第19話 別れのワイン
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、エイドリアン・カッシーニ(以下「エイドリアン」)で、おそらくはワイン製造会社カッシーニ社(以下「カッシーニ社」)の代表者と思われます。
第一に、異母弟でカッシーニ社の大株主でアマチュア・カーレーサー等スポーツマンのリックことエンリコ・ジュセッピ・カッシーニ(以下「被害者」)に対し、後頭部を置物で殴打した行為(第1行為)について、傷害罪が成立します。殺人未遂罪も検討しましたが、激情による突発的な犯行ですし、この行為によって現に被害者は死亡していませんしませんので、微妙ですが、殺意なしとの判断をしました。
第二に、被害者をワイン貯蔵庫に閉じ込めて酸欠で死亡させた行為(第2行為)について、監禁殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、エイドリアンの工作したシナリオは、「被害者は、18日火曜日にスキューバダイビングをしようとして、岩に頭を強打し、意識を失い海中を漂い、そのまま酸素が切れて、窒息によって死亡した。その間、エイドリアンは、ニューヨークに居り、被害者の死亡とは全く関係がない。」というものです。
まず、物語の中で、エイドリアンは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもエイドリアンの自白がある前提とします。しかし、後述のとおり、この自白には大きな問題があります。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- エイドリアンの自白(ほぼすべて立証できます)
- 第1行為について
- 置物、その報告書(凶器)
- 被害者の解剖調書
- (後頭部に強い打撲の跡がある)
- (死亡推定日は18日火曜日である)
- (死亡前2日間食事をしていかった)
- (死因は窒息死である)
- 守衛のノーマン証言「16日日曜日に被害者がカッシーニ社に来たのは見たが、帰るのは見ていない」(被害者は16日日曜日に会社に来ていた)
- エイドリアン捜査段階供述「クラレットのワインをボトルからデキャンタに注ぐ役目は誰にもやらせたことがない」
- ワイン仲間ファルコン証言「16日日曜日のワインの品評会において、エイドリアンはクラレットのワインを取りに行った際に5分ほど席を外し、その後、クラレットのワインをボトルからデキャンタに注ぐ役目を自分にやらせてくれた」(Cと相まって、エイドリアンが席を外した際に被害者を攻撃等する機会があった→A、Bアと相まって、その攻撃は置物で被害者の後頭部を殴打したものであった可能性がある→Dと相まって、エイドリアンは、パニックになり手が震えてファルコンにクラレットのワインをボトルからデキャンタに注ぐ役目を譲った可能性がある)
- カッシーニ社とマリノ社との間の事業譲渡契約書(エイドリンには、カッシーニ社の維持の目的や激情等で、被害者を殺害する動機があった)
- 第2行為について
- 気象記録(21日金曜日は気温が40度を超え、猛暑であった)
- コロンボ証言「エイドリアンは、カッシーニ社の大量のワインを廃棄していた」(Aと相まって、カッシーニ社のワインは暑かった21日金曜日にエアコンが切られた状態で貯蔵庫に保管されていた可能性がある→ワイン貯蔵庫のエアコンが切られたのは、被害者を脱走症状にさせて確実に殺害するためであった可能性がある)
- エイドリアンのシナリオの否定
- 婚約者ジョーン・ステイシー証言
- 「16日日曜日にメキシコで被害者と結婚式を挙げる予定があり、当日、被害者は、カッシーニ社に寄ってからメキシコに来るはずだった」
- 「被害者は大の自動車好きだった」
- 「被害者は大食漢だった」
- 気象記録(18日火曜日は嵐だった→被害者がスキューバダイビングに行くのは不自然である)
- 被害者の自動車の実況見分調書(自動車はオープンカーであるが、幌はされておらず、それにもかかわらず綺麗だった→Aイ、Bと相まって、嵐の18日火曜日に停められていたはずであるが、大雨が降ったはずなのに幌がかけられていないのも、綺麗なのも不自然である→被害者はスキューバダイビングに行っていない可能性がある→何者かが被害者がスキューバダイビングに行ったように工作した可能性がある)
- 婚約者ジョーン・ステイシー証言
すべてそれ自体脆弱な証拠です。
しかし、いずれもあ自白がある上、各証拠は自白を補強するものとなり、さらに4エイドリアンのシナリオを否定する証拠もあり、結局、証拠全体で大きな証明力を得るに至ります。証明は十分といえ、何とか有罪と認定することが可能でしょう。
しかし、実は、エイドリアンの自白には大問題があります。すなわち、自白は、コロンボがカッシーニ社のワイン貯蔵庫で1945年のフェリエ・ビンテージ・ポルトのワイン(以下「ポルト」)を無令状で窃取し、エイドリアンをしてそのポルトが高温下での保管によって品質が損なわれていることを認識させ、その結果、生じたものです。つまり、エイドリアンの自白は、コロンボの無令状でのポルトの押収という決定的な違法捜査によって生じています。このポルトそのものは違法収集証拠として証拠能力が否定されるのは当然として、エイドリアンの自白も、その証拠能力なきポルトから生じたものであり、エイドリアンの供述の自由を侵害する、虚偽供述の危険がある、捜査の違法を排除する必要がある等の理由で、任意になされたものでないものとして、証拠能力が否定される可能性が高いです。仮にエイドリアンが裁判になって自白について任意性がないことを主張すると、その余の証拠がほぼ脆弱なものである以上、無罪となる可能性が高いでしょう。
⑶ エイドリアンの余罪
物語上のエイドリアンの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 16日日曜日にクラレットのワインを飲んでから自動車を運転した行為について、道路交通法上の酒気帯び運転罪が成立します。物語上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態とまでは評価し辛いと感じたので、酒酔い運転罪ではなく、酒気帯び運転罪としました。
- コロンボとの会食でポルトを飲んでから自動車を運転した行為について、道路交通法上の酒気帯び運転罪が成立するでしょう。物語上、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態とまでは評価し辛いと感じたので、酒酔い運転罪ではなく、酒気帯び運転罪としました。
- 廃棄するためにカッシーニ社の大量のワインを持ち去った行為について、業務上横領罪が成立します。ワインの占有はエイドリアンにあったと評価しましたので、窃盗罪ではなく、業務横領罪としました。
- その後にワインを廃棄した行為は、物を損壊等したという側面を持ちますが、その違法性は業務上横領罪で評価し尽くされていますので、別途器物損壊罪は成立しません(不可罰的事後行為)
- ラストでコロンボの酒気帯び状態を知りつつコロンボの運転する自動車に同乗した行為は、そもそも逮捕または任意同行に応じたための同乗であり、コロンボに同乗したい旨要求等したわけではないと思われますので、道路交通法上の酒気帯び同乗罪は成立しないでしょう。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は無罪となる可能性が高いと思いますが、仮に有罪となった場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為について
- 犯行態様
被害者の後頭部を置物で1回殴打するという危険なものであり、悪質です。 - 動機
自ら苦労して経営してきたカッシーニ社を事業譲渡しようとした被害者への怒り、事業譲渡の阻止という、一定程度人情として理解できる動機ではあるものの、父から、エイドリアンは現金を、被害者はカッシーニ社の株主をそれぞれ相続した以上、エイドリアンは現金を相続しながらカッシーニ社を我が物とするかのごとき振舞いに同情の余地は乏しいと言わざるを得ず、悪質です。
- 犯行態様
- 第2行為について
- 犯行態様
被害者をロープで縛り窒息を早めるために籠を頭部に被せるという大変危険なものであり、大変悪質です。 - 動機
第1行為と同様、悪質です。 - 結果
被害者は、後頭部に気を失うほどの打撲を負いつつ窒息死しており、被害者の苦痛は大きかったものと解され、結果は重大です。
- 犯行態様
以上のとおり、情状は総じてやや悪質ですが、エイドリアンが自白し、きっと反省するでしょうから、若干寛大に処遇されるでしょう。考えにくいですが、仮にエイドリアンが秘書カレン・フィールディング(以下「カレン」)と婚姻して、カレンが情状証人となってエイドリアンを今後監督し更生させるという証言を行えば、さらにエイドリアンに有利になるでしょう。
⑸ その他の犯人への制裁
- エイドリアンは被害者の法定相続人であり、カッシーニ社の株式等被害者の遺産を相続できるのが原則ですが、被害者を殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、被害者の遺産の相続権を失います。
- エイドリアンが上記アのように相続権を失う結果、カッシーニ社の株式は、裁判所から選任される相続財産管理人によって処分されます。カッシーニ社に事業資金の借入がある場合はおそらく銀行等の債権者が、ない場合はおそらく事業譲渡譲受人であるマリノ社が、株主となるでしょう。
- エイドリアンの犯行は、カッシーニ社の取締役を解任される上での正当事由となり得、取締役を解任されるでしょう。
- どのみち、被害者が既にマリノ社にワイン製造業を事業譲渡する契約をしているようであり、ワイン製造業は、エイドリアンまたはその一族のものではなくなります。
- 酒気帯び運転が2件もあり、運転免許取消しとなるでしょう。
⑹ 備考
- コロンボの罪状
- カッシーニ社のワイン貯蔵庫でポルトを無令状で窃取した行為について、窃盗罪が成立します。なお、捜査機関としてあってはならない行為であり、懲戒免職となり得ます。
- エイドリアンの会食には自動車で来ていましたが、会食でポルトを飲み、その後も自動車を運転して帰ったとすれば、道路交通法上の酒気帯び運転罪が成立します。コロンボはエイドリアンに21日金曜日が暑かったなどと追い込む発言をしているので、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態とまでは評価し辛いと感じたため、酒酔い運転罪ではなく、酒気帯び運転罪としました。
- ラストでエイドリアンとモンテ・フェスコーネのワインを飲んで自動車を運転した行為について、道路交通法上の酒気帯び運転罪が成立します。小さなグラスで1杯だけ飲んだだけですので、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態とまでは評価し辛いと感じたため、酒酔い運転罪ではなく、酒気帯び運転罪としました。
- カレンの罪状
- コロンボに対して16日日曜日に被害者がカッシーニ社から帰るところを見たと供述した行為について、犯人隠避罪が成立します。
- エイドリアンに対して婚姻等を迫った行為については、エイドリアンを告発するなどの脅迫行為はギリギリ行っておらず、強要罪は成立しないでしょう。
⑺ エイドリアンはどうすればよかったか
ここでは、何とかエイドリアンが犯罪の実行を避ける道がなかったか検討します。
そもそも、父から、被害者がカッシーニ社の株式を相続した反面、エイドリアンは現金を相続したようですので、エイドリアンは、カッシーニ社の代表者として人生をワインに捧げるのであれば、被害者と遺産分割協議をし、現金を被害者のものとする代わりにカッシーニ社の株式を取得するべきでした。
父の相続時の上記の遺産分割をしなかったとしても、エイドリアンは、25年カッシーニ社の代表者に就任し続けていたようですので、その間に私財を投じて被害者からカッシーニ社の株式を取得すべきでした。
自分は現金を相続しておきながら、被害者のカッシーニ社を我が物とすることは、虫のよい話を言わざるを得ません。被害者がカッシーニ社のワイン製造業をマリノ社に事業譲渡したとしても、甘受しなければならなかったでしょう。
⑻ エイドリアンに完全犯罪は可能であったか
自白をせず、カッシーニ社の大量のワインを廃棄しなければ、完全犯罪となり得たでしょう。