第59話 大当たりの死
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、レオン・ラマー(以下「レオン」)で、宝石商です。
甥でカメラマンのフレディ・ブワウアー(以下「被害者」)に対し、風呂場で溺死させて宝くじの当選金の返還請求を免れた行為について、強盗利得殺人罪が成立します。
なお、犯行には被害者の妻ナンシー・エレン・ブラウアー(以下(ナンシー)が深く関与していますが、後述のとおり、ナンシーは共同正犯ではなく、幇助犯にとどまると考えます。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、レオンの工作したシナリオは、「被害者は、午後8時04分ころ、入浴中に足を滑らせて後頭部を強く打ち、バスタブ内に転倒して溺死した。その間、レオンは自宅で『大富豪に限る』という名のハロウィーン・パーティを催し、ジョージ3世の仮装をして参加していた。」というものです。
まず、物語の中で、レオンは自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- レオンの自白、被害者の妻ナンシー・エレン・ブラウアー証言(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、解剖調書(被害者の遺体は被害者のスタジオにあり、後頭部に打撃の跡があり、死因は溺死である)
- 被害者スタジオ実況見分調書、スキン・コンディショナー、腕時計、シャンパンケース、カメラ、高級自動車の写真とメモ、それらの報告書
- (スキン・コンディショナーがあり、ラベルには「入浴後が最適」と記載されているが、栓が外れている→栓が外れている以上使用していたようであるが、ラベルの記載から、入浴中に使用することは不自然である)
- (被害者はRS2600という3,000ドル相当の高級時計を身に着けていたが、裏面にシリアル番号がなく、100ドル相当の偽物である→偽物ゆえに防水機能はない→それにもかかわらず被害者が入浴時に身に着けていたのは不自然である)
- (720ドル相当のシャンパンのケースがある→被害者には金銭に余裕があった可能性、あるいは何か嬉しいことがあった可能性がある)
- (仮装のための衣装がない→ハロウィーン・パーティに行こうとしていたはずなのに仮装のための衣装がないのは不自然である→被害者はハロウィーン・パーティに行く予定がなかった可能性がある)
- (カメラがあり、そのピントの数字がレオンが当てたとされる宝くじの当選番号と一致している)
- (高級自動車の写真と、金額と受渡し場所と思しき事項が記載されたメモがある(Cと相まって、被害者には金銭に余裕があった可能性が強い)
- 自動車ディーラー担当者証言「被害者との間で、高級自動車を17万5,000ドルで売る契約をし、ボディカラーも指定され、スイスのベルンで引渡しの予定であった」(3CFと相まって、被害者には金銭に余裕があった可能性が強い)
- 被害者とナンシーそれぞれの代理人弁護士証言「被害者とナンシーは、離婚係争中であったが、被害者はナンシーに対して被害者の債務の共同負担を求めなかった」(3CF、4と相まって、被害者には金銭に余裕があった可能性が強い)
- トリッシュ、マイヤーら被害者の友人証言
- 「被害者は金銭に余裕がなく、家賃の支払いにも苦労していた」(3CF、4、5と相まって、被害者は急激に大金を手にした可能性がある→3Eと相まって、宝くじを当てたのは被害者である可能性がある)
- 「マイヤーは、事件当日、旅行のために、チンパンジーのジョーイを被害者に預けた」
- 酒屋証言「被害者からシャンパンのケースの注文を受けたのは、事件当日である」(3CF、4~6Aと相まって、被害者は急激に大金を手に可能性がある)
- レオンの妻マーサ・ラマー(以下「マーサ」)証言「事件当日のハロウィーン・パーティで、レオンはジョージ3世の衣装を着ていた」
- レオンのジョージ3世の衣装、その報告書(メダリオンにジョーイの指紋が付着している→ジョージ3世の衣装はハロウィーン・パーティのときのみ着られているはずであるが、2、6Bと相まって、レオンは事件当日に被害者の居室に行っている)
自白と共犯者であるナンシーの証言があり、これだけで強力な上、さらに、2、6B、9もレオンが事件当日被害者のスタジオに居たことを立証し、大変強力です。レオンとナンシーは互いに共犯者として責任転嫁し合うことがあり得、認定は慎重になされるでしょうが、なお証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ レオンの余罪
- 被害者に対して一時預かるだけだと欺罔して宝くじの当選券を交付させた行為について、詐欺罪が成立します。
- 被害者の腕時計を浴槽にぶつけて破損した行為について、器物損壊罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
後頭部を鈍器で強く殴打した上に、顔をバスタブに沈めて溺死させるという残酷かつ大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
投資に失敗して破産寸前であったという背景から、被害者の宝くじの当選金3,000万ドル欲しさが動機であり、酌量の余地はなく大変悪質です。 - 結果
死因は、溺死で、被害者の苦痛が大きく、大変悪質です。
以上のとおり、犯行態様、動機、結果はすべてが悪質です。そのため、量刑は厳しいものになるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- 実質的には、当選金は被害者のものなります。
ちなみに、被害者は既に死亡しています。そのため、当選金は、本来未だ離婚が成立していない被害者の相続人妻のナンシーが相続しそうですが、ナンシーは、殺人の共犯であるので相続人として欠格し、なおかつ、被害者の両親も既に死亡しているので、被害者の兄弟姉妹が相続することになります。 - ナンシー以外の被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- ナンシーとの不貞も公となり、マーサから離婚を請求され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。
- 宝くじの当選金をナンシー以外の被害者の遺族に返還しなければならず、投資に失敗した背景もあることから、破産せざるを得ないでしょう。
⑹ 備考
ナンシーはすべてを知っており、レオンのアリバイ事実を偽装するために被害者になりすましてレオンに電話をしています。しかし、逆に言えばそれしかしておらず、被害者殺害の現場にはおらず、また、物語上宝くじの当選金の分け前を受領するといった犯罪による利得を得ていません。そのため、ナンシーには強盗利得殺人罪の正犯は成立せず、同罪の幇助犯が成立するにとどまると考えます。
⑺ レオンはどうすればよかったか
被害者はレオンに対し、宝くじの当選金から300万ドルをあげると言っていました。贈与税で半分近く納税する必要があるとしても、なお150万ドル程度の金員を取得できるはずでした。欲をかかずに、この150万ドルを元手に、投資の失敗から回復を図るべきでした。
⑻ レオンに完全犯罪は可能であったか
アリバイ事実捏造のためにナンシーを利用せず、例えば、「死者の身代金」のレスリー・ウイリアムズや「自縛の紐」のマイロ・ジャナスのような自動電話のトリックを利用するなどし、また、メダリオンに付着したジョーイの指紋を拭き取っておけば、完全犯罪が可能であったでしょう。