2022

02.

12

Sat

第21話 意識の下の映像

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、バート・ケプル(以下「ケプル」)で、心理学者で民間の研究所所長です。

第一に、会社代表者のビクター・ノリス(以下「ノリス」)に対し、拳銃で射殺した行為(第1行為)について、殺人罪が成立します。

第二に、映写技師のロジャー・ホワイト(以下「ホワイト」)に対し、拳銃で射殺した行為(第2行為)について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、ケプルの工作したシナリオは、

第1行為については「ノリスは何者かによって殺害された。その間、ケプルは、試写室で映画のナレーションをしており、ノリスの死亡とは全く関係がない。また、ノリスはモデルのタニヤ・ベイカー(以下「ベイカー」)と交際していたようであり、ノリス夫人が嫉妬のあまりノリスを殺害した可能性がある。」、

第2行為については「ホワイトは、2巻目のフィルムの上映中、何者かによって殺害された。その間、ケプルは、コロンボと会っており、ホワイトの死亡とは全く関係がない。ホワイトの射殺に使用された拳銃の登録者はノリスであり、ノリス死亡後にその拳銃を使用できたノリス夫人が犯人である。」というものです。

まず、物語の中で、ケプルは、「僕の方式(サブリミナル効果)を利用したからこそ解決できた。」と述べているので、自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. 第1行為について
    1. ノリス遺体、解剖報告書
      1. (ノリスは死亡直前にキャビアを多く食べていた→ノリスは喉が渇いていたはずである)
      2. (22口径の弾丸で撃たれている)
    2. ケプルのオフィス・犯行現場実況見分調書
      1. (キャビアが出されており、大変塩辛い→Aアと相まって、ノリスの喉の渇きは激しかったと思われる)
      2. (45口径の拳銃と口径変換機がある)
    3. 拳銃、口径変換装置、弾道検査報告書(ABと相まって、ノリスに命中した弾丸はケプルの口径変換装置付拳銃から発射されたものである→ケプルが犯人である可能性が大変強い)
    4. テープレコーダー、テープ、音声記録、反訳書、報告書(音声は試写室ロビーにおいてノリスの死体発見の混乱状況下において録音が開始されたものである→感想を録音するというケプルの言い分には信ぴょう性がない→ナレーション音声の上書き消去のためである可能性がある)
    5. ホワイト捜査段階供述
      1. 「映画終了後、ケプルからフィルムを金庫にしまうよう命じられた」(ケプルは冷静だった→Dと相まって、サブリミナル映像の混入した映画フィルムの隠滅のため、ホワイトにフィルムを金庫にしまうことを命じた可能性がある)
      2. 「フィルムの交換のタイミングを認識するために、交換すべきフィルムの終わりの方にコインを入れておく」
    6. 報告書
      1. (ベイカーは第1行為の前日から、リスボンのホテルに泊まっていた)
      2. (コロンボがケプルを名乗って料金先払いの電話をしたところ、ベイカーは電話に出たが、コロンボが話すと「声が違う」と述べて電話を切った→ケプルとベイカーは親密であったようであり、美人局的行為の共謀、実行が可能であった)
    7. ノリス死亡翌日開催予定のノリスの会社の役員会の議事議題「ケプル切捨ての件」(Fと相まって、ケプルとベイカーが美人局的行為をしていたとすれば、ノリスに発覚していた可能性がある→そうだとすれば、ケプルには保身目的のためのノリスを殺害する動機があった)
    8. ノーバート証言「ホールで席を立つ前、ノリスは具合が悪そうだった」
    9. ホルステッド証言「ホール内はむし暑かった」(Aア、Bア、Hと相まって、犯人はノリスが試写室から廊下へ出るよう仕組んだ可能性がある→ケプルは、キャビアを用意したり試写室のエアコンを入れなかったりすることができた→A~Cと相まって、犯人はケプルである)
  2. 第2行為について
    実況見分調書、拳銃、報告書

    1. (ホワイト殺害現場にコインは落ちていなかった→ADイと相まって、ホワイトがフィルムを1巻目から2巻目に交換したとすれば、2巻目のフィルムの上映終了時にコインが落ちるはずである→1巻目から2巻目のフィルムの交換はホワイト以外の者によって行われた→ホワイト殺害は1巻目のフィルムの上映中に行われた→ケプルにはホワイトの殺害が可能だった)
    2. (凶器と思しき拳銃が置いてある)
  3. ケプルのシナリオの否定
    1. ノリス夫人証言
      1. 「ベイカーの交際相手と名乗る男からノリスとベイカーとの不貞の証拠を見せると言われ、第1行為の際、約束したマグノリア劇場の角でずっと待っていた」(第1行為についてのケプルのシナリオが否定される)
      2. 「2Bイ、Cのホワイト殺害の拳銃は、自宅から盗まれた」
    2. マグノリア劇場支配人証言「ノリス夫人は劇場に来なかった」(Aイと相まって、第2行為についてのケプルのシナリオが否定される)

第1行為については、自白がある上、①Ⓐ~Ⓒが強力です。そのため、第1行為については、有罪と認定することが可能でしょう。

第2行為については、証拠はほぼ存在しないに等しいレベルです。しかし、自白があり、また、凶器の②拳銃があるので、結局有罪と認定することが可能でしょう。

もっとも、1Cは、コロンボがケプル不在時にケプルのオフィスに入り、写真撮影をし、さらにケプルに対してサブリミナル効果を利用して得られた証拠で、問題があります。

この点、コロンボがケプルのオフィスに入った点については、ケプルのオフィスに至るまでに守衛、秘書等の許可を得ているでしょうから、問題はないでしょう。

次に、写真撮影については、捜査の必要があった一方、引出しを開けてその中を写真撮影する等のプライバシー等の侵害がなく相当な方法でなされており、辛うじて適法といえるでしょう。

さらに、サブリミナル効果を利用したことについては、おそらくフィルムの管理者から同意を得てフィルムを借りて手を加えているでしょうし、また、サブリミナル効果の利用は、ケプルの犯罪そのものではなく証拠隠滅に対して向けられたものである以上、国家が犯罪を生む等の違法性とは無関係ですので、適法となるでしょう。

⑶ ケプルの余罪

物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. モデルのタニヤ・ベイカーと共謀して美人局行為によって財産上の利益を得ていたようですので、かかる行為について、恐喝(利得)罪が成立します。
  2. サブリミナル効果を利用した行為について、犯罪ではありませんが、日本民間放送連盟によって番組放送基準で禁止されており、郵政省から厳重注意等の処分を受けるでしょう。
  3. 第1行為の拳銃については、堂々と部屋に飾っていたので、おそらく所持の許可が得られていたと想定し、銃刀法上のけん銃所持罪は成立しないとします。
  4. ノリス夫人の自宅に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
  5. ノリス夫人の自宅から拳銃を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  6. オの拳銃を所持した行為について、銃刀法上のけん銃不法所持罪が成立します。
  7. ゴルフのプレー中にボールを別の場所に移動させた行為について、犯罪ではありませんが、ケプルが何らかのゴルフの協会に所属していれば、その協会から一定期間の出場停止等の制裁を受けるでしょう。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 第1行為について
    1. 犯行態様
      拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
    2. 動機
      モデルのタニヤ・ベイカーと共謀して美人局的な恐喝を行っていたことについてノリスから検察官に告訴、告発することを予告され、これを防止するという保身目的で行われた犯行であり、自己中心的で大変悪質です。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。
  2. 第2行為について
    1. 犯行態様
      拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
    2. 動機
      第1行為に感づきゆすりを行ってきたロジャーの口を封じるという保身目的で行われた犯行であり、ロジャーにも多少の落ち度はあるものの、自ら第1行為を犯したことを考慮すると、なお悪質です。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質ですし、余罪も多いです。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. ノリス夫人をはじめとするノリスの遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. ホワイトに遺族がいれば、ケプルは、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  3. 妻がいるようですが、ベイカーとの不貞、本件殺害によって、ケプルは、妻から離婚を請求され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。
  4. 常識的に考えて、ベイカーから別れを告げられるでしょう。
  5. スーパーマーケット等の顧客から契約を打ち切られ、研究所は倒産するでしょう。

⑹ 備考

  1. コロンボが犯行現場のキャビアを無断で食べた行為について、窃盗罪が成立します。
  2. ホワイトがケプルの犯行の告発等をほのめかして5万ドルを要求した行為について、恐喝未遂罪が成立します。

⑺ ケプルはどうすればよかったか

ここでは、何とか殺人等の罪を避ける道がなかったか検討します。

そもそもベイカーを利用した美人局的行為をすべきではありませんでした。

また、ノリスに美人局的行為を告訴、告発すると申し向けられたとき、ノリスを殺害するのではなく、損害を賠償しつつ真摯に謝罪し、告訴、告発を防ぐべきでした。

さらに、ホワイトの恐喝に対しては、ホワイトを殺害するのではなく、ホワイトの口止めを約束する契約書を交わし、金5万ドルを支払うべきでした。

⑻ ケプルに完全犯罪は可能であったか

口径変換装置を第1行為後すぐに廃棄しておけば、完全犯罪となり得たでしょう。