第61話 死者のギャンブル
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。本作では、ハロルド・マッケイン(以下「ハロルド」)による庭師フェルナンドの殺害と、ドロレス・マッケイン(以下「ドロレス」)によるビッグ・フレッド・マッケイン(以下「ビッグ・フレッド」)とハロルドの殺害とが混在しています。この点、物語上は、ドロレスの犯行がメインとなっていますので、ドロレスの犯行を中心に述べていきます。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人ドロレスは、プロ・アメリカン・フットボールチームであるスタリオンズのオーナーのビッグ・フレッドの妻です。ビッグ・フレッドの死亡により、スタリオンズのオーナーの地位を承継します。
第一に、ビッグ・フレッドを庭師フェルナンド(以下「フェルナンド」)に対し、フェルナンドのトラックで撥ねた行為(以下「第1行為」)について、殺人罪が成立し、
第二に、ビッグ・フレッドの甥で不貞相手であるハロルドに対し、射殺した行為(以下「第2行為」)について、人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ドロレスの工作したシナリオは、
第1行為については「ビッグ・フレッドは、何者かに轢き逃げされた。」、
第2行為については「ハロルドは、賭博の債権者であるハッカーらマフィアによって殺害された。ドロレスが午前10時30分にハロルドの自宅に来た際には、ハロルドは既に死んでいた。」というものです。
まず、物語の中で、ドロレスは自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- ドロレスの自白(ほぼすべて立証できます)
- 第1行為について
- ビッグ・フレッドの遺体、実況見分調書、解剖調書
- フェルナンドのトラック、その実況見分調書、その報告書(傷が数か所あり、ヘッドライトが破損し、血痕が付着している→Aと相まって、ビッグ・フレッドを撥ねたことと矛盾しない)
- ビッグ・フレッド自宅実況見分調書(ビッグ・フレッドのロールス・ロイスが自宅敷地の道上に停められている)
- フェルナンド供述「敷地内の道上にビッグ・フレッドのロールス・ロイスが停められていたので、自分のトラックを路上に駐車した。同じ状況のときはいつもそうしている。」(Cと相まって、フェルナンドがトラックを路上駐車するようにせしめるために、ドロレスがロールス・ロイスをビッグ・フレッド自宅敷地内の道上に停めたことと矛盾しない)
- 第2行為について
- ハロルドの遺体、解剖調書、報告書(死亡推定時刻は午前8時15分から午前9時45分までの間である)
- ハロルド自宅実況見分調書、コマース・カジノのポーカー・トーナメントの入場券、現金5,000ドル、ソックス、ドロレスの自動車、それらの報告書
- (ベッドのシーツが綺麗である→ハロルドは前夜ベッドで寝ていないようである)
- (コマース・カジノのポーカー・トーナメントの入場券がある)
- (ブーツの中に現金5,000ドルとソックスがある→ソックスは湿っており、匂いを発している)
- (ハロルドの自宅前にドロレスの自動車が駐車してあり、ボディに露が出ている→ドロレスの自動車は、前夜からハロルドの自宅前に駐車されていた→午前10時30分にハロルド自宅に来たというドロレスの供述は虚偽である)
- ハロルドのテンガロンハット、その領置調書、報告書、鑑定書
- (事件当日、コロンボがドロレスの自宅から任意提出を受けた)
- (ハロルドの細かい毛髪が付着している)
- 電話局照会回答書(事件当日午前8時15分にハロルドの自宅からドロレスの自宅への通話記録がある→ドロレスがハロルドの死亡に関係している可能性がある)
- コマース・カジノの職員エド、ウェイトレス、理容師各証言
- 「ハロルドは、事件当日遅くとも午前4時にはコマース・カジノに居て、カウボーイハットを被り、ブーツを履いていた」
- 「ハロルドは、コマース・カジノで5,000ドル分勝ち、そのままコマース・カジノ内で、朝食を摂り、床屋で散髪した」(Cイと相まって、Cのテンガロンハットは、ハロルドがコマース・カジノでの賭け事を終えてからドロレスの自宅に寄り、ドロレスの自宅に置いたものである)
- 「午前6時にハロルドに当日夜のポーカー・トーナメントのチケットを売った」(Bイと相まって、ハロルドは、コマース・カジノからまず自宅に帰ったようである→Bアウ、Eイと相まって、ハロルドは、そのまま寝ずにドロレスの自宅に行ったようである→A、Bエと相まって、ハロルドはドロレスの自宅で殺害され、自宅に運ばれたことと矛盾しない)
どの証拠もそれ自体は脆弱な証拠ですが、自白がある上、自白を補強する証拠としては機能します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ ドロレスの余罪
- フェルナンドのトラックを無断使用した行為について、窃盗罪が成立します。なお、このような一時使用事例であっても、自動車の場合、不法領得の意思があるとして窃盗罪を肯定するのが判例です。
- ビッグ・フレッドを轢いた後立ち去った行為について、道路交通法上の救護義務違反罪が成立します。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
- ハロルドの自宅の窓ガラスをガラス・カッターで切った行為について、器物損壊罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為
- 犯行態様
自動車で人を轢く大変危険なものであり、大変悪質です。 - 動機
ドロレスが「ビッグ・フレッドから利用された」と述べていたことから、怨恨と遺産目当てのものと思われ、悪質です。 - 結果
ビッグ・フレッドの死因は不明ですが、轢き逃げされ悲惨な最期となっています。
- 犯行態様
- 第2行為
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険なものであり、大変悪質です。 - 動機
ハロルドからビッグ・フレッドの殺害を知っていることをほのめかせられて金1万5,000円ドルを喝取されそうになり、その防衛とハロルドの口封じのためになされたものであり、人情から、若干ドロレスの有利に斟酌できます。 - 結果
ハロルドの死因も不明ですが、射殺され悲惨な最期となっています。
- 犯行態様
以上のとおり、第2行為の動機以外すべて悪質ですし、余罪もあります。2人を殺害しているので、有罪と認定されれば、量刑は大変厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。スタリオンズのゼネラル・マネージャー兼弁護士のバーティ・ソプコウィッツがいかに優秀でも、どうにもならないでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- ドロレスはビッグ・フレッドの法定相続人であり、ビッグ・フレッドの遺産を相続できるのが原則ですが、ビッグ・フレッドを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、ビッグ・フレッドの遺産の相続権を失います。
- アの結果、ビッグ・フレッドの有していた自社株も相続できなくなり、スタリオンズのオーナーではなくなります。
- ビッグ・フレッドとハロルドの各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- ビッグ・フレッドの生前よりハロルドと不貞関係にあったようですので、ハロルドに対する慰謝料支払義務が生じています。このビッグ・フレッドのドロレスに対する慰謝料請求権もハロルドの遺族に相続され、ドロレスは支払わなければならないでしょう。
⑹ 備考
- ハロルドの罪責
- スタリオンズの試合の勝敗について賭けをしていた行為について、単純賭博罪が成立します。
- ビッグ・フレッドのロールス・ロイスにパイプ爆弾を仕掛けてフェルナンドを爆死させた行為について、激発物破裂罪と殺人罪が成立します。なお、ハロルドはビッグ・フレッドを殺害しようとして結果としてフェルナンドを殺害してしまっており、フェルナンドを殺害するつもりはありませんでした(いわゆる方法の錯誤の事例)。この場合でも、ビッグ・フレッドを含めおよそ人を殺害しようとしていた以上、フェルナンドの殺害について故意を認めるのが判例です。
- ドロレスにビッグ・フレッド殺害のことを言及して金1万5,000ドルを喝取しようとした行為について、恐喝未遂罪が成立します。
- ハッカーのハロルドに対する「バラバラしてやる。」などと脅迫しつつ賭けによる3万ドルの債権の回収行為について、恐喝未遂罪が成立します。
⑺ ドロレスはどうすればよかったか
ビッグ・フレッドのような大富豪と婚姻しているのですから、ビッグ・フレッドと話し合ってわだかまりを無くし、仲良く夫婦生活を送るべきでした。
⑻ ドロレスに完全犯罪は可能であったか
自白をせず、自動車をハロルドの自宅に駐車しておかず、ハロルドのテンガロン・ハットを廃棄しておけば、他の証拠がとても脆弱なので、完全犯罪となり得ていたでしょう。