2020

09.

08

Tue

第02話 死者の身代金

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、レスリー・ウイリアムズ(以下「レスリー」)で、弁護士です。

夫でありレスリーの法律事務所の代表弁護士であるポール・ウイリアムズ(以下「被害者」)を拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、レスリーの工作したシナリオは、「被害者は、自動車を運転中、一時停止標識に従って停止した際、何者かに略取された。レスリーは略取犯の要求に従って身代金30万ドルを提供したものの、被害者は略取犯によって殺害された。その際、レスリーは、警察に協力を仰ぐ等して被害者を心配していた。」というものです。

まず、物語の中で、レスリーは、自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. レスリーの自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 被害者の遺体、解剖調書、弾道検査報告書
    1. (被害者は190cm以上の長身である)
    2. (被害者が撃たれた銃は22口径であり、22口径の銃の弾丸は人体を貫通しない→現場に弾痕等の痕跡が残るのを犯人は嫌がったようである)
    3. (弾道は低い位置から高い位置へ流れており、立っていた被害者が座っていた犯人から射撃されたようである→Bと相まって、犯人は、被害者が気を許すような身近な人物のようである)
  3. 銀行の記録、マーガレットがレスリーから取得した現金、それらの報告書(身代金とマーガレットの取得した現金の記番号が同一である→レスリーは被害者のために支払ったはずの身代金を所持していた)
  4. 現金投下場所の実況見分調書(現金投下場所には、バッグだけが落ちており、中にあったはずの身代金の現金はなかった→略取の犯人にとってはバッグごと持ち去ればよいのに、わざわざバッグから中の現金を抜いて現金のみを持ち去ったことは不自然である→バッグの中には元から身代金が入っていなかった可能性がある)
  5. コロンボ証言
    1. 「レスリーは、略取されている被害者との通話上で、被害者の身を案じる言葉を発しなかった」(レスリーは被害者を心配していなかった)
    2. 「レスリーは、被害者の死亡を知らされて、遺体の発見場所や死因を全く尋ねなかった」(被害者を愛する妻としては不自然であり、レスリーは被害者の死亡を知っていた可能性がある)
  6. レスリー友人パット証言「事件の夜にレスリーから頼まれ、翌日にレスリーの職場に架電して一言『テニス』と述べて電話を切った」(略取犯からの最初の架電とされていた架電は、パットによって発信されたものであった)
  7. レスリーの職場の電話機、その報告書(レスリーには、好きなタイミングで好きな相手に架電してあらかじめ録音した音声を流すことが可能だった→レスリーには略取の犯人からの脅迫、身代金要求の電話を工作することができた→3~6と相まって、そもそも被害者の略取はレスリーによって捏造された架空の出来事である)
  8. 被害者の娘マーガレット・ウイリアムズ(以下「マーガレット」)証言「被害者は、レスリーとの離婚を望んでおり、レスリーと別居して法律事務所も閉鎖するつもりだった。そのことについてレスリーは本意でなかった。」(レスリーには被害者を殺害する動機があった)
  9. 被害者車両の実況見分調書(運転席のシート位置が前方に調節されていた→2Aと相まって、最後に運転した者は長身の被害者ではなく、小柄な者であった→最後に運転した者がレスリーであることと矛盾しない)

1自白がある上、3~7が強力な証拠であり、さらに8動機も証明できます。

以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。

なお、1レスリーの自白と3現金は、コロンボがマーガレットに協力させてレスリーから不相当な方法で得たものですが、下記のとおりマーガレットがレスリーから金をせしめた行為は、違法であるとまではいえず、証拠能力には影響しないと考えます。

⑶ レスリーの余罪

物語上のレスリーの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 略取の犯人という架空人名義の身代金要求書を作成した行為について、無印私文書偽造罪が成立します。
  2. 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
  3. アの文書を送付した行為について、無印私文書行使罪が成立します。
  4. 被害者の自動車を運転し乗り捨てた行為について、自動車の窃盗罪が成立します。
  5. 存在しない被害者の略取を警察に申告して警察に捜査をさせた行為について、偽計業務妨害が成立します。
  6. 銀行預金口座を解約したり所有株式を売却したりして身代金30万ドルを工面した行為について、それが被害者所有であった場合、銀行や証券会社に対する詐欺罪が成立します。
  7. マーガレットに対して顔面を殴打した行為について、暴行罪に該当しますが、まさにマーガレットによって拳銃の銃口を向けられて脅迫されている最中に行ったものですので、正当防衛が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 犯行態様
    拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。
  2. 動機
    被害者から別居と法律事務所の閉鎖を宣言され、地位と財産の保持に固執したことからの犯行であり、自己中心的で、悪質です。
  3. 結果
    死因は、物語上明らかにされていません。

以上のとおり、少なくとも、犯行態様と動機は悪質ですし、余罪も多いです。弁護士という法律の専門職でこれを遵守しなければならない立場にある者の犯行であり、その他の情状も悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他のレスリーへの制裁

  1. レスリーは被害者の法定相続人であり、被害者の遺産を相続できるのが原則ですが、被害者を殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、被害者の遺産の相続権を失います。
  2. マーガレットら遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  3. 物語上明らかではありませんが、仮にマーガレット養子縁組していれば、マーガレットから離縁を強いられるでしょう。
  4. 所属する弁護士会から懲戒され、おそらく除名となり、弁護士資格を失うでしょう。
  5. 弁護士として受任中の業務が継続不能となるため、依頼人から弁護士費用の全部または一部の返金を請求され、さらに場合によっては損害の賠償も請求され、支払わなければならないでしょう。

⑹ 備考

  1. コロンボの罪責
    マーガレットと共謀の上、マーガレットがレスリーに対してけん銃を向け空砲を放った行為について、レスリーの生命、身体に対する害悪の告知にあたり、脅迫罪の共同正犯が成立します。
  2. マーガレットの罪責
    1. レスリーを逮捕されるべく被害者の自動車の鍵の複製した行為について、証拠偽造罪が成立します。
    2. コロンボに対してaによってレスリーが犯人であると申告した行為について、虚偽申告罪が成立します。
    3. コロンボを平手打ちした行為について、公務執行妨害罪が成立します。
    4. 上記アと同様、脅迫罪の共同正犯が成立します。
    5. レスリーに対して2万5,000ドルの5年分12万5,000ドルをせしめた行為について、特に暴行、脅迫は認められず、また、レスリーは任意で金員を交付しているので、恐喝罪には該当しないと考えます。

⑺ レスリーはどうすればよかったか

そもそも被害者から別居、離婚等を要求された以上、被害者の意思が変わらない限り、遅かれ早かれ離婚は成立してしまいます。また、被害者は、法律事務所をレスリーに譲るつもりであったようです。レスリー自身も有能な弁護士であったようですので、別居、離婚を受け容れた上で、弁護士としての業務に邁進すべきでした。

⑻ レスリーに完全犯罪は可能であったか

自白をせず、マーガレットに交付する現金を身代金の記番号と違うものになるよう、マーガレットに支払う金員を自ら借金をして形成するなどしておくべきでした。そうなると、逮捕の決め手となった身代金がなくなり、その余の証拠では、被害者の殺害や一連の略取事件の捏造までは立証できず、完全犯罪となり得ていたでしょう。