第64話 死を呼ぶジグソー
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、アービング・クラッチ(以下「クラッチ」)で、トランスライフ保険の調査員です。
第一に、土曜日の午後5時30分ころにモー・ワインバーグ(以下「ワインバーグ」)を射殺した行為(以下「第1行為」)について、殺人罪が成立します。
第二に、日曜日の夜間にジェラルディン・ファーガスン(以下「ファーガスン」)を射殺した行為(以下「第2行為」)について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、クラッチの工作したシナリオは、「第1行為及び第2行為の際、自分は、交際相手のスージー・エンリコット(以下「スージー」)とともに過ごしていた。」というものです。
まず、物語の中で、クラッチは自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- クラッチの自白(ほぼすべて立証できます)
- 従前の銀行強盗事件等の報告書
- (4人組の男がナショナル信託銀行カルバー支店から400万ドルを強取して自動車で逃走した)
- (犯行の45分後に犯人ら4人の乗る自動車は警察に追いつかれ、犯人らは全員射殺された)
- (犯人らは、
- アンソニー・ボナミーコ<以下「アンソニー」>
- レオ・ダモーレ
- マイキー・ライアン
- デビッド・スタイン の4名である)
- アンソニーの妻メアリー・ボナミーコ(以下「メアリー」)の遺言書(メアリーの姉ルチェアに対し、形見の品々、写真の切れ端、書類が贈られている)
- 3の書類、その報告書(7名の氏名があり、
- 「モー・ワインバーグ」
- 「JJデリンジャ~」
- 「ユージーン・エドワード・アーバ~」
- 「メアリー・ボナ~」
- 「ジェラルディン~」
- 「ドロ~」
- 「デ~」 とある
- ファーガスン・ギャラリー内の書類の切れ端、その報告書(4と相まって、氏名のリストが完成する)
- 「モー・ワインバーグ」
- 「JJデリンジャー」
- 「ユージーン・エドワード・アーバック」
- 「メアリー・ボナミーコ」
- 「ジェラルディン・ファーガスン」
- 「ドロシア・マクナリー」
- 「デリック・コームズ」
- JJデリンジャー(以下「デリンジャー」)とユージーン・エドワード・アーバック(以下「アーバック」)の各死体、その報告書、相打ち現場の実況見分調書、写真の切れ端
- デリンジャー自宅内は何かを探していたかのように荒らされている
- アーバックの手中に写真の切れ端が握られている
- アーバックは、高価なイタリア製の衣服を着用している
- デリンジャーの報告書(シルバーレイク所在のガソリンスタンドで夜勤で働いていた→デリンジャーの収入は低かったようである)
- アーバックの報告書(高級住宅街のロスモアに居住している→6C、7と相まって、アーバックがデリンジャーの自宅内に窃盗目的で侵入することは考えにくい→アーバックにはデリンジャーの自宅内に侵入する重要な理由があったようである)
- アーバック自宅実況見分調書、写真の切れ端、その報告書(電気スタンドのソケットの中に写真の切れ端がある)
- クラッチの提供した写真の切れ端
- クラッチ供述「6B、9、10の写真の切れ端は1枚の写真の断片であり、その1枚の写真には2の400万ドルの隠し場所が写っている」
- サウス・カービー220所在のワインバーグ自宅近隣住民証言「土曜日の午後5時30分ころに2発の銃声を聞いた」(ワインバーグ殺害事件の発生は土曜日の午後5時30分ころである)
- モー・ワインバーグ自宅前路上のコイン・パーキングについての報告書、その中の硬貨
- (利用時間は午前9時から午後6時までである)
- (午後6時から翌朝午前9時までは無料である)
- (支払われた硬貨は早朝と午後1時に回収する)
- (コイン・パーキングのパーキング・メーター内の硬貨は日曜日の早朝に回収したものである→Bと相まって、すべての硬貨は土曜日午後1時から同日午後6時までに投入されたものである)
- クラッチの拳銃携帯許可証、その指紋についての報告書
- 報告書、指紋鑑定書(報告書、指紋鑑定書(14と相まって、13Dの硬貨の中にクラッチの指紋の付着したも
のがある→クラッチは土曜日午後1時から同日午後6時までの間にワインバーグの自宅付近に行った可能性が高い - スージー・エンリコット(以下「エンリコット」)証言
- 「クラッチは、土曜日の午後4時から午後6時30分の間、不在だった」(第1行為についてのクラッチのアリバイは崩れる)
- 「クラッチは、日曜日の真夜中に外出し、午前3時まで帰ってこなかった」(第2行為についてのクラッチのアリバイは崩れる)
16から、第1行為についても第2行為についてもクラッチの工作したシナリオは完全に否定されます。他方、第1行為については、13~15でワインバーグ自宅付近に行ったことは認定できそうですが、それ以外にクラッチと犯行とを結びつける証拠自体はなく、脆弱です。また、第2行為については、クラッチと犯行とを結びつける証拠は全くありません。しかし、それでもなお自白があり、一連の証拠も自白を補強するものとしては機能します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。なお、5はブラウン刑事がファーガスンのギャラリーにおいて無令状の捜索差押えを行って得られたものであるため、違法収集証拠として証拠能力は否定され、さらにそこから派生した証拠もその証拠能力が否定される可能性があります。しかし、それらの証拠能力が否定されたとしても、上記の5以外の証拠で有罪認定できるでしょうから、クラッチの有罪が証明できることには変わりはありません。
⑶ クラッチの余罪
- デリンジャーとアーバックそれぞれの自宅に2回ずつ(合計4回)侵入して写真の切れ端を探した行為について、それぞれ、住居侵入罪、窃盗未遂罪が成立します。
- 第1行為に際してワインバーグの自宅に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
- 第2行為に際してファーガスン・ギャラリーに侵入した行為について、建造物侵入罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
第1行為、第2行為いずれも、拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
第1行為、第2行為いずれも、写真の切れ端、すなわち400万ドル欲しさという金目当ての犯行であり、悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。ワインバーグとファーガスンの2名を殺害しているので、死刑もあり得ます。
⑸ その他の犯人への制裁
- 各被害者の各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- トランスライフ保険は懲戒解雇されるでしょう。
- エンリコットからは男女交際関係の解消を告げられるでしょう。
⑹ 備考
- ブラムリー・カーンの罪責
- ドロシア・マクナリーの自宅に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
- ドロシア・マクナリーの自宅内で写真の切れ端を探した行為について、窃盗未遂罪が成立します。
- ビンセント・アームズのコロンボの部屋に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
- コロンボを殴打し足蹴にして失神させた行為について、傷害罪が成立します。
- ブラウン刑事がファーガスン・ギャラリーに侵入して書類の切れ端を窃取した行為について、住居侵入罪、窃盗罪が成立します。
⑺ クラッチはどうすればよかったか
クラッチが本件犯行を犯さなくても、コロンボは写真の切れ端をすべて集めて400万ドルの隠し場所を探し当てることが強く期待できました。そのため、すべてをコロンボに任せ、400万ドルの独り占めを企図せず、トランスライフ保険内での自分の手柄にすべきでした。きっと、お手柄となって出世が期待できたでしょう。
⑻ クラッチに完全犯罪は可能であったか
自白をせず、徒歩や自転車で第1行為の場所まで行き、エンリコットがアリバイを崩す証言をしなければ、完全犯罪となり得ていたでしょう。