第37話 さらば提督
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事で、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるので、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、スワニー・スワンソン(以下「スワニー」)で、無職または造船会社の名目的役員と思われます。
第一に、叔父で造船会社の経営者オーティス・スワンソン(以下「オーティス」)に対し、おそらくはロープ止めで殴打して殺害した行為(第1行為)について、殺人罪が成立します。
第二に、義理の従兄弟チャーリー・クレイ(以下「チャーリー」)に対し、殺害した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、スワニーの工作したシナリオは、
第1行為については、「ジョアナ・クレイ(以下「ジョアナ」)は、酔余の上オーティスと口論となって、ロープ止めでオーティスを殴打して殺害した。現場であるオーティスの自宅には、ジョアナのブローチ、口紅が遺留されており、ジョアナが犯人である。」というものですが、後にチャーリーがジョアナの犯行と認識してこれを隠蔽したため、「オーティスは、単身でヨールに乗って沖に出たところ、セルフステアリングベーンを止めようとした際、コールが外れてミズンブームがジャイブして頭部を直撃し、海に放り出された。」というものとなり、さらに、「チャーリーは島を出るときにわざわざ守衛のウォーリーに時刻を尋ねており、オーティスに扮してヨールを沖に出し、自らは泳いで島に戻ってきた。」というものとなりました。
第2行為については、 スワニーは特にシナリオを用意できていません。
まず、物語の中で、スワニーは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 第1行為について
- オーティスの解剖調書、実況見分調書、懐中時計の鎖、その報告書
- (肺の中に水はなく、水に落ちる前に死亡している→他殺の可能性がある)
- (物語上言及はされていませんが、ロープ止めで頭部を殴打されていたとすれば、遺体の頭部にその痕跡があるはずである)
- (チョッキに切れた懐中時計の鎖が付いている)
- オーティス自宅の実況見分調書、ロープ止め、懐中時計、型紙、それらの報告書
- (ロープ止めの1つのみ、他のロープ止めと異なり、埃が付着していない→Aイと相まって、凶器である可能性がある→オーティス殺害の犯行現場はオーティスの自宅である可能性がある)
- (ソファーの下にオーティスの懐中時計とジョアナの口紅が落ちている→懐中時計は、損傷しており、31日土曜日0時42分で止まっている)
- (ヨールに名前は付けられていない)
- (型紙があり、その組合せ上、「LISA.S」と並べることができる)
- 沿岸警備隊ジェファーソン証言「オーティス死亡の夜、海の波は穏やかだった」(ミズンブームがジャイブすることは考えにくい→Aアイ、Bアと相まって、オーティスの死亡は他殺である)
- フレッド証言「オーティスは、死亡の日の日中、型紙、バケツ、黒ペンキ等を自宅に持ち帰った」
- リサ・キング(以下「キング」)証言
- 「自分とオーティスとは愛し合っていた」
- 「オーティスに対しては、自分に遺産を遺さなければオーティスと婚姻すると言っていた」(Bウエ、D、Eアと相まって、オーティスとキングとは真摯な恋愛関係にあったようである→オーティスがキングと婚姻する前に死亡し、なおかつそれがジョアナによる殺害であった場合、ジョアナはオーティスの財産の相続権を失い、スワニーがオーティスの遺産を相続することとなる→スワニーには、オーティスを殺害し、それをジョアナの仕業に見せかける動機がある)
- スワニー捜査段階供述「オーティス死亡の夜、自分はジョアナを自宅まで送って行った(スワニーにはジョアナから口紅やブローチを盗る機会があった)
- ジョアナ証言「自分は酔うと混乱してしまうふしがあり、そのことはスワニーに知られている」(Fと相まって、スワニーは、オーティスを殺害後、ジョアナが酔っていることを利用して、ジョアナ自身にジョアナが犯人であると思わせた可能性がある)
- コロンボ証言「スワニーは、オーティスの時計だとするチクタク音を聞いて『まさか』と述べた」(Bイと相まって、オーティス殺害の犯人はオーティスの時計が壊れたことを知っていたはずであり、スワニーの発言はオーティスの時計が壊れていることを知っていたかのようなものであり、スワニーが犯人であることと矛盾しない)
- オーティスの解剖調書、実況見分調書、懐中時計の鎖、その報告書
- 第2行為について
全く証拠はありません。
Bウエ、D、Eによってオーティスがリサと婚姻することは確実であったようですが、その婚姻前にジョアナがオーティスを殺害すれば、ジョアナはオーティスの相続人を欠格し、遺産はすべてスワニーのものとなります。そのため、スワニーには、オーティスとリサとの婚姻前にオーティスを殺害し、なおかつそれをジョアナによるものと工作する動機があったと言えます。しかし、他の証拠は、全く犯行とスワニーとを結びつけるものではなく、ほぼ役に立ちません。
以上から、証拠が以上のものだけであれば、第1行為や第2行為の犯行それ自体もスワニーとの結びつきも立証できず、本件は無罪となる可能性が高いでしょう。もし十分な証明を行うとすれば、スワニーの自白を引き出したいところです。スワニーは観念はしている状態であったので、物語のその後のコロンボら捜査担当者の取調べに期待するしかありません。
⑶ スワニーの余罪
物語上のスワニーの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。
なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- オーティスの懐中時計を損壊した行為について、器物損壊罪が成立します。
- ジョアナからブローチや口紅を窃取した行為について、窃盗罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は第1行為も第2行為は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に第1行為及び第2行為のすべてが有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為
- 犯行態様
ロープ止めで人を殴打するという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
遺産を不法に取得したいという自己中心的なもので、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
- 第2行為
- 犯行態様
不明です。 - 動機
物語上明確な描写がなく、不明です。コロンボたちはチャーリーが犯人だと認識していたので、スワニーにとっては、チャーリーを殺害しない方がよかったと思います。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
以上のとおり、2人を殺害しており、なおかつ、少なくとも第1行為の犯行態様と、各動機は悪質です。そのため、有罪と認定されれば、量刑は大変厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。
⑸ その他のスワニーへの制裁
- オーティスに子ジョアナがいる場合、ジョアナがオーティスの第1順位の相続人となり、スワニーは第3順位の相続人にすぎません。仮にジョアナが相続放棄等しても、スワニーは、オーティスを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、被害者の遺産の相続することはありません。
- ジョアナらオーティスとチャーリーの遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- スワニーが造船会社の名目的取締役であった場合、取締役を解任されるでしょう。そして、解任には正当な理由があるので、解任時から本来の任期満了までの間の報酬請求権は消滅します。
⑹ 備考
- チャーリーが被害者の遺体を海に遺棄した行為について、死体遺棄罪が成立します。
- チャーリーが、ロープ止めの指紋を拭き取ったり、ジョアナのブローチを拾ったりした行為について、証拠隠滅罪が成立します。この点、主観的にはジョアナの犯行の証拠の隠滅を図り、客観的にはスワニーの犯行の証拠を隠滅しており、錯誤がありますが、法定的符合説によれば故意が認められ、同罪の成立に障害はありません。
⑺ スワニーはどうすればよかったか
そもそも自分で形成した財産ではないですし、結果的にはオーティスはリサと婚姻してもリサが遺産を相続することはなかったわけですから、スワニーはオーティスの遺産をあてにするべきではありませんでした。