第01話 殺人処方箋
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、レイ・フレミング(以下「レイ」)で、精神科医です。
妻キャロル・フレミング(以下「被害者」)に対し、背後から首を絞めて絞殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、レイの工作したシナリオは、「レイと被害者はロサンゼルスからアカプルコに向けて離陸しようとする飛行機内で口論となり、被害者は独りで飛行機を降り帰宅した。帰宅後、被害者は、財物目当ての強盗によって殺害された。その際、レイは、上空を飛ぶ飛行機内にいたので、無関係である。」というものです。
まず、物語の中で、レイは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- ジョーン・ハドソン(以下「ハドソン」)証言(ほぼすべて立証できます)
- サングラス、ブルーのウールのドレス、キットの手袋、かつら(犯罪供用物件)
- ロサンゼルス国際空港記録(レイの飛行機での往復上、行きの際の荷物は重量が6キログラム超過であったが、帰りの際の荷物は重量が2キログラムしか超過していなかった→レイは荷物を4キログラム分アカプルコで処分したようである→レイ盗まれた物をアカプルコに持ち出して処分した可能性がある)
物語上登場する証拠は、上記の程度しかなく、少ないです。しかし、1の証言は決定的です。
なお、ハドソンが証言したとしても、その証言は、コロンボがハドソンの自殺を偽装することによってレイの本音を引き出し、それをハドソンに聞かせることによって生じるものです。このようにコロンボがレイを欺罔していることから、このコロンボの捜査手法は不当であるようにも思われ、そこから派生したハドソンの証言の証拠能力が否定され得るようにも思われます。
しかし、コロンボの欺罔によったとしても、レイはあくまで自発的に供述しており、レイの供述の自由は侵害されていません。
また、捜査が不当だとしても、ハドソンの証言は、コロンボの欺罔そのものから生じたものではなく、コロンボの欺罔によって現れたレイの本音を聞いたことによって生じたものであり、コロンボの欺罔の影響は間接的です。
そのため、ハドソンの証言の証拠能力が失われるということはないでしょう。
また、物語上は存否が不明ですが、「(被害者の写真を確認し、ハドソンの被害者に扮した変装を見た上で)自分が見たのは被害者本人ではなく、被害者に変装したハドソンである。」旨のスチュワーデスの証言があれば、なお有罪認定が確実でしょう。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
⑶ レイの余罪
物語上のレイの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 被害者のブルーのウールのドレスを持ち出した行為について、窃盗罪が成立します。ただし、親族相盗例によって処罰はされません。
- おそらく自宅は持ち家だと思いますが、仮に賃借物件だったり被害者またはその親族の所有だったりした場合、被害者殺害直後に窓ガラスを破壊した行為について、器物損壊罪が成立します。
- 被害者殺害直後に被害者のネックレス、指輪等のアクセサリー類を窃取した行為、また、置物と食器も被害者所有であったならこれらを窃取した行為について、窃盗罪が成立します。ただし、親族相盗例によって処罰はされません。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
背後から被害者の首を絞めるという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
被害者に不貞が発覚してしまうこと、資産家である妻を失ってしまうこと、多額の慰謝料を支払わせられること、被害者に不貞の事実を広められてしまうこと、そしてそのための自身の精神科医としての名声が失墜すること、を防止するために犯行を行ったものと認められます。不貞がレイ自身によってなされたことからすると、大変自己中心的で悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- レイは被害者の法定相続人であり、被害者の遺産を相続できるのが原則ですが、被害者を殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、被害者の遺産の相続権を失います。
- 被害者に父母や兄弟姉妹等の遺族がいれば、レイは、遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- 確実に医師免許が取り消されるでしょう。これにより、以後、医師を名乗れず、医業(医療行為)ができなくなります。
- 医師会に所属していれば、当該医師会から除名等の懲戒処分を受けるでしょう。
- 常識的に考えて、ハドソンから別れを告げられるでしょう。
⑹ 備考
- コロンボが無令状でレイの自宅から被害者の写真を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。ただ、レイが怒っていないので、不問となるでしょう。
- ジョーンの罪責について
- 撮影所からかつらを窃取した行為について、たとえ一時使用目的であっても不法領得の意思が肯定され、窃盗罪が成立すると思われます。
- 被害者になりすましてクリーニング店に電話をしてクリーニングの依頼をしたり、飛行機内で口論の芝居をしたりした行為については、微妙なところですが、レイの一連の犯行計画上重要な役割を担ったこと、自らもレイと婚姻等することを目的としていたことから、殺人の共同正犯が成立すると考えます。仮に殺人の共同正犯とまでいえないとすると、上記行為は殺人の幇助犯、証拠偽造罪となります。
⑺ レイはどうすればよかったか
ここでは、何とかレイが犯罪の実行を避ける道がなかったか検討します。
レイは、ハドソンと不貞をした以上、被害者との離婚、慰謝料、財産分与の支払を免れることはできません。しかし、被害者がそのことを公にすることは、被害者自身も世間体を気にして実行しないことを期待できますし、仮に実行されても名誉棄損となるので、レイは慰謝料請求等の反撃ができます。また、レイは精神科医として能力と名声がありそうですので、本当に被害者がレイの不貞を公表したとしても、十分再起を図ることができたでしょう。
以上から、当たり前な結論となってしまいますが、レイは、被害者からの離婚等の請求を甘んじて受けるべきでした。
⑻ レイに完全犯罪は可能であったか
上記のとおり、決め手になるのはハドソンの証言です。
まず、レイは、ハドソンになりすました女性の遺体をきちんと確認し、遺体がハドソンでないことを確認すべきでした。
次に、これを確認しなかったとしても、コロンボに対し、ハドソンとの不貞関係を否定したり、不貞関係を肯定しても悲しむふりをしたりすべきでした。
これを行えば、他の証拠のみでは有罪となり得ることは困難であり、完全犯罪となり得たでしょう。