第24話 白鳥の歌
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、トミー・ブラウン(以下「トミー」)で、ミュージシャンです。
妻で宗教「魂の十字軍」の宗教家でトミーのバックバンドでコーラスを務めるエドナ・ブラウン(以下「エドナ」)と、同じくその信者でコーラスを務めるメアリー・アンに対し、その搭乗する飛行機を墜落させて殺害した行為について、航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律上の航空機墜落致死罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、トミーの工作したシナリオは、「トミーはエドナとメアリー・アンとともに飛行機に搭乗していたが、悪天候の中、飛行機が電気系統の故障でライトが点灯せず、不可抗力によって墜落し、エドナとメアリー・アンは死亡し、自分は幸運にも偶然助かった。エドナとメアリー・アンは睡眠薬を飲んでいたが、それは乗り物酔いの防止のためである。」というものです。
まず、物語の中で、トミーは、コロンボに対して「人殺しと2人きりで危険を感じないかね」と述べていたので、自白をしたとみていいでしょう。そのため、裁判時においてもトミーの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- トミーの自白(ほぼすべて立証できます)
- エドナとメアリー・アンの解剖調書、報告書
- (いずれの遺体からも大量の睡眠薬バルビタールが検出された→酔止めとしては量が多すぎる)
- (いずれも宗教「魂の十字軍」の信者である)
- 飛行機墜落現場実況見分調書、飛行機残骸、航空鞄、国内航空局安全輸送対策部ローランド・パングボーン証言
- (魔法瓶がない)
- (後部座席のシートベルトは締まっている)
- (パイロット席のシートベルトは締まっていない)
- (航空鞄の中に灰は無く空である)
- パラシュート、その報告書
- (45平方ヤード分の生地で制作されている)
- (トミーが山から持ってきていた)
- トミーの軍歴報告書(トミーは元空軍に所属しており、パラシュートの整備業務を行っていた→トミーはパラシュートに精通している)
- 飛行機整備士ジェフ証言「トミー、エドナ、及びメアリー・アンが飛行機に乗り込む際、トミーは魔法瓶と航空鞄を自ら飛行機内に運び込み、パイロット席に置いた」
- 「魂の十字軍」教典(「魂の十字軍」の信仰上、睡眠薬を飲むことは禁忌とされている→②と相まって、エドナもメアリー・アンも、酔止めのためであっても睡眠薬バルビタールを服用することは考え難く、ましてや大量に服用することはなおさら考え難い→エドナとメアリー・アンは、何者かに睡眠薬バルビタールを服用させられた可能性がある)
- 鑑識報告書(魔法瓶は特殊なガラスで出来ており、跡形もなく焼けてしまうことはない→3Aと相まって、魔法瓶は残っているはずであるのに残っていないので、何者かが持ち去った可能性がある→2A、7と相まって、魔法瓶を持ち去った者は、魔法瓶に睡眠薬バルビタールを入れて、エドナとメアリー・アンに対して飲ませた可能性がある→6と相まって、エドナとメアリー・アンに対して睡眠薬バルビタールを入れたのは、トミーである可能性が高い)
- エドナの弟ルーク証言
- 「トミーはフライト前に2時間ほど仮眠をとった」
- 「フライトに際してトミーはギターを飛行機とは別にバスで運ばせた。以前はそのようなことはなかった」
- 「フライトの際にトミーは航空鞄を自分で運んだ」
- 「エドナは何かトミーの弱みを握っていた」
- トミー捜査段階供述「自分はギターを大事にしており、旅客機に載るときはいつも1名分の席を購入して自分の隣の席に置いている」(9Bと相まって、墜落のフライトの際のみトミーがギターを飛行機に持ち込まなかったことは、トミーが事故を予期していたことと矛盾しない)
- ベイカースフィールド気象庁回答書(トミーらのフライト時、ロサンゼルスの天気は荒れ模様であった→トミーらのフライトが1時間前であれば安全だった→9Aと相まって、まさにフライトをしようとするトミーがその前に気候を調べないはずがなく、トミーは敢えて悪天候の中フライトをしたことになる)
- 「I SAW THE LIGHT」の新旧楽曲データ、その報告書(旧バージョンは、それぞれメアリー・アンがソプラノ、ティナがコントラアルトのコーラスを担当しており、新バージョンではティナがソプラノを担当し、メアリー・アンがコーラスから外されている)
- ニック・ソウルカント証言
- 「曲の編曲には1週間はかかる」
- 「『I SAW THE LIGHT』の新バージョンの編曲は、飛行機墜落の1週間前にトミーから依頼された」(12と相まって、トミーがメアリー・アンの死亡を予期していたことと矛盾しない→2、6、7、8、9AB、10、11と相まって、トミーはエドナ、メアリー・アンを殺害するために、エドナ、メアリー・アンに睡眠薬バルビタールを服用させて、飛行機を墜落させた可能性がある)
- 「魂の十字軍」本部内捜索差押調書、布業者の白のナイロン布地A447の3本(1本15平方ヤード)の注文請書、ナイロン布地、被害届、担当者のおばちゃん証言(「魂の十字軍」は大量の生地を発注し納品を受けたが、いつの間にか3本(45平方ヤード分)の生地が亡失した→何者かが「魂の十字軍」から45平方ヤード分の生地を窃取した可能性がある)
- 報告書(45平方ヤードの生地でパラシュートを製作した場合、下降速度が速いため、熟練者であれば死亡しないものの、足を骨折すると思われる)
- トミーの身体検査調書(左足を骨折している→15と相まって、トミーが45平方メートルのパラシュートで降下したことと矛盾しない)
- 検証調書(本来の60平方ヤードのパラシュートは③航空鞄に入らないが、45平方ヤードの生地でベルトも特製で制作したパラシュートはちょうど航空鞄に収まる→1、3D、4、5、6、9C、14と相まって、トミーは、「魂の十字軍」から窃取した45平方メートルの生地でパラシュートを製作し、飛行機内に持ち込んだ→2、3BC、6、7、8、9A、11、15、16と相まって、トミーは、飛行機内でエドナとメアリー・アンに睡眠薬バルビタールを服用させて2人を寝かせ、自らパラシュートで飛行機から脱出した)
が大変強力な上、自白があり、その他の一連の証拠は自白をよく補強します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ 犯人の余罪
物語上の犯人の他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 詳細は不明ですが、当時16歳であったメアリー・アンに対して何らかの性犯罪を行ったようです。暴行脅迫を手段していれば強制性交等罪、和姦であっても青少年保護育成条例違反が、それぞれ成立します。
- ナイロン生地を窃取するために「魂の十字軍」の施設に侵入した行為について、建造物侵入罪が成立します。
- 45平方ヤード分のナイロン生地を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
- エドナとメアリー・アンに睡眠薬バルビタールを飲ませて昏睡させた行為について、それぞれ、傷害罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
飛行機を墜落させることによってエドナとメアリー・アンを墜落死させるというコロンボ史上最悪級の危険な行為を犯しており、多大な公共の危険も生じさせており、著しく悪質です。 - 動機
エドナから、過去に刑務所から出所させてもらえたことを恩着せがましく語られ、また、メアリー・アンに対して犯した罪の告発を示唆され、音楽活動の収益をすべて搾取されていた状況下において、かかる状況から抜け出すために行った犯行であり、前科やメアリー・アンへの犯行が自業自得だとしても、自らの才覚によって生み出す利益をすべて搾取されることにはなお同情の余地があり、酌むべき事情があります。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。エドナとメアリー・アンの2名が死亡しています
以上のとおり、少なくとも、犯行態様は著しく悪質です。動機に酌むべき事情があるとしても、エドナとメアリー・アンの2名を殺害しており、アーカンソーの農場刑務所で服役していた前科もあるようですので、有罪と認定されれば、量刑は大変厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。
⑸ その他の犯人への制裁
- トミーはエドナの法定相続人であり、エドナの遺産を相続できるのが原則ですが、エドナを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、エドナの遺産の相続権を失います。
- ルークら各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- トミーは、今後逮捕・勾留されるでしょうから、コンサートの予定があれば中止となり、イベント会社や所属レコード会社から損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 精神的支柱であったエドナを殺害されたことから、「魂の十字軍」から損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 固定翼自家用操縦士の資格が取消され、飛行機を操縦できなくなります。
⑹ 備考
- エドナとメアリー・アンが、トミーに対して、共同して、メアリー・アンへの性犯罪の告訴、告発を示唆して、トミーの音楽活動の収益を喝取していた行為について、恐喝罪の共同正犯が成立します。
- ルークがトミーを殴打して怪我を負わせた行為について、傷害罪が成立します。
⑺ トミーはどうすればよかったか
ここでは、何とか殺人等の罪を避ける道がなかったか検討します。
メアリー・アンに対して行ったことは、事実である以上、それが公になることを覚悟すべきでした。その上で、その罪責を受け、メアリー・アンに対して民事上の損害賠償も行い、正規の手続でエドナと離婚すべきでした。エドナのトミーに対する一連の言動は、モラルハラスメントに当たり、エドナが拒んでも裁判で離婚が認められると思います。ティナとよい関係になりかけていますが、ティナにも相談し、上記の展開によってティナが交際してくれなければティナのことは諦めるべきでしょう。
メアリー・アンに対する責任さえ果たせば、ミュージシャンとしての才覚があるようですので、再び復活できたでしょう。
⑻ トミーに完全犯罪は可能であったか
飛行機の墜落現場には火災が発生していたので、パラシュートを燃えやすい素材で作り、墜落現場で素早く焼き尽くせば、完全犯罪となり得たでしょう。