第54話 華麗なる罠
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ウェズリー・コーマン(以下「ウェズリー」)で、歯科医師です。
俳優のアダム・エバンズ(以下「被害者」)に対し、右下の歯のクラウンに致死量の倍の量のジギタリス入りのゲルを仕込み、被害者をしてジギタリスを歯茎から大量摂取させて、心不全に陥らせ死亡させた行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、ウェズリーの工作したシナリオは、「被害者は、ウェズリーの妻リディア・コーマン(以下「リディア」)がマルガリータにジギタリスを混入させていたところ、リディアから当該マルガリータを提供され、これを飲んだため、ジギタリスの大量摂取による心不全によって死亡した。その間、ウェズリーは、事件現場である自宅から5キロメートル離れた場所で、女優ナンシー・ウォーカー(以下「ウォーカー」、野球選手ロン・セイ(以下「セイ」)、バレンタイン、リディアの弟デビッド・シャーウィン(以下「デビッド」)らと、ポーカーをしていた。ウェズリーは、リディアを守るため、デビッドやリディアの父ホレス・シャーウィン(以下「ホレス」とともに、リディアの犯行を隠蔽すべく、被害者を自動車に乗せ、マルホダンドの崖から自動車ごと転落させ、転落事故にみせかけた。」というものです。
まず、物語の中で、ウェズリーは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもウェズリーの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、実況見分調書、解剖調書 ジョンソン検視官証言、ライター、「ウェズリー&リディア・コーマン」と記載のあるマッチ、その報告書
- (死因はジギタリスの大量摂取による心不全である)
- (口の中からジギタリスが発見された)
- (右下の歯にホースレンのクラウンが設置されている)
- (右頬内側の口腔内に裂傷がある→麻酔のために被害者が自ら右頬内側を噛んだ可能性がある→Cと相まって、麻酔は右下の歯にクラウンを設置した際になされたものである可能性がある)
- (唇の端に塩の粒が付いている)
- (血液中にポイント07のアルコールが検出されている)
- (上着のポケットにライターがある)
- (シャツのポケットに「ウェズリー&リディア・コーマン」と記載のあるマッチがあり、1本も使われていない→Gと相まって、ライターがあるのにマッチを取得するのは不自然であり、しかもマッチが1本も使われていないことからすれば、何者かが何らかの目的で被害者のシャツのポケットに入れた可能性がある→シャツは通常毎日取り換えることからすれば、「ウェズリー&リディア・コーマン」と記載のあるマッチを被害者のシャツのポケットに入れた者は、被害者の死亡の直前にそれを行ったようである→「ウェズリー&リディア・コーマン」と記載のあるマッチを被害者のシャツのポケットに入れた者は、捜査機関をして、被害者が死亡の直前にウェズリーとリディアの自宅に来ていたことを認識させたかったようである)
- ウェズリーとリディアの自宅実況見分調書、リディアのジギタリスの瓶、処方箋、ブレンダー、グラス、電話機、それらの報告書、鑑定書
- (捜査の日の15日前にジギタリス50錠が処方された)
- (ジギタリスの瓶の中には、10錠が残っている)
- (医師の用量の指示は、1日2錠である)
- (リビング・ダイニングルームにほぼ空のブレンダーとグラスがあり、ブレンダーには液体が入っていた跡が残っており、その量はグラス2杯分である)
- (ブレンダーとグラスにわずかに残っている液体の中にジギタリスがあり、その量はこれを摂取すると約1分で死亡する程のものである)
- (電話機は、緊急ボタンによって繋がる電話番号を自由に変更できる)
- 被害者の自動車の実況見分調書、駐車券の半券、その報告書
- (ギヤがニュートラルになっている→ウェズリーが被害者の死亡をマルホランドの崖からの転落死に見せかけるのであれば、ギヤをニュートラルにしておかないはずであるので、妙である)
- (自動車内に、事件の日の午後0時20分にウェズリーの歯科医院のビルの駐車場を利用した旨の駐車券の半券がある→被害者は事件当日午後0時20分にウェズリーの歯科医院のあるビルに来ていた→ウェズリーと被害者とは事件当日午後0時20分以降に会っていた可能性がある)
- リディア証言
- 「被害者とは愛人関係であった」
- 「事件の日、被害者が自宅に来、自分が5Dのブレンダーで作ったマルガリータを5Dのグラスに入れて被害者に提供したところ、被害者はこれを飲んでから2~3分で苦しみだして死亡した」(2EFと相まって、リディアの当該証言は信用性が高い→3Eと相まって、被害者は、マルガリータの入ったジギタリスで死亡したのではない→2ABと相まって、被害者は、リディアの提供したマルガリータではなく、別の態様でジギタリスを摂取した→ウェズリーのシナリオが否定される)
- 「自分は心臓が悪く、医師の用量の指示通り、ジキタリスを1日2錠服用し、捜査の当日既に1錠服用した」(3A~Cと相まって、ジギタリスの瓶の中には、19錠残っているはずであるのに、10錠しか残っておらず、9錠が失われている→2ABと相まって、失われたジギタリス9錠は、犯行に用いられた可能性がある→ウェズリーは、リディアと同居しており、リディアからジギタリスを窃取することが容易かつ可能であった→ウェズリーが犯行に深くかかわっている可能性がある)
- 「被害者が苦しみだしてから、すぐに3Fの電話機の緊急ボタンを押した」
- ウォーカー、セイ、バレンタイン、デビッドら証言「事件の夜、ポーカーをしていると、リディアから電話がかかってきた(3F、5Dと相まって、3Fの電話機の緊急ボタンがバレンタインの自宅の電話番号に設定されていたようである→ウェズリーは、リディアと同居しており、3Fの電話機の緊急ボタンをバレンタインの自宅の電話番号に設定することが容易かつ可能であった)
- ウェズリーの秘書フランセス証言「事件の日、ウェズリーから、被害者が当日午後2時の診療の予約をキャンセルしたと言われた」(4Bと相まって、ウェズリーが、フランセスに秘して被害者の診療の予約を午後0時20分ころに変更した可能性がある→2CDと相まって、ウェズリーは、この際に、被害者の右下の歯のクラウンに細工をし、ジギタリスを忍ばせた可能性がある)
- ホレス、デビッド証言「ウェズリーは、ギャンブルに依存したどうしようもない男である」(5Aと相まって、ウェズリーは、リディアとの離婚、ホレスからの粛清を避けるため、被害者を殺害し、また、その罪をリディアに着せるための動機があった)
どの証拠もそれ自体は脆弱な証拠ですが、自白がある上、2A~D、3A~C、F、4B、5C、6、7で一定程度ウェズリーの犯行を推認でき、また、5A、8で動機が立証でき、その他の証拠も自白を補強する証拠としては機能します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
なお、ウェズリーの自白は、コロンボが、ジギタリスに36度ほどの水分を加えるとホースレンのエナメルを青に変色させるという偽計に基づいてなされたものです。しかし、ウェズリーの黙秘権等の人権を制約するものではなく、自白内容が虚偽であるおそれもなく、さらに違法捜査ではないので、自白は任意になされたものと認められ、証拠能力に問題はないでしょう。
⑶ 犯人の余罪
物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- リディアのジギタリスを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。ただし、親族相盗例によって、刑は免除されます。
- ウォーカー、セイ、バレンタイン、デビッドらとポーカーをした行為について、実際にお金を賭けていた等の事情があれば、賭博罪が成立します。
- リディアに罪を着せようとして、③Ⓓのブレンダーにジギタリスを入れたり、それを3Dのグラスに注いだり、「ウェズリー&リディア」と記載のあるマッチを被害者のシャツのポケットに入れた行為について、それぞれ、証拠偽造罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
致死量の倍の量のジギタリスを服用させるという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
自ら投資やギャンブルに狂い、ホレスから、競走馬購入資金2万ドル、エンセナーダの土地開発計画資金10万ドル等合計22万ドルの借金をしたことから、リディアとの離婚、ホレスからの粛清の危機に直面し、これを避けるため、なおかつ、リディアと不貞を行った被害者への怨恨を晴らすための犯行です。不貞ゆえの怨恨は人情として理解できるものの、その他の点については自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は心不全で、被害者に大きな苦痛を与えており、悪質です。
以上のとおり、すべての点において大変悪質です。
⑸ その他の犯人への制裁
- 被害者の遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- リディアから離婚を請求され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。
- ホレスに対して合計22万ドルの負債があるようですが、ホレスから本格的に法的措置を講じられて返済を迫られるでしょう。
- 確実に医師免許が取り消されるでしょう。これにより、以後、医師を名乗れず、医業(医療行為)ができなくなります。
- 病院が医療法人で犯人が理事であった場合、理事の資格も失います。
- 医師会に所属していれば、当該医師会から除名等の懲戒処分を受けるでしょう
⑹ 備考
- デビッドがウェズリーとともに被害者を自動車に乗せて自動車ごと崖から落とした行為について、死体遺棄罪が成立します。
- ウォーカー、セイ、バレンタイン、デビッドらがウェズリーとポーカーをした行為について、実際にお金を賭けていた等の事情があれば、賭博罪が成立します。
⑺ ウェズリーはどうすればよかったか
そもそもギャンブルを止めるべきでした。
リディアと離婚したくないのであれば、ギャンブルを断って良き夫となり、できる限度でリディアを助ける努力をすべきでした。
また、リディアやホレスから離婚を突き付けられた以上、受け容れるべきでした。その場合でも、リディアの被害者との不貞を追及し、離婚を拒絶したり、慰謝料を請求する等有利な条件で離婚をできる余地がありました。
⑻ ウェズリーに完全犯罪は可能であったか
コロンボによる、ジギタリスに36度ほどの水分を加えるとホースレンのエナメルを青に変色させる、という虚偽の説明を鵜呑みにせず、きちんと実験を見届けて自白をしなければ、完全犯罪が可能であったでしょう。