2021

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Thu

第14話 偶像のレクイエム

ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。

⑴ 事案の概要

犯人は、ノーラ・チャンドラー(以下「チャンドラー」)で、女優です。

第一に、夫で映画製作所所長のアル・カンバランド(以下「カンバランド」)に対し、瓶で殴打して死亡させた行為(以下「第1行為」)について、傷害致死罪が成立します。実行行為は瓶での殴打にすぎず危険な凶器を使用する等していませんので、殺意はないものとして、殺人罪にはならず、傷害致死罪にとどまると考えます。

第二に、秘書ジーン・デービス(以下「デービス」)に対し、デービスが乗用していた自動車に放火をして殺害した行為(以下「第2行為」)について、殺人罪が成立します。

⑵ 有罪認定の可否

それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。

なお、チャンドラーの工作したシナリオは、

第1行為については「カンバランドは、ヨットに乗ってマリブビーチ沖に出たところ、行方不明となった。」、

第2行為については「犯人はジェリー・パークス(以下「パークス」)を殺害しようとしていたところ、偶然にもパークスとデービスがそれぞれの自動車を交換してデービスがパークスの自動車に乗っていたため、デービスはパークスと間違えられて殺害された。そのため、犯人は、パークスを殺害しようとしていた者である。他方、パークスはチャンドラーが違法行為を行って映画製作所に損害を与えたことを知っていたが、映画制作会社の所有会社の代表者フランク・シモンズは、そのことを知った上でチャンドラーを許している。そのため、チャンドラーにパークスを殺害する動機はない。」、

というものです。

まず、物語の中で、チャンドラーは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもチャンドラーの自白がある前提とします。

次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。

  1. チャンドラーの自白(ほぼすべて立証できます)
  2. 第1行為について
    1. 映画製作所敷地登記簿謄本(映画製作所内のバンガローは、チャンドラー所有である)
    2.  映画製作所実況見分調書、カンバランド遺体
      1. チャンドラーの自宅バンガローの庭の噴水付近の掘り起こすと、カンバランドの遺体がある(不動産所有者のチャンドラーは、カンバランドの死と密接な関係がある)
      2. チャンドラー自宅バンガローの庭に噴水からは、水が出ない(アと相まって、チャンドラーが噴水を修理しないのは、修理をすると芝を剥しカンバランドの遺体が発見されてしまうことから、これを避けるためであったと思われる)
    3. 警察記録(1960年9月15日、カンバランドはヨットに乗ってマリブビーチ沖に出たところ、行方不明となった)
    4. 噴水購入記録(1960年9月16日、チャンドラーは噴水を注文した→B、Cと相まって、カンバランドが行方不明となった翌日に噴水が購入されていることから、チャンドラーがカンバランドを死亡させてその遺体を隠すべく自宅バンガローの庭にカンバランドの遺体を埋め、容易に芝を剝がされないように、噴水を購入したものと思われる)
    5. カンバランド遺体実況見分調書、チャンドラー身体検査調書(2人の体格が似ている→チャンドラーには、カンバランドの衣服を着る等してカンバランドになりすまし、ヨットに乗りマリブビーチに行って目撃者に自らがカンバランドだと思わせることが可能であった)
    6. パークス証言
      1. 「カンバランドとチャンドラーは、カンバランドがキャスティング・コーチと称して若い女優と表して不貞を繰り返していたため、激しい口論を絶えず行っていた」(チャンドラーにはカンバランドを死亡させる動機があった)
      2. 「自宅に予備のガソリンを置いていたことはない」
      3. 「デービス死亡の夜、デービスとデートの約束をしていたところ、自分がデービスと会う前に書籍店に居た際、デービスが現れ、チャンドラーから用事を頼まれたためデートはできないと言われた。そこで、デービスに対し、ドレスのクリーニング以外の用事は省略するよう助言した。その結果、デービスは自分よりも先に自宅に行きパーティの支度することとなった。その際、デービスの自動車はパンクしていたので、デービスに自分の自動車を貸した。結局、自分は書籍店の店員にデービスの自動車のパンクしたタイヤを交換してもらった。」
    7. 映画製作所所長証言
      1. 「チャンドラーは、カンバランドから相続した莫大な遺産をすべて映画製作費に充てたものの、ことごとく失敗し、ほとんど財産がないはずである」
      2. 「アにもかかわらず、チャンドラーは、映画製作所による自宅バンガローの買取りを拒絶し続けており、ほとんど使用していない庭だけの買取りさえ拒否している」(Fアと相まって、チャンドラーがカンバランドとの思い出のために自宅バンガローを売却しないとは考えられない→B~Dと相まって、チャンドラーが自宅バンガローを売却しないのは、カンバランドの遺体を隠し続けるためである)
    8. コロンボ証言「チャンドラーは、辛いことがあるとき以外酒を飲まないと言っていたにもかかわらず、パークスからさらなる不祥事を示唆された際、飲酒をしようとしていた」(チャンドラーは、カンバランドを死亡させたことをパークスに知られていることを危惧し、飲酒をしたようである)
  3. 第2行為について
    1. パークス自宅実況見分調書、空のガソリン缶、パークス自動車
      1. ガソリン缶が2つ落ちている
      2. 焦げた跡が庭の茂みから駐車場まで続いている
      3. パークス自動車のガソリンタンクの外側が焼けている(ア、イと相まって、ガソリンによる放火によってパークス自動車のガソリンタンクに引火し、パークス自動車が爆発したようである)
    2. デービス自動車実況見分調書、実験結果報告書
      1. (左リアタイヤがパンクしている)
      2. (左リアタイヤのバルブは閉まっている)
      3. (デービス自動車のタイヤは空気の漏れない品質のものである)
    3. 自動車業者記録(デービス死亡当日の日中、デービスは自身の自動車を点検させている→Bと相まって、デービス自動車の左リアタイヤがパンクをすることは考え難く、パンクは何者かによって人為的に行われたようである→犯人はデービス、パークスの2人がともに書籍店に居ることを知っていたと思われる→犯人はデービス、パークスの2人がそれぞれの自動車を交換することをも予期していた可能性がある→犯人が殺害を意図していたのは、パークスでなく、デービスである可能性がある)
    4. 書籍店店員証言「デービス自動車の左リアタイヤがパンクしていたので、タイヤを交換した」
    5. 黒色小型自動車、映画製作所実況見分調書(映画製作所に黒色小型自動車のキーが差しっ放しで停められている)
    6. パークス自宅近隣住人証言
      1. 「放火の直後、パークス自宅から黒色小型自動車が急に飛び出して来て、轢かれそうになった」(放火直後に放火現場から飛び出してきたため、黒色小型自動車の運転手が犯人である可能性が高い)
      2. 「アの自動車はEの自動車である」(Eと相まって、チャンドラーにはE小型自動車を利用することが可能かつ容易であった)

第1行為については、2Bアの遺体が決定的です。その上、2Fアで動機も立証され、その他2Bイ、C、D、Gからチャンドラーがカンバランドの遺体を隠そうとしていた経過も明らかとなっています。そのため、第1行為については、証明は十分といえ、有罪と認定することが可能でしょう。なお、第1行為は13年前の犯行のようですが、公訴時効は完成しておらず、刑事手続に支障はありません。

第2行為については、すべてそれ自体脆弱な証拠です。もっとも、チャンドラーは自白をしているので、各証拠は自白を補強するものとなり、結局、証拠全体で大きな証明力を得るに至ります。そのため、第2行為については、証明は十分といえ、何とか有罪と認定することが可能でしょう。

なお、1チャンドラーの自白は、コロンボがチャンドラーに対して、パークスが重体である旨、そして、パークスが「NC」と書かれた封筒とその中にティークラブの指輪を所持していたという虚偽の事実を申し向け、チャンドラーをして自宅バンガロー庭に急いで向かわせるよう仕向け、その結果引き出されたものですので、その任意性が問題となります。この点、上記封筒や指輪はコロンボが不正に入手したものではなく、単にそれらをパークスが所持していた旨を述べたにとどまり、チャンドラーの供述の自由を侵害するものでもなく、虚偽自白も危険もなく、違法とまではいえず、1チャンドラーの自白の任意性には影響はないでしょう。

⑶ チャンドラーの余罪

物語上のチャンドラーの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。

  1. 詳細は不明ですが、チャンドラー、パークスの供述やパークスの調査報告書によると、チャンドラーは、帳簿の改ざん、横領、映画製作所に対する自身の損失の押付け等を行い、映画制作会社に200万ドルの損害を与えたようです。この行為について、業務上横領罪、背任罪、有印私文書偽造罪等が成立し得ます。
  2. パークスからデービスへの手紙を開封した行為について、信書開封罪が成立します。
  3. デービスの自動車の左リアタイヤをパンクさせた行為について、器物損壊罪が成立します。
  4. パークスの自動車に放火した行為について、建造物以外放火罪が成立します。
  5. 自動車でパークスを轢いた行為について、傷害罪が成立します。

⑷ 情状

上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。

  1. 第1行為について
    1. 犯行態様
      瓶で殴打するという危険な行為をしており、やや悪質です。
    2. 動機
      夫カンバランドが不貞相手の女性を自宅バンガローに連れ込んでいたために激高して行った犯行ですが、正当な怒りといえ、人情として理解できる動機です。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。
  2. 第2行為について
    1. 犯行態様
      デービスが乗っていた自動車に放火して自動車を爆発させるという大変危険な行為をしており、著しく悪質です。
    2. 動機
      デービスがカンバランドの死の真相を知っていたことから、これがパークスに知られることを防止するため保身目的で行われた犯行であり、自己中心的で著しく悪質です。
    3. 結果
      死因は、物語上明らかにされていません。
  3. 以上のとおり、2人を死に至らしめている上、第2行為については犯行態様、動機ともに著しく悪質ですし、余罪もあります。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。

⑸ その他の犯人への制裁

  1. カンバランドやデービスに遺族がいれば、チャンドラーは、各遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
  2. 連続ドラマの出演が不可能となり、放送会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。

⑹ 備考

  1. コロンボの罪責
    1. チャンドラーに対してチャンドラーの自動車に轢かれたパークスが重体であると述べ、また、パークスが「NC」と書かれた封筒とその中のティークラブの指輪を所持していたと述べた行為は、いずれも内容が虚偽で、罪にこそなりませんが、捜査の適正を欠きます。
    2. ラストでチャンドラーの自宅バンガローに侵入していましたが、逮捕の局面でしたので、おそらく令状を得ていたと思われます。
  2. パークスがチャンドラーに対して以前の業務上横領等を暴露しない代わりに金員を要求した行為について、恐喝未遂罪が成立します。

⑺ チャンドラーはどうすればよかったか

ここでは、何とかチャンドラーが犯罪の実行を避ける道がなかったか検討します。

不貞の被害者として気の毒な面がありますが、いずれにせよ、カンバランドやその不貞相手に慰謝料請求をし、カンバランドと離婚するか、カンバランドとその不貞相手に今後の接触禁止を誓約させてカンバランドとの婚姻関係の修復を図る等、適法な措置を講じるべきでした。

また、カンバランドを死亡させたとしても、直ちに自首をすべきでした。そうしておけば、デービスがカンバランドの死の真相を知っていることについて恐れる必要もなくなりますし、デービスを殺害することもなかったでしょう。

⑻ チャンドラーに完全犯罪は可能であったか

第1行為については、自白をしないことを前提として、カンバランドを火葬する等して遺体を完全に失わせておけば、完全犯罪となり得ていたでしょう。

また、第2行為については、証拠はそれぞれ脆弱ですので、自白をしなければ、完全犯罪となり得たでしょう。