第08話 死の方程式
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ロジャー・スタンフォード(以下「スタンフォード」)で、化学工業会社スタンフォード・ケミカルズの代表者デビッド・L・バックナー(以下「デビッド」)の妻ドリス・バックナー(以下「ドリス」)の甥で、同社役員です。
義理の伯父であり同社代表者である被害者と、その運転手クインシーに対し、両名の乗る自動車内に葉巻に模した爆弾を仕掛け爆発させて爆殺した行為について、激発物破裂罪、爆発物取締罰則上の爆発物使用罪、及び殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、スタンフォードの工作したシナリオは、「デビッドとクインシーは、パインワイルドの山荘に向かう途中、雨でスリップして岩にぶつかってガソリンタンクが爆発し、死亡した。また、仮に自動車内に爆弾が仕掛けられていたとすれば、それは、スタンフォード・ケミカルズの身売りに反対していた社内の一派によるものである。」というものです。
まず、物語の中で、スタンフォードは自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- スタンフォードの自白(ほぼすべて立証できます)
- デビッドとクインシーの自動車の残骸、自動車転落場所実況見分調書(谷に落ちる前に爆発している形跡がある→デビットとクインシーの自動車は、事故ではなく、爆弾によって大破した)
- スタンフォード報告書
- (サイエンス・エキスパート・クラブのメンバーであり、21歳で化学の学位を取得した→スタンフォードは、化学に強く、火薬なしで爆弾を作成することができる)
- (カメラに凝っている→合成写真を作成する技能がある)
- スタンフォード・ケミカルズ実況見分調書
- (スタンフォードのオフィスに暗室があり、写真を現像することができる→③Ⓑと相まって、スタンフォードは、実際に合成写真を作成できる環境にある)
- (デビッドの秘書ベティ・ビショップ<以下「ビショップ」>の執務室の床に、デビッドの葉巻入れが落ちている)
- (ローガンの執務室の棚に、葉巻ケースが3つある)
- ドリス宛て架電の録音テープ
- (事件当日午後7時30分ころデビッドからドリスへ架電があった)
- (デビッドがクインシーに対して自動車のダッシュボードから葉巻を取るよう頼んだ)
- (クインシーがデビッドに対してデビッドのコートの中に葉巻がないか確認を求めた)
- (デビッドが、クインシーに対して、自身のコートの中には葉巻がないと回答し、葉巻のケースをデビッドに引き渡すよう求めた)
- ビショップ証言
- 「事件当日、秘書課長バルディーがデビッドのスーツケース、コート、葉巻入れ等の身の回りの物を自分のオフィスに置いていき、デビッドが引き取るまでの20~30分の間、自分が預かっていた」
- 「デビッドの葉巻はまとめて自分がオフィス内の棚に預かっている」
- 「事件当日、スタンフォードがいるときに、デビッドのために、棚から葉巻ケースを1箱取り、デビッドのスーツケースの上に置いた」
- 「事件翌日、オフィスの床にデビッドの葉巻入れが落ちていた」(ACと相まって、スタンフォードは、Cの際に、デビットのコートから葉巻入れを窃取し、床に落とすことが可能であった)
- 「スタンフォード・ケミカルズの副社長ローガンも、デビッドを同じ葉巻を吸っている」
- デビッドの自動車係ファーガソン証言
- 「デビッドの自動車内にあったのは、葉巻ケース、スーツケース、コートのみであった」
- 「デビッドの出発直前、スタンフォードに頼まれてスタンフォードの自動車のバッテリーを調べさせられたが、バッテリーに異常はなかった。そのとき、スタンフォードは、デビッドの自動車の近くにいた。」(スタンフォードはその際にデビッドの自動車から葉巻ケースを爆弾とすり替えて、ダッシュボードから葉巻を抜き取ることが可能であった)
- ローガン証言「自分の執務室の棚には葉巻ケースが4つあったはずである」
- ローガンの秘書ナンシー証言「ローガンの執務室の棚には葉巻ケースが4つあったはずである」(8と相まって、ローガンの執務室には4つの葉巻ケースがあった→4Cと相まって、何者かがローガンの執務室から葉巻ケースを1箱窃取したようである→3A、6E、7Bと相まって、スタンフォードには、ローガンから窃取した葉巻ケースを爆弾に変え、それをデビッドとクインシーの自動車内の葉巻ケースとすり替えることが可能であった)
- コロンボ証言
- 「スタンフォードは、5の録音テープの音声を聞きながら、ちょくちょく腕時計を見ていた」
- 「スタンフォードは、パインワイルドへのロープウェイに乗っていた際、デビッドとクインシーの自動車内から見つかったものとの説明を受けた上で、コロンボが葉巻ケースを取り出し、開けようとしたところ、時計を見ながら、『爆発する、早く(葉巻ケースを)捨てて放り出すんだよ』と叫んだ」
すべてそれ自体脆弱な証拠です。物語上は10Bが決め手となっていますが、スタンフォードが自白をしなければ、スタンフォードの犯行を証明できるものでは全くありません。もっとも、スタンフォードは自白をしているので、各証拠は自白を補強するものとなり、結局、証拠全体で大きな証明力を得るに至ります。
以上から、証拠は十分といえ、本件は通常なら有罪と認定することが可能でしょう。
なお、コロンボはローガンの執務室から葉巻ケースを持ち出していますが、これについてはナンシーが管理しており、そのナンシーが承諾したようですので、問題はないでしょう。
⑶ スタンフォードの余罪
物語上のスタンフォードの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- ラスベガスで賭けをしたようですので、その行為について賭博罪が成立します。
- ドリス名義の小切手を振り出して使用したようですので、その各行為について、有価証券偽造罪、同行使罪、及び詐欺罪が成立します。
- 大麻を所持していたようですので、大麻取締法上の大麻所持罪が成立します。
- 自動車を窃盗したようですので、窃盗罪が成立します。
- ビショップと共謀してスタンフォード・ケミカルズの管理に係るローガンの個人情報に関する文書を借用した行為について、窃盗罪の共同正犯が成立します。
- ローガンの執務室からローガンの葉巻ケースを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
- スタンフォード・ケミカルズ社内で従業員に対してパーティ・スプレーを噴射した行為について、威力業務妨害罪が成立すると思われます。
- ビショップがデビッドのための葉巻ケースを取っている間にデビッドのコートから葉巻入れを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
- デビッドの自動車から、助手席の上の葉巻ケースとダッシュボード内の葉巻を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
- クインシーの寝泊まりしていた居宅は化学工業会社所有と思われるので、その居宅に入った行為について、住居侵入罪が成立します。
- クインシーの居宅からタイプライターを窃取した行為について、そのタイプライターがスタンフォード・ケミカルズの備品であるか、またはクインシーに相続人がいれば、スタンフォード・ケミカルズかクインシーの相続人の占有に属していたと思われ、窃盗罪が成立します。そうでなければ、占有離脱物横領罪が成立します。
- クインシーの名義を冒用してローガンに関する報告書を作成した行為、及びそれをクインシーの居宅に置いた行為について、それぞれ、有印私文書偽造罪、同行使罪が成立します。
- シの報告書がローガンの背任等の犯罪に関するものを内容としていれば、その作成行為について、証拠偽造罪が成立します。
- クインシーの名義を冒用してローガンのスタンフォード・ケミカルズへの背信的行為に関する報告書を作成した行為、及びそれを被害者のジャケットのポケットに入れた行為について、それぞれ、有印私文書偽造罪、及び同行使罪が成立します。
- セの報告書がローガンの背任等の犯罪に関するものであれば、その作成行為について、証拠偽造罪が成立します。
- クインシーのアジトに侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
- クインシーのアジトにタイプライターを置いた行為について、タイプライターはクインシーのデビッドに対する強要罪、恐喝罪等の証拠となり得るので、証拠偽造罪が成立します。
- クインシーの名義を冒用してローガンのスタンフォード・ケミカルズへの背信的行為に関する報告書を作成した行為、及びそれをクインシーのアジト内に置いた行為について、それぞれ、有印私文書偽造罪、及び同行使罪が成立します。
- ツの報告書がローガンの背任等の犯罪に関するものであれば、その作成行為について、証拠偽造罪が成立します。
- ビショップとの性行為の容態を撮影した写真を捜査機関が入手できるようクインシーのアジト内に置いた行為について、リベンジポルノ法上の公表罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
自動車に爆弾を仕掛けるという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
会社を身売りするからこれに承諾して隠居しろと言われ、拒否すればドリスに悪事をばらすと言われ、これを避けて保身を図りつつ、なおかつ、デビッドとローガンをスタンフォード・ケミカルズから排除して自らがスタンフォード・ケミカルズの代表者になろうとして行った犯行であり、自らが従前悪事を働いていた経緯をも加味すると、極めて自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は大変悪質ですし、余罪も圧倒的に多いです。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。
⑸ その他のレスリーへの制裁
- ドリスらデビッド及びクインシーの各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- スタンフォードはスタンフォード・ケミカルズの代表者ですが、代表取締役を解職されるでしょう。
- ドリスはスタンフォード・ケミカルズの大株主のようですので、ドリスの意思によって、取締役を解任されるでしょう。そして、解任には正当な理由があるので、解任時から本来の任期満了までの間の報酬請求権は消滅します。
- ビショップから真相を暴露され、ドリスによってドリスの法定相続人から廃除され、ドリスが死亡してもドリスの遺産を取得できないでしょう。
⑹ 備考
- ビショップがスタンフォードと共謀してスタンフォード・ケミカルズの管理に係るローガンの個人情報に関する文書を借用した行為について、窃盗罪の共同正犯が成立します。
- ドリスはスタンフォードに騙されていったんはローガンをスタンフォード・ケミカルズの取締役から解任していますが、ドリスの誤解が解け、再び取締役に選任されるでしょう。
- ドリスはスタンフォードに騙されていったんはビショップを解雇していますが、ドリスの誤解が解け、解雇は撤回されるでしょう。
⑺ スタンフォードはどうすればよかったか
ドリスはスタンフォード・ケミカルズの大株主で、なおかつ、幸いにもスタンフォードを愛してくれていたようです。そのため、スタンフォードは、ドリスに対して、過去の悪事を告白して詫びた上、スタンフォード・ケミカルズの身売りを思いとどまってくれるよう、また、自らを許してくれるよう、懇願すべきでした。
その上で、スタンフォードは、心を入れ替えて、ドリス、ひいてはデビッドの信頼を勝ち取り、せっかくの才覚をスタンフォード・ケミカルズで活かすべきでした。
⑻ スタンフォードに完全犯罪は可能であったか
上記のとおり、証拠はそれぞれ脆弱です。たとえスタンフォードがロープウェイで取り乱してしまったとしても、葉巻を模した爆弾そのものが証拠として存在しない以上、4BC、5、6BCDE、7B、8、9だけではスタンフォードが葉巻を模した爆弾を仕掛けたことは証明されないので、自白をしなければ、完全犯罪となり得たでしょう。