第17話 二つの顔
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人らは、銀行員の兄ノーマン・パリス(以下「ノーマン」)と、料理研究家の弟デクスター・パリス(以下、「デクスター」)の双子の兄弟です。
叔父であるクリフォード・パリス(以下「被害者」)に対し、その入浴中に浴槽へミキサーを入れて感電死させた行為について、犯人兄弟に殺人罪の共同正犯が成立します。この行為を直接行ったのはデクスターのようですが、犯人兄弟は被害者の殺害計画を共謀しており、ノーマンは、この共謀に基づいて、デクスターのアリバイ作出のためにデクスターになりすましてメイドのペックと会ったり、ヒューズをつないだりという殺害について重要な役割を果たし、さらには被害者の遺産を取得するという自らの利益のために犯行を行っているので、犯人兄弟は、共同正犯となります。
なお、被害者の婚約者リサ・チェンバース(以下「チェンバース」)も死亡していますが、犯人兄弟がチェンバースを殺害した明確な描写がなく、また、小説版ではチェンバースが自宅マンションのベランダから誤って転落して死亡したものとなっているので、ここでは犯人兄弟による殺害とは扱いません。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、犯人兄弟の工作したシナリオは、「デクスターは被害者が健在なうちに被害者の自宅を去り、また、ノーマンはそもそも現場にはおらず、犯人兄弟は被害者が死亡した現場には居なかった。また、警報装置が作動しており、被害者自宅に侵入者も現れなかった。その後、被害者は、トレーニング中に死亡した。」というものです。
まず、物語の中で、ノーマンは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもノーマンの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- ノーマンの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の解剖調書(死因は、感電による心室の筋肉性振動である→被害者はトレーニング中に死亡したのではない)
- 被害者自宅実況見分調書、その報告書
- (脱衣所において、洗濯籠の中に、使用済みの湿ったタオルがある)
- (浴室内の石鹸が湿っている)
- (ペックの部屋の外に偏平足の裸足の足跡痕がある)
- ハサウェイ証言(被害者の死亡直前、被害者とフェンシングをした)
- 犯人兄弟の身体検査調書(犯人兄弟はいずれも偏平足である→3Cと相まって、犯人兄弟が被害者死亡の前後に被害者自宅に侵入した可能性がある)
- ペック証言
- 「被害者自宅の浴室のタオルは、いつも午後4時に新しくする」(3Aと相まって、被害者の死亡直前、風呂が使用されていたようである→4と相まって、被害者はハサウェイとフェンシングをしていたので、入浴していたのは被害者であると思われる→入浴して汗を流した後にさらにトレーニングをするのは不自然である→2と相まって、何者かが被害者がトレーニングをしていて死亡した外観を作出したようである)
- 「被害者の死亡直前、20秒間ほど停電が起こり、テレビがその間映らなかった。その後電気が戻ると、テレビの画面の色が紫色になった。」(2、3AB、4、6Aと相まって、被害者は、入浴中に感電し、その影響で停電が起こったものと思われる)
- 被害者自宅実験結果報告書
- (被害者を浴槽から持ち上げるには1人では著しく困難である)
- (浴室から地下の分電盤に移動するには最低67秒かかる→6B、7Aと相まって、犯人は複数人のようである)
- デクスターの秘書証言(事件の1週間前、デクスターは電動ミキサーを2台発注した→デクスターのミキサーが犯行に用いられた可能性がある)
- ラスベガスのカジノ記録(ノーマンは、カジノに入り浸っており、カジノに対して3万7,500ドルの債務を負っている→ノーマンには被害者とチェンバースが婚姻する前に被害者を殺害して被害者の遺産を得ようとする動機がある)
- 通話記録(被害者の死亡前の10日間、犯人兄弟間で20回以上の通話がある→犯人兄弟が被害者殺害の共謀をしていた可能性がある)
すべてそれ自体脆弱な証拠です。物語上は6、7、10が決め手となっていますが、犯人が複数で被害者の入浴している浴室内に電気製品を投げ込んだことした可能性があることしか立証できず、それ以上に犯行と犯人兄弟を結びつける証拠はなく、犯人兄弟が自白をしなければ、犯人兄弟の犯行を証明できるものでは全くありません。
もっとも、ノーマンは自白をしているので、各証拠は自白を補強するものとなり、結局、証拠全体で大きな証明力を得るに至ります。
以上から、証拠は十分といえ、本件は通常なら有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ 犯人兄弟の余罪
今回は、余罪はないようです。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
入浴している被害者に対し、浴槽内に電動ミキサーを投げ込んで感電させるという大変危険な行為を犯しており、悪質です。 - 動機
特にノーマンはギャンブルによって多額の債務を負担していたところ、被害者がチェンバースと婚姻することによって、チェンバースが被害者の遺産の2分の1の相続権を取得するため、これを防いで自らの相続分を保全しようとする、遺産目当ての犯行であり、自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は、感電による心室の筋肉性振動であり、大変残酷で、悪質です。
以上のとおり、すべての点で悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人らへの制裁
- 制裁ではないですが、被害者はチェンバースとの婚姻前に既に全遺産をチェンバースに遺贈する旨の遺言を遺しているので、結局犯人兄弟は被害者の遺産を相続できません。仮にこの遺言がないとしても、犯人兄弟は被害者を殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、相続権を失います。
- デクスターは料理番組に出演していたようですが、当該番組の続行が不可能となり、テレビ会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- ノーマンは銀行員ですが、銀行から解雇されるでしょう。
⑹ 備考
ハサウェイは、被害者から遺言執行者として選任され就任したようですが、それにもかかわらず、遺言の趣旨を歪めてチェンバースから被害者の遺言書を奪い、また、遺産を犯人兄弟に与えることでその対価として犯人兄弟から今後の財産管理契約を得ようとしており、所属弁護士会から懲戒されるでしょう。
⑺ 犯人兄弟はどうすればよかったか
ここでは、何とか犯人兄弟が犯罪の実行を避ける道がなかったか検討します。
そもそも被害者の遺産は被害者の才覚、努力によって形成したものであるので、犯人兄弟はその相続を当てにすべきではありません。ノーマンもデクスターも、それぞれ、銀行員、料理研究家として一定の収入があるでしょうから、自らの収入、財産で生きていくべきです。
その上で、被害者とチェンバースの婚姻を心から祝福すべきでした。
そうすれば、チェンバースは被害者の財産は要らないと明言しているので、チェンバースが遺産の相続を放棄すること、さらには、被害者自身が遺言を変更して犯人兄弟にも遺産を遺してくれる可能性があったでしょう。
⑻ 犯人兄弟に完全犯罪は可能であったか
上記のとおり、証拠はそれぞれ脆弱です。自白をしなければ、完全犯罪となり得たでしょう。