第60話 初夜に消えた花嫁
ここでは、日本の法律に依拠します。本作では犯人によって殺害された人物がいないので、結婚目的略取罪を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ルディ・ストラッサ(以下「ストラッサ」)で、救急車の運転手です。
警察官アンドルー・パーマー刑事(以下「パーマー」)の婚約者でモデルのメリッサ・アレキサンドラ・ヘイズ(以下「メリッサ」)に対し、婚姻する目的で、その意思に反してホテルのエンパイア・スイート1738号室から離脱させ、自己の支配下に置いた行為について、結婚目的略取罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ストラッサはシナリオを工作していません。
まず、物語の中で、ストラッサは射殺されており、自白は得られていません。本来刑事裁判は被告人が死亡している場合は行われませんが、仮にストラッサが生きていて、なおかつ、自白がない場合として、以下検討します。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- メリッサ証言(ほぼすべて立証できます)
- 現行犯逮捕報告書(ストラッサはメリッサに対してまさに監禁、強要を犯していた)
- ホテル実況見分調書、報告書、綿、メリッサのハイヒール
- (エンパイア・スイート1738号室にメリッサの片方のハイヒールがある)
- (エンパイア・スイート1738号室にクロロホルムを染み込ませた綿がある→メリッサを失神させるために使用されたものと思われる)
- (非常階段にもうメリッサのもう片方のハイヒールがある→Aと相まって、メリッサは非常階段を通じて略取されたようである)
- (非常階段を降りたところには、ホテルのレストランの調理場がある)
- 救急車等のカタログ
- レストランの清掃係ビル・ベイリー証言
- 「調理場を清掃をしていたら、後部ドア部分が白い貨物車がバックで敷地に入ってきた」
- 「その後、何かを貨物車の後部に積んだようで、後部ドアを閉める音が聞こえた」(3CDから、ビル・ベイリーが認識した貨物車の人物が犯人である可能性が高い)
- 「4のカタログで確認すると、その貨物車は救急車である」
- パーマーとメリッサの結婚パーティ招待客リスト(招待客のうち独身者15名が交際相手を同行することとなっている)
- 写真家アレックス・ヴァレック(以下「ヴァレック」)証言「自分はパーマーとメリッサに出席し、結婚パーティの出席者を全員写真撮影した」
- ヴァレックの撮影した結婚パーティ中の写真(ラムゼー・カレッジの指輪を付けている男性のほか、結婚パーティに出席した人物が写っている)
- メリッサの父シェルドン・ヘイズ、パーマー、警察官ロバート・グッドマン(以下「グッドマン」)の各証言「8の写真を確認すると、6のリストに記載されていない人物は、男性4人、女性3人である」
- 報告書
- (パーマーとメリッサの結婚パーティ招待客の独身者15名のうち、9人が交際相手を同行せず、6人が交際相手を同行した)
- (パーマーとメリッサの結婚パーティ招待客リストに記載されていない9の男女計7人のうち、6人は独身者の交際相手である)
- (パーマーとメリッサの結婚パーティ招待客リストに記載されていないその余の1人は、8のラムゼー・カレッジの指輪を付けている男性である→ラムゼー・カレッジの指輪の男性は、招待されていないのみパーマーとメリッサの結婚パーティに出席しており、犯人である可能性がある)
- ラムゼー・カレッジ卒業アルバム(8、10Cの男性は、ストラッサである)
- ストラッサ勤務先病院担当者証言
- 「ストラッサは、当院の救急車の運転手であった」
- 「事件の夜、ストラッサは無断で救急車を乗り去った」(救急車を使用し得る人物は限られており、5と相まって、ストラッサが犯人である可能性が高い)
1被害者であるメリッサの証言があり、②監禁、強要が現行犯であるので、証拠は極めて強力です。なおかつ、3以下も強力にストラッサの犯行を補強します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ ストラッサの余罪
- メリッサを殺害する目的でメス等を準備した行為について、殺人予備罪が成立します。
- 勤務先病院の救急車を無断で使用した行為について、窃盗罪が成立します。
- メリッサに対してクロロホルムを嗅がせて失神させた行為について、傷害罪が成立します。
- メリッサを自宅に閉じ込めた行為について、監禁罪が成立します。
- メリッサをメスで脅迫して身支度をさせたり自己との結婚式を挙げさせた行為について、強要罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
傷害行為を用いてメリッサを略取する等大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
必ずしも一般人に了解できるものではありませんが、父が母を殺害して自殺するという自身の経験した出来事と同じ状況を作出するという動機から生じた行為です。メリッサはストラッサの経験した出来事と無関係であるので、身勝手で酌量の余地のない大変悪質な動機です。 - 結果
メリッサに絶大な恐怖と絶望を与えており、大変悪質です。
以上のとおり、犯行態様、動機、結果はすべてが悪質です。そのため、量刑は厳しいものになるでしょう。ただし、ストラッサには上記不幸な生立ちがあり、多少斟酌されるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 既に勤務先病院からは解雇されています。
- メリッサから損害の賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
⑹ 備考
- ストラッサの父がストラッサの母に対して喉を切って殺害した行為について、殺人罪が成立します。
- グッドマンが自動車運転中に自動車電話を通話のために使用した行為は、道路交通法上の自動車運転自動車電話装置使用罪に該当します。
- パーマーがストラッサに対して拳銃で射殺した行為は、ストラッサによるメリッサに対する強要という急迫不正の侵害への防衛として行ったものです。もっとも、メスを持つストラッサに対して拳銃という凶器で対抗しているので、防衛行為としては過剰といえ、正当防衛は成立せず、過剰防衛が成立します。したがって、同行為には殺人罪が成立するものの、過剰防衛として、刑が免除または減軽され得ます。
⑺ ストラッサはどうすればよかったか
容易にはできないことでしょうが、自身の不幸な生立ちから立ち直り、メリッサの婚姻を祝福するべきでした。
⑻ ストラッサに完全犯罪は可能であったか
パーマーとメリッサの結婚パーティで、もっと変装して自らの身元が分からないようにし、ラムゼー・カレッジの指輪を外しておけば、完全犯罪が可能であったでしょう。