローゼットの取っ手にジャニスの指紋が付いていないことは不自然である→何者かが指紋をつけないようにクローゼットから青いナイトガウンを取り出してジャニスに着せたようである→1ヒューの「ジャニスは毎朝夜着るためのガウンを枕の下に入れていた」との証言と相まって、クローゼットから青いナイトガウンを取り出してジャニスに着せた者は、ヒューではない)
  9. 宝石商ウェクスラー証言「7領収証の指輪は当店のものであり、ジャニスは、不倫相手の若い男性に恋をし、当店はジャニスに売却した宝石をほとんど買戻し、その事実をヒューに秘するため、模造品を制作し、その模造品をジャニスに渡した」(7Dの盗まれた宝石は、模造品である→ジャニスから宝石を盗んだ者は、宝石に詳しくない→犯人はジェサップではない)
  10. ジェサップの前科調書、身上調書(ジェサップは宝石に詳しい)
  11. ダフィー警部証言「ジェサップには、ジャニス殺害時にもマーガレット殺害時にもアリバイがある」→9、10と相まって、ジャニス殺しの犯人はジェサップではない)
  12. チャーリー・シュルト(以下「シュルト」)証言
    1. 「ジャニスと交際していた」
    2. 「ジャニスの殺害された夜、午後9時30にジャニスが自分に会いに来るはずだったが来なかった」
    3. 「ジャニスに電話をしたが誰も電話に出なかった」
    4. 「ジャニスにふられたと思って、警備のシャーリーとバーで飲んだ」
  13. シャーリー証言「ジャニスの殺害された夜、午後9時30分過ぎにバーでシュルトと飲んだ」(12シュルト証言は信用できる→午後9時30分には既にジャニスは死亡していた可能性がある→午後10時30分のヒューとジャニスと通話はヒューの偽装であり、午後11時にコードウェル宅から男が走って出て行ったというマークのシナリオも虚偽である)
  14. ジャニスの宝石模造品、マークのジェサップ宅ことコロンボ宅でのジャニスの宝石模造品を発見した旨の捜査報告書(コロンボ宅にジャニスの宝石模造品があるはずがない→4Eと相まって、コロンボ宅にジャニスの宝石模造品を置いた可能性があるのは、マークのみである)

法律上は、1が絶大な証明力を有しています。また、2AB、3BC、4D、5はマークの犯行を一定程度推認させます。これらと1で有罪とし得るでしょう。物語上は14の存在が大きいですが、マークのジェサップ宅ことコロンボ宅での悪事は、コロンボの後述の虚偽公文書作成に起因するもので、違法性を帯び証拠能力が否定される可能性があります。しかし、コロンボはマークがジェサップ宅ことコロンボ宅にジャニスの宝石模造品を隠した現場を見たわけではなく、14は、ジェサップが無実だということを証明するにすぎず、マークの犯行そのものを証明できるわけではありません。また、14の証拠能力がないとしても、1ほかの証拠とは関連が薄く、14の捜査の違法性が他の証拠に波及することはないでしょう。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

⑶ マークの余罪

物語上のマークの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 日常のギャンブル行為について、常習賭博罪が成立します。
  2. クラブのバーで飲酒した直後に自動車を運転した行為について、道路交通法上の酒酔い運転罪が成立します。
  3. ヒューのジャニス殺しを隠すために、コードウェル夫婦宅内で細工をしたり、ジャニスのふりをしてヒューと電話をしたり、コードウェル夫婦宅内から殺人犯らしき男が走って出てきたなどと通報した行為について、証拠偽造罪が成立します。
  4. ヒューの自宅からジャニスの宝石を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  5. ヒューのジャニス殺しを隠すために架空の犯人を仕立てた一連の行為について、犯人隠避罪が成立します。
  6. ヒューに対して、ジャニス殺しの立件を示唆し、ヒューをして扮装させてマーガレットをプールに落とさせた等の行為について、強要罪が成立します。
  7. ヒューと共謀し、ヒューがマーガレットの遺体をプールに遺棄した行為について、死体遺棄罪の共同正犯が成立します。
  8. ジェサップ宅ことコロンボ宅に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
  9. ジェサップ宅ことコロンボ宅にジャニスの宝石を置いた行為について、証拠偽造罪が成立します。
  10. ジェサップがジャニス殺しやマーガレット殺しの犯人ではない知りつつジェサップを逮捕した行為について、特別公務員職権濫用罪が成立します。
  11. ジェサップがジャニス殺しやマーガレット殺しでないと知りつつジェサップ宅ことコロンボ宅への捜索差押令状発布請求書を作成した行為について、虚偽公文書作成罪が成立します。
  12. サの虚偽公文書を実際に行使した行為について、虚偽公文書行使罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    被害者を風呂に沈めるという大変危険な行為であり、大変悪質です。
  2. 動機
    ギャンブルなどの遊興のために被害者の遺産を相続しようというものと認められ、自己中心的な動機であり、悪質です。
  3. 結果
    被害者の死因は窒息死と思われ、被害者に比較的長い時間耐えがたい苦痛を与えるもので、残忍性が高く悪質です。

以上のとおり、すべてが悪質ですし、余罪も多いです。警察官という本来市民の模範として犯罪から遠ざかるべき立場にあるにもかかわらず、ヒューによるジャニス殺しを奇貨としてヒューを積極的に利用しての犯行であり、その他の情状も悪質です。有罪と認定されれば、量刑は大変厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. マークはマーガレットの法定相続人であり、マーガレットの遺産を相続できるのが原則ですが、マーガレットを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、マーガレットの遺産の相続権を失います。
  2. マーガレットにマークのほかに遺族がいれば、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  3. 懲戒によって警察官を免職されるでしょう。

⑹ 備考

  1. コロンボの罪状
    1. ジェサップの報告書について自らの住所を記載した行為について、虚偽公文書作成罪が成立します。
    2. aの文書をマークに見せた行為について、虚偽公文書行使罪が成立します。
  2. ヒューの罪状
    1. ヒューがジャニスを殺害した行為について、殺人罪が成立します。「殺す気はなかった」と言っていますが、扼殺のようですので、マークの指摘するとおり、殺意の否認は通用しないでしょう。
    2. マークと共謀してマーガレットの遺体をプールに投げ込んだ行為について、死体遺棄罪の共同正犯が成立します。
  3. ジェサップの罪状
    1. ベル・エア地区近辺で住居侵入窃盗を行っているようですので、それらそれぞれの窃盗行為について、住居侵入罪と常習窃盗罪が成立します。
    2. 盗品譲受けのチンピラの胸倉を掴んだ行為について、暴行罪が成立します。
    3. ジェサップがヒューに対して告発を示唆して金5000ドルを要求した行為については、コロンボに依頼されて捜査の協力のために行ったことですので、不法領得の意思がなく、恐喝未遂罪は成立しません。

⑺ マークはどうすればよかったか

ここでは、何とか殺人等の罪を避ける道がなかったか検討します。

ヒューを説得し、ジャニス殺しに関して自首させるべきでした。

また、マーガレットの財産は、マーガレットが相続等で形成した固有財産ですので、当てにするべきではなく、むしろマーガレットの慈善事業を積極的に応援すべきでした。

⑻ マークに完全犯罪は可能であったか

ヒューは、ジャニス殺しの直後も自首することを検討しており、また、マークによるマーガレット殺害の隠蔽についても、強い抵抗を示していたので、一定の遵法精神があったと思われます。

このように遵法精神を有するヒューにすべての事実を露わにしてしまった以上、ヒューの証言を防ぐことはほぼ不可能であり、完全犯罪は不可能でしょう。