第23話 愛情の計算
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、マーシャル・ケーヒル(以下「マーシャル」)で、人工頭脳学調査研究所所長で科学者です。
同所研究員科学者ハワード・ニコルソンに対し、自動車で轢殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、マーシャルの工作したシナリオは、「被害者は、自宅に居た際、何者かによって殺害された。マーシャルの自宅から研究用のヘロインが亡失していたので、おそらくヘロイン中毒者が犯人と思われる。その際、マーシャルは、人工頭脳学調査研究所でK44コンピューターを操作していたので、無関係である。」というものです。
まず、物語の中で、マーシャルは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもマーシャルの自白がある前提とします。しかし、後述のとおり、この自白には大きな問題があります。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- マーシャルの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者遺体、実況見分調書、解剖調書、靴、ライター、それらの報告書
- (被害者は、内臓破裂、全身打撲で死亡した→自動車に轢かれた際の典型的受傷態様であり、被害者は自動車に轢かれて死亡したようである→被害者は自宅内で殺害されたものではない)
- (被害者は、ライターを所持しており、そのライターは着火可能な状態である)
- (被害者の靴にはクリームが塗られている)
- 被害者自宅の実況見分調書、パイプの残骸、マッチ棒の燃えカス、それらの報告書
- (パイプの残骸が被害者自宅ガレージ前の庭にある→パイプは粉々に砕けている)
- (居間のある灰皿の中にマッチ棒の燃えカスがあり、根本まで燃えている→マッチ棒を使用した者は、葉巻に火を点けたようである)
- (居間のドアに2C被害者が履いていた靴のクリームが付着している)
- 報告書(被害者自宅にあったヘロインの缶には、中身がヘロインであることを示す「C21H23NO5」との表記が記載されていた→ヘロイン中毒者にとってはおそらく「C21H23NO5」がヘロインを示すと分からないであろう)
- 人工頭脳学調査研究所等実況見分調書
- (人工頭脳学調査研究所から被害者自宅までは、往復5キロメートル程度の距離である)
- (人工頭脳学調査研究所のガレージ付近に研究員ロスらの自動車の鍵がかかっている→マーシャルはロスの自動車の鍵を利用できる状況だった)
- (被害者自宅にあった棚には、カール・フィンチ<以下「フィンチ」>の分子構造論の論文<以下「フィンチ論文」>が亡失している)
- 被害者妻マーガレット・ニコルソン(以下「マーガレット」)証言
- 「自分は煙草の類を吸わない」
- 「3Aのパイプは、被害者のものである」
- 「事件当日、午後5時に自宅の居間を掃除して以降、自宅の居間には、自分、被害者、犯人以外の誰も入っていないはずである」(2B、6Aと相まって、3Bのマッチ棒は、犯人が葉巻を吸うために使用したものである)
- 「事件当日、被害者は、夕方に被害者と別れた際、自宅ガレージ内の研究室にいて、パイプを吸っていた」(6Bと相まって、被害者はガレージ前の庭でパイプが砕ける程の出来事に遭ったようである→2AC、3ACと相まって、被害者は自宅庭で殺害されてその遺体が被害者自宅居間まで運ばれたようである)
- 「被害者の子ニール・ケーヒル(以下「ニール」)は、フィンチ論文の内容を盗用しており、被害者はそのことを知っていた」(マーシャルには事実隠蔽のために被害者を殺害する動機があった)
- 自動車係マーフ(以下「マーフ」)の記録、ロスの自動車、その報告書
- (前部右側が損傷している)
- (ロスの自動車の走行距離は、事件当日午後5時の記録時より、5キロメートル増えている→5A、7Aと相まって、何者かがロスの自動車を使用し被害者自宅で被害者を轢いたとしても矛盾はない)
- MM7、その報告書、スティーブン・スペルバーグ(以下「スティーブン」)証言
- 「MM7はK44コンピューターを操作できる」(マーシャルは、事件当時、MM7を利用してK44コンピューターを操作して偽のアリバイを作出することができた)
- 「事件当日夜、マーシャルの好意でマーフに映画「フランケンシュタインの恋」を観に行かせてもらった」
- マーフ証言「事件当日夜、マーシャルに頼まれてスティーブンと一緒に映画『フランケンシュタインの恋』を観に行った」(8Bと相まって、マーシャルがMM7を利用してK44コンピューターを操作していたことを知られないためにスティーブンを外に行かせた可能性がある)
- マーシャルの報告書(葉巻を愛好している→2B、3B、6ACと相まって、マーシャルが犯人であることと矛盾しない)
どの証拠も犯行そのものとケーヒルとを結びつけるには脆弱な証拠ですが、自白がある上、自白を補強する一連の証拠があり、また、6Eから動機も明らかで、さらに、8、9などマーシャルのアリバイを否定する証拠も存在します。
以上から、証拠は十分といえ、本件は通常なら有罪と認定することが可能でしょう。
しかし、実は、マーシャルの自白には大問題があります。すなわち、自白は、コロンボがほぼ嫌疑のない状態で無令状でニールを逮捕し、マーシャルが正当にもこれを防ごうとした結果やむを得ず生じたものです。つまり、マーシャルの自白は、コロンボの無令状での逮捕という決定的な違法捜査によって生じています。そのため、マーシャルの自白は、マーシャルの供述の自由を侵害する、虚偽供述の危険がある、捜査の違法を排除する必要がある等の理由で、任意になされたものでないものとして、証拠能力が否定される可能性が高いです。仮にマーシャルが裁判になって自白について任意性がないことを主張すると、その余の証拠がほぼ脆弱なものである以上、無罪となる可能性が高いでしょう。
⑶ マーシャルの余罪
物語上のマーシャルの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- ロスの自動車を勝手に使用した行為について、一時使用であっても自動車の価値の摩耗を伴うので、窃盗罪が成立します。
- 被害者を自動車で轢いた後立ち去った行為について、道路交通法上の救護義務違反罪が成立します。
- 被害者の自宅に侵入した行為について、未だ被害者宅には被害者の妻が居住しているため、住居侵入罪が成立します。
- 被害者宅で被害者の財布を酸で溶かした行為について、器物損壊罪が成立します。
- 被害者宅でフィンチの論文、ヘロインの缶、時計を、窃取したなら窃盗罪、廃棄したなら器物損壊罪が成立します。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
自動車で人を轢くという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
ニールの論文盗作というそもそも著しく不当な事実をさらに隠蔽しようとしたものであり、大変悪質です。 - 結果
被害者は、骨折多数、全身打撲、内臓破裂という残酷な死因で死亡しており、結果は重大です。
以上のとおり、情状は悪質です。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- マーガレットをはじめとする被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- ハワイにジャネットという妻らしき人物がいるようですが、妻から離婚され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。
- 研究所から解雇されるでしょう。
⑹ 備考
- コロンボの罪責
ニールを違法に逮捕した行為について、特別公務員職権濫用罪が成立します。 - ニールの罪責
意外かもしれませんが、フィンチの論文の内容の盗用行為について、犯罪は成立しません。また、学術論文は芸術表現ではないため、著作権侵害等の民事上の損害賠償責任も負わないでしょう。ただし、事実上、今後の研究者生命は断たれることとなるでしょう。 - ホワイトヘッドの罪責
パームスプリングのシャングリラモーテルを経営しておえり、いつも週末にマーガレットとニールが夫婦として利用したと供述していますが、特に犯罪は成立しないように思います。
⑺ マーシャルはどうすればよかったか
ニールによるフィンチ論文の内容盗作が公表されることを、潔く受け容れるべきでした。