2021

01.

03

Sun

第39話 黄金のバックル

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ルース・リットン(以下「ルース」)で、リットン美術館の館長です。

姉フィリス・ブラント(以下「フィリス」)の夫ピーター・ブラント(以下「ピーター」)に対し、薬殺した行為(第1行為)について、殺人罪が成立します。

また、美術館警備員ミルトン・シェイファー(以下「ミルトン」)に対し拳銃で射殺した行為(第2行為)、弟で美術館運営法人理事のエドワード・リットン(以下「エドワード」)に対し拳銃で射殺した行為(第3行為)について、それぞれ、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、犯人の工作したシナリオは、

第1行為について、「ピーターは、2度の心臓発作を起こし、死亡した。」、

第2行為及び第3行為について、

①「4月30日午後9時ころ、ミルトンがリットン美術館で美術品を盗んでいたところ、エドワードに発見され、双方拳銃の撃合いとなり、双方死亡した。」というもので、これがコロンボに否定されかけると、

②「①の事実はフィリスの娘でルースの姪のジェニー・ブラント(以下「ジェニー」)が作出したもので、ジェニーは、美術品の金のバックルを事件前に窃取し、なおかつ、ミルトンとエドワードを殺害した。」というものになりました。ただ、ルースが金のバックルをジェニーの部屋に置いたことだけでは、ジェニーが金のバックルを窃取したこととは結びつき得るものの、ジェニーがエドワードとミルトンを殺害したことまでは結びつかず、そもそもルースによる②のシナリオの作出自体が全く成功していません。

まず、物語の中で、犯人は、明確な描写はなかったものの、自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. ルースの自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 第1行為について
    1. ピーターの遺体、実況見分調書、検視報告書
      1. (ピーターは喘息とその合併症を患っており、そのような状況下で、2度心臓発作を起こして死亡した)
      2. (フィリスが解剖に同意せず、また、医師も解剖の必要性を認めず、解剖は実施されなかった)
    2. 治療薬ジギタリス、キニジンの報告書(過度な量を服用すると、心臓の悪い人に心臓発作を起こさせる可能性がある)
  3. 第2行為及び第3行為について
    1. ミルトンの遺体、実況見分調書、解剖調書、着衣、腕時計、盗品、それらの報告書
      1. (射殺されている)
      2. (着衣・時計が新品である)
      3. (指にはマニキュアが施されている)
      4. (髪は散髪したてで整っている)
      5. (靴は新品の固い→建造物侵入窃盗を犯すにしてはふさわしい靴ではなく、本格的な建造物侵入窃盗ではなかった可能性がある)
      6. (予防接種を受けている→ミルトンは、国外に行くつもりであったようである)
      7. (盗品のうち1つの美術品が上着のポケットに入っている→ミルトンの窃盗には黒幕がいて、ミルトンは盗品の1つを黒幕に秘して我が物にしようとしていたのかもしれない)
      8. (メモ「二度回す、真夜中過ぎにすぐ」を身に着けている)
      9. (腕時計を身に着けているが、日付は1日になっている)
    2. エドワードの遺体、実況見分調書、解剖調書(射殺されている)
    3. 犯行現場の実況見分調書、ミラー刑事証言「現場発見時館内の電気は消えていた」(ミルトンとエドワードが暗闇の中で撃ち合いをして1発ずつ拳銃を発射してそれぞれが命中することは考え難く、ミルトンとエドワード以外の何者かが電気を消したはずである→事件にはミルトンとエドワード以外に深く関わる人物がいるはずであり、ルースの工作したシナリオ①は否定される)
    4. 捜査報告書(ミルトンは、知人らに近々にカリブ海方面へ発つと話していた→Aイ~カと相まって、ミルトンは近々に旅行等に行く予定だったようである)
    5. 時計屋従業員証言「事件当日の4月30日にミルトンに当該時計を売り、その際、ミルトンにカレンダーの調整のために31日に日付が変わったら、リューズを2度回して日付を1日にするように助言した。」(ミルトンは31日になった後リューズを2度回して日付を1日にしたようである→ミルトンは兄ティム・シェイファー<以下「ティム」>にした電話中に死亡したのではない→ミルトンは、4月30日に午後9時ころに死亡したのではない→Aイ~キ、Cと相まって、ミルトンには黒幕がいたようである)
    6. 4月30日作成エドワード録音テープ「ラージサイズの金のバックル、青銅器時代、8センチメートル、11センチメートル」(30日には黄金のバックルはあった)
    7. コロンボ証言「ジェニーは金のバックルを灰皿として使った」
    8. ルースの捜査段階供述「金のバックルは、事件の2週間以上前に亡失した」(Gと相まって、ジェニーは金のバックルの値打ちを知らない→ジェニーは金のバックルを盗取していない→ルースの捜査段階供述は虚偽である)

第1行為については、1自白以外有効な証拠が全くありません。そのため、証拠が以上のものだけであれば、ルースは無罪となる可能性が高いでしょう。コロンボも第1行為を闇に葬るつもりのようですし、仮に捜査が本格的に行われていても、ジェニーが7歳のころの犯行ですから、証拠は散逸しているでしょうし、そうでなくても、公訴時効が成立している可能性が高いでしょう。

第2行為及び第3行為については、3の各証拠は、それ自体決定的な証拠とはいえませんが、ルースの工作したシナリオを否定するものですし、1の自白を補強するものとして機能し、1の自白の証明力が強まります。以上から、第2行為及び第3行為については、証拠は十分といえ、有罪と認定することが可能でしょう。

⑶ 犯人の余罪

物語上のルースの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
  2. ミルトンにリットン美術館で盗み等をやらせた行為について、建造物侵入罪と窃盗罪の共同正犯が成立します。
  3. ミルトンの自動車のタイヤの空気を抜いた行為について、器物損壊罪が成立します。
  4. リットン美術館から黄金のバックルを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
  5. ジェニーの部屋に盗品である黄金のバックルを置いた行為について、証拠偽造罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は、第1行為は無罪、第2行為及び第3行為はそれぞれ有罪となると思いますが、仮にすべて有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 第1行為について
    1. 犯行態様
      ピーターが喘息とその合併症に苦しんでいるところへ、心臓発作を引き起こす治療薬ジギタリス、キニジンを服用させるという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
    2. 動機
      自分を裏切ってフィリスを婚姻したことの怨恨から本件犯行を行ったものと思われ、一定程度同情に値します。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。
  2. 第2行為及び第3行為について
    1. 犯行態様
      拳銃で撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。
    2. 動機
      リットン美術館の閉鎖、美術品の売却防止から本件犯行を行ったものと思われ、人情としては理解できます。しかし、エドワードを説得するなどの正当な交渉をするべきであり、一定程度悪質といえます。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様はすべて悪質であり、動機も一定程度悪質で、関係のないミルトンを巻き込み、ミルトンを含めて3人を殺害しています。

犯人が自白していることが犯人の有利に斟酌されるとしても、量刑は、厳しいものにはなるでしょう。死刑もあり得ます。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. ルースがエドワードの法定相続人にあたるとしても、エドワードを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、エドワードの遺産の相続権を失います。
  2. ジェニー、フィリス、ティムら各被害者らの各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  3. ルースが美術館運営法人の理事に就いているとすれば、解任されるでしょう。

⑹ 備考

  1. ミルトンの犯罪
    1. 従前の美術品の窃取について、窃盗罪が成立します。
    2. ミルトンの美術館への侵入窃盗について、建造物侵入罪、窃盗罪が成立します。
  2. コロンボが愛車をパトカーに追突させた行為について、負傷者がいれば自動車運転過失致傷罪が成立しますが、物語上負傷者はいないようでした。

⑺ ルースはどうすればよかったか

  1. ピーターについては、ピーターを許せなくとも、事実を受け容れてよりよい男性を探すべきでした。
  2. エドワードについては、美術館の収益を増やす計画を練ってエドワードに美術品売却を思い止まらせる等、エドワードやフィリスともっと話し合うべきでした。それでも無理であれば、事実を受け容れて、美術館の閉鎖、美術品の売却防止を容認すべきでした。エドワードの話では、売却によって500万~600万ドルが得られるようですので、それほど悪い話ではないように思えます。

⑻ ルースに完全犯罪は可能であったか

上記のとおり、ピーターの殺害については、証拠もなく、公訴時効が成立している可能性も高く、既にほぼ完全犯罪となっています。

他方、コロンボの揺さぶりに耐えれば、エドワードとミルトンの殺害については、決定的な証拠もない中、無罪になり得たと思います。

以上から、ピーター、エドワード、及びミルトンの各殺害について、すべて否認を貫けば、すべて完全犯罪となり得たでしょう。