2021

07.

26

Mon

第68話 奪われた旋律

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、フィンドレー・クロフォード(以下「クロフォード」)で、音楽家です。

才能溢れる弟子でゴーストライターのガブリエル・マッケンリー(以下「被害者」)に対し、睡眠薬セコバルビタールを服用させて昏睡状態にさせて、モノリス撮影所スタジオ28号の屋上から落下させて死亡させた行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、クロフォードの工作したシナリオは、「被害者は、モノリス撮影所スタジオ28号の屋上で指揮の練習中、転落死した。その際、クロフォードは、同スタジオで指揮を振るっていた。」というものです。

まず、物語の中で、クロフォードは自白をしていました。そのため、裁判時においてもクロフォードの自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. クロフォードの自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 被害者の遺体、実況見分調書、解剖調書
    1. (死因は転落の際の頭部の骨折と出血である)
    2. (頭部に生々しい出血がある)
    3. (右手に切創があり、血液は身体の外で固まり乾いている)
    4. (Cの血液から睡眠薬セコバルビタールが検出された→被害者は、睡眠薬セコバルビタールを服用した)
    5. (BなどC以外の血液からはセコバルビタールは検出されていない→被害者がセコバルビタールを服用したのは、死亡よりも以前である)
    6. (被害者はタクトを所持していなかった)
    7. (被害者は29センチメートルのサイズの革靴を履いている)
  3. クロフォードのバンガロー実況見分調書(被害者のジーンズのポケットの中にキーホルダーがあるが、鍵の中に被害者の自宅の鍵がない→通常人は自宅の鍵を所持しているはずであるので不自然である→何者かが被害者の自宅の鍵を窃取した可能性がある)
  4. 被害者自宅実況見分調書
    1. (写真が飾られており、被害者はタキシードを着ているときをも含め、すべての写真でスニーカーを履いている)
    2. (被害者の所持していたスニーカーのサイズは27センチメートルである)
    3. (自ら作曲した楽譜をまとめている箱があるものの、その中には映画「殺人者」のテーマ曲の楽譜はない)
  5. 貸衣装屋店主証言「被害者は、従前タキシードを借りるとき、『革靴は必要ない。』と言っていた」
  6. 貸衣装屋の被害者の衣服等のサイズ記録(靴のサイズは記載はない)
  7. 貸衣装屋担当者アントニオ証言「事件当日朝、被害者がタキシードと革靴を借りに来たが、過去の記録に被害者の足のサイズの記録はなく、また、被害者に足のサイズを尋ねても夢中で指揮の練習をしており返答がなかったので、適当と思われる29センチメートルのサイズの革靴を渡した。」(2G、4AB、5と相まって、被害者は、スニーカーを愛用しタキシードを着るときでもスニーカーを履いていた以上、2センチメートルもサイズの大きい革靴であれば、その革靴は履かずにスニーカーを履くはずである→2DEと相まって、それにもかかわらず被害者が29センチメートルのサイズの革靴を履いていたのは、被害者は、当該革靴を履かされた際に意識が無かったためである可能性がある)
  8. ピアニストのレベッカ証言
    1. 「被害者の贈るために『GABE(被害者)へ、BECCA(レベッカ)より』の旋律を記載したタクトを作成した」
    2. 「事件当日、被害者が家を出るときにAのタクトを贈った」
    3. 「被害者は長い間クロフォードのために楽曲を作曲しており、映画『殺人者』のテーマ曲も被害者が作曲してクロフォードに渡したものである」(このことが公になればクロフォードの名声は失墜するので、クロフォードが被害者を殺害する動機となり得る)
    4. 「被害者は、他の作曲した楽曲の楽譜と一緒に「殺人者」のテーマ曲の楽譜のコピーを保管していた」(4Cと相まって、何者かが映画「殺人者」のテーマ曲の楽譜を窃取したようである)
  9. モノリス撮影所スタジオ28号の実況見分調書、実験結果、報告書、8Aのタクト
    1. (屋上にタクトはない)
    2. (ブレーカーを操作すると、現在でもエレベーターは稼働する)
    3. (エレベーターは地下から屋上まで通じている)
    4. (エレベーターは全体的に埃まみれなのにボタンに埃はついておらず、床には荷物が動かされているかのような筋がついている→近時エレベーターが使用されたようである)
    5. (エレベーターの屋上の蓋の隙間には、柄の部分がつっかえてタクトは入らない)
    6. (エレベーター内に8Aのタクトがあった→Eと相まって、エレベーターの蓋が開いてタクトがエレベーター内に落ちたようである→エレベーターの蓋が開いたのでれば、被害者はエレベーターの蓋に押し出されて屋上から転落したようである)
    7. (エレベーターが作動するときには大きな機械音が生じる)
    8. (エレベーターが地下から屋上まで稼働する時間は1分58秒である)
  10. 通行人トニーとマルシア
    1. 「自分たちが歩いていたら、突然上空から被害者が転落してきた」
    2. 「被害者は、全く叫び声をあげていなかった」
  11. コンサート「クロフォード式クロフォード 殺人をテーマとする映画音楽の夕べ」録音(演奏開始当初から9Gのエレベーターの動く音が入っている→被害者はエレベーターの蓋が開くことに気が付くはずである→2DEG、4AB、5、7、10Bと相まって、それにもかかわらず被害者が屋上から転落した以上、そのときに被害者が意識を失っていたことは確実である/9Hと相まって、クロフォードは登場直前にエレベーターのスイッチを入れることが十分可能であった)
  12. 映画監督シドニー・リッター証言「被害者死亡後にクロフォードの提供、指揮する楽曲は、内容が悪く、従前のよかったころと全く印象が違う」

証拠は全体的に脆弱です。しかし、⑨Ⓗ、⑪からクロフォードのアリバイ事実を否定でき、また、8CDから動機を立証でき、自白がある上、他の証拠も自白の内容に沿う情況証拠としては一定の証明力を有しています。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

⑶ クロフォードの余罪

  1. 眠っている被害者から被害者の自宅の鍵を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  2. 飲酒の直後に自動車を運転した行為について、道路交通法上の酒酔い運転罪が成立します。
  3. 被害者の自宅に侵入した行為について、被害者は死亡していますがレベッカも居住していたようですので、レベッカの住居権を侵害しており、住居侵入罪が成立します。
  4. 被害者の自宅から映画「殺人者」のテーマの楽譜の写しを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    睡眠薬セコバルビタールを飲ませて昏睡状態にさせて高所から転落させるという大変危険な行為をしており、悪質です。
  2. 動機
    自分の作曲した楽曲が実はゴーストライターによる作曲によるものであったということを隠して自分の名声を維持するための犯行であり、そもそも法的保護に値しない虚栄心に基づく名誉を保護しようした動機ですので、悪質です。
  3. 結果
    落下による衝撃から生じた頭部の骨折と出血であり、残酷であり、悪質です。

以上のとおり、犯行態様、動機、結果すべてが悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. 被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 映画「殺人者」のテーマ曲をはじめ、被害者の作曲によって受賞した賞はすべて取消しとなるでしょう。
  3. 今後の音楽活動が事実上不可能となり、映画会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。

⑹ 備考

かなり微妙ですが、コロンボは、警察官としてクロフォードの酒酔い運転を止めなければならない職務上の義務があったと認められるでしょうから、クロフォードの酒酔い運転を不作為によって共同したとして、道路交通法上の酒酔い運転罪の共同正犯が成立すると考えます。

⑺ クロフォードはどうすればよかったか

世間から叩かれ、すべてを失う覚悟で、ゴーストライターを利用していたことを認め、これを被害者によって公表されることを受任すべきでした。クロフォードに真に才能があれば、やがて復活できたでしょう。

⑻ クロフォードに完全犯罪は可能であったか

被害者が睡眠薬セコバルビタールの服用によって昏睡するときに被害者が右手に怪我を負わないように被害者の身体を支え、自白をしなければ、完全犯罪となり得ていたでしょう。