第62話 恋におちたコロンボ
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、富豪ローレン・ステイトン(以下「ステイトン」)と、その娘リサ・フィオーレ(以下「フィオーレ」)です。
ステイトンとフィオーレが共謀の上双方を口説いていたニコラス・フランコ(以下「被害者」)に対し拳銃で射殺した行為について、殺人罪の共同正犯が成立します。
なお、フィオーレは、直接殺害行為を行っていませんが、事前にステイトンと情を通じた上で、被害者の動向をステイトンに知らせてステイトンの待つ被害者のマンションに被害者を連れてくる、事後にも電気毛布をかける、ステイトンのアリバイ事実作出のために拳銃を発砲する等、犯行に欠かせない一連の行為を行っており、なおかつ、自らも被害者に対して恨み持ち被害者の死を望んでいたので、幇助犯ではなく、共同正犯となると考えます。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ステイトンとフィオーレの工作したシナリオは、「被害者は、住居侵入盗の犯人によって殺害された。その際、ステイトンは、被害者のマンションの管理人ラディックとともに被害者のマンションの廊下に居た。」というものです。
まず、物語の中で、ステイトンは自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においてもステイトンの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- ステイトンの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、その解剖報告書(被害者は左側から撃たれている)
- 被害者のマンション(犯行現場)の実況見分調書、報告書
- (冷蔵庫用のソケットは上下2つあり、冷蔵庫のプラグが上のソケットに刺さっている)
- (Aの上下2つのソケットのうち上のソケットの電源は、リビングルームの照明の電源と同じ切替スイッチに係っている)
- (冷蔵庫内の水受け皿に大量の水がある→冷蔵庫の通電が無くなり、冷蔵庫内の氷が溶けた可能性がある)
- (電灯は問題なく点く)
- (サーモスタット上の表示温度が22度になっている)
- (生命保険の解約通知、ゴルフ会員権の解約通知、3万ドルの借用書等がある→被害者は経済的に困窮していたようである)
- 気象庁回答書
- (事件前日午後2時の気温は30度である)
- (事件当日午前2時の気温は12度である→3Eと相まって、マンション内で暖房が使用されたようである)
- 電話局回答書
- (被害者の直近の通話は12回で、すべて「818-555-7247」との間である)
- (Aの電話番号の契約者はフィオーレである→フィオーレは被害者の死亡に関係している可能性がある)
- ラディック証言
- 「事件前日、被害者のメイドは午後1時に帰った」
- 「事件前日、被害者は午後2時に外出した」(4と相まって、被害者が外出する時までの間に暖房を使用していたはずがなく、暖房が使用されたのは被害者の外出後である→2Eと相まって、住居侵入盗の犯人が居たとすれば、その者はできる限り犯行を急いで行う上、自らの足跡を残さないようにするであろうから、暖房を使用したのは住居侵入盗の犯人ではない→住居侵入盗の犯人以外の何者かが被害者のマンション内に潜んでいた可能性がある)
- 「被害者は潔癖症であった」
- 被害者のメイド証言
- 「掃除はとても念入りに行っている」(3C、6Cと相まって、メイドが冷蔵庫内の水受け皿内の水を掃除しないはずがない→冷蔵庫内の水受け皿の中に水が溜まったのはメイドが帰宅した事件前日午後1時過ぎである)
- 「冷蔵庫を掃除するときはいったん冷蔵庫のプラグを抜くが、掃除が終わったときはいつも上下2つのソケットのうち下のソケットにプラグを入れている」
- 「事件の前日、メイド仕事を妹に代わってもらった」
- 「冷蔵庫のプラグが上下2つのソケットのうち上のソケットに刺さっているとすれば、自分の妹が代わりにメイド仕事を行ったときにそうしたのであろう」(3BCと相まって、何者かが被害者のマンションのリビングルームの照明が点かなくするために切替スイッチを切り、その結果、冷蔵庫内の氷が溶けて水受け皿に水が溜まった可能性がある)
ステイトンやフィオーレが犯行を行ったことの証拠は全くなく、また、上記の事実認定もかなり強引で証拠は至極脆弱です。
そうはいっても、ステイトンの自白があり、上記一連の証拠は自白を補強するものとしては十分意味があります。
以上から、証拠は十分といえ、本件は、ステイトンに限って言えば、通常なら有罪と認定することが可能に思えます。ただし、その場合でも、フィオーレについては、5以外に何の証拠もないので、ステイトンがフィオーレが共犯である旨供述しなければ、無罪となるでしょう。
しかし、実は、ステイトンの自白には大問題があります。すなわち、ステイトンの自白は、コロンボがほぼ嫌疑のない状態で無令状でフィオーレの自宅内を捜索し、フィオーレの写真を差押え、その写真からフィオーレとステイトンとの関係を認識し、ステイトンの目の前でフィオーレの取調べを行い、フィオーレを心配するステイトンの心情を利用して引き出したものです。つまり、ステイトンの自白は、コロンボの無令状での捜索、差押えという決定的な違法捜査によって生じています。そのため、ステイトンの自白は、ステイトンの供述の自由を侵害する、虚偽供述の危険がある、捜査の違法を排除する必要がある等の理由で、任意になされたものでないものとして、証拠能力が否定される可能性が高いです。仮にステイトンが裁判になって自白について任意性がないことを主張すると、その余の証拠がほぼ脆弱なものである以上、ステイトンもフィオーレも無罪となる可能性が高いでしょう。
⑶ ステイトンとフィオーレの余罪
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪の共同正犯が成立します。
- ステイトンが被害者のマンションの寝室内の宝石類を窃取するために被害者のマンションに侵入した行為について、住居侵入罪の共同正犯が成立します。
- ステイトンが被害者のマンションの寝室内の宝石類を窃取した行為について、窃盗罪の共同正犯が成立します。
- フィオーレが被害者殺害後に被害者の自動車を一時利用した行為について、窃盗罪の共同正犯が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
ステイトンにとっては、被害者がフィオーレに対して暴力を振るったり、自らを口説いてきたためにフィオーレが混乱したりしたことについて、被害者に怨恨の情を抱いていたための犯行です。フィオーレにとっては、被害者が自らに対して暴力を振るったにとどまらず、他の女性を口説き、なおかつそれが自らの母であるステイトンであり、しかもステイトンの財産目当てであったことから、被害者に怨恨の情を抱いたための犯行です。
被害者の落ち度が大きく、動機の点については、一定程度ステイトンとフィオーレの有利に斟酌されるでしょう。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様は悪質ですが、動機に酌むべき事情があります。有罪と認定されれば、量刑は通常の程度のものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 詳細は不明ですが、もしフィオーレがイタリア国籍であれば、刑務所への服役後に国外へ強制退去となり、長期間再び入国することはできません。
⑹ 備考
- 被害者がフィオーレに対して首筋を剃刀で切りつける等の暴行を行った行為について、傷害罪が成立します。
- コロンボの罪状
- 無令状でフィオーレの自宅内に侵入した行為について、住居侵入罪が成立します。
- 無令状でフィオーレの自宅内でフィオーレの写真を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
- フィオーレを逃がした行為について、犯人隠避罪が成立します。
⑺ ステイトンとフィオーレはどうすればよかったか
双方ともに毅然と被害者に別れを告げるべきでした。