第06話 二枚のドガの絵
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、デイル・キングストン(以下「キングストン」)で、美術評論家です。
第一に、叔父ランディ・マシューズ(以下「ランディ」)に対し、拳銃で射殺して2枚のドガのパステル画を強取した行為(第1行為)について、強盗殺人罪が成立します。
第二に、交際相手で美術学生のトレーシー・オコーナー(以下「オコーナー」)に対し、石で殴打して撲殺した行為(第2行為)について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、キングストンの工作したシナリオは、
第1行為については「午後11時ころ、ランディは、ランディの所有する絵画を奪取しようとした強盗によって、殺害された。その際、キングストンは、マチルダ・フランクリン(以下「マチルダ」)の画廊のパーティに出席していたので、無関係である。また、ランディは自身の所有する絵画すべてをエドナ・マシューズ(以下『エドナ』)に遺贈する旨の遺言を遺しており、キングストンはそのことをランディから知らされていた。そのため、キングストンがランディを殺害しても絵画はすべて結局エドナのものとなるので、キングストンが絵画欲しさにランディを殺害する動機はない。ランディを殺害したのは、すぐに財産を欲しがったエドナである。」、
第2行為については「オコーナーは、自動車の運転を誤り、自動車ごとマリブヒルの崖から転落して死亡した。」、というものです。
まず、物語の中で、キングストンは、観念した様子を見せたものの、自白はしていません。そのため、裁判時においても自白がない前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 第1行為について
- ランディの遺体、弾丸、実況見分調書、解剖調書、報告書
- 38口径リボルバー式拳銃、弾道検査報告書(ランディが被弾した弾丸は、当該拳銃から発射されたものである)
- エバンズ夫妻「事件前に帰宅するときに、ランディ自宅の戸締りを行った」
- 犯行現場実況見分調書
- (裏口ドアは開いていた→Cアと相まって、ドアを開けたのは犯人である可能性が高い→犯人は出入りに裏口ドアを利用したようである→プロであればドアよりも窓から出入りするのが通常であるため、犯人はプロではないようである)
- (警報装置は鳴らなかった)
- (二枚のドガのパステル画があったが、亡失している)
- (バーンバウムの絵画が展示場所から外されていた→ウと相まって、強盗が犯人だとすれば、当初から2枚のドガのパステル画に狙いを定めればよいものを、いったんはドガのパステル画よりも価値の低いバーンバウムの絵画を手にかけており、不自然である)
- (2階に電気毛布がある→ランディの遺体を温めることができる→ランディの死亡推定時刻を本来よりも遅く作出することができる)
- 警報装置メーカー報告書(Dアの裏口ドアを外側から開ければ必ず警報が鳴る→Dアと相まって、犯人は内側からドアを開けたようである→犯人は、ランディの身近な者である可能性がある)
- 警備会社報告書(1時間おきにガードマンがランディ自宅をパトロールしている)
- 実験結果報告書(ハイヒールを履いた女性捜査員がランディ自宅裏口ドアから走らせ、足音を録取)
- 警備会社ガードマン証言
- 「Fに基づきランディ自宅をパトロールしたとき、銃声を聞いてランディ自宅内に入ったところ、裏口ドアから犯人らしき者の逃げる足音を聞いた」
- 「アの足音は、Gとほぼ同じだった」
- 弁護士フランク・シンプソン証言
- 「自分はランディの遺言作成に携わった」
- 「ランディは、いったんは全財産をキングストンにと相続させる旨の遺言を遺したが、死亡の1か月前に、所有絵画はすべてエドナへ遺贈するよう変更した」
- ランディ作成のキングストン宛書簡(ランディはIイの遺言変更の事実をキングストンに知らせた)
- エドナ証言
- 「ランディの所有する絵画は、ほとんどキングストンが買い揃えたものである」
- 「ランディは、絵画の盗難防止、保存等の労力で疲れ、また、芸術品を個人の所有物にすべきではないという思いに至り、所有絵画を各所へ寄贈することに決め、それを自分に託すべく、Iイの遺言の変更を行った」(Iイ、J、Kアと相まって、キングストンは、猛反発したはずである→法律上、エドナがランディを殺害すればIイの遺言にもかかわらずエドナはランディの絵画を受贈できなくなり、原則に戻ってキングストンがランディの絵画を相続することになる→キングストンがランディを殺害してその罪をエドナに着せる動機となる)
- マチルダ証言「パーティには、サム・フランクリン(以下「サム」)の絵画を多く飾っていた」
- コロンボ証言
- 「キングストンは、サムの絵画を酷評していた」(Lと相まって、キングストンがサムの絵画が多く飾られていたマチルダの画廊のパーティに行ったのは不自然である)
- 「自分は、キングストンの自宅で、キングストンが持ち帰った水彩画なる2枚の絵画に触れた」
- 「イのとき以外に2枚のドガのパステル画に触れたことはない」
- 2枚のドガのパステル画、指紋採取報告書、指紋鑑定書(コロンボの指紋が付着している→Mウと相まって、2枚のドガのパステル画は、Dウの亡失の後、キングストンが所持していた→キングストンがランディから2枚のドガのパステル画を持ち去った可能性が高い→Iイ、Kイと相まって、キングストンが2枚のドガのパステル画を持ち去ることをランディが認めることは考え難く、キングストンがランディを殺害した可能性が高い)
- 画廊の駐車係ジョー証言
- 「マチルダの画廊のパーティで、キングストンの自動車を停めた」
- 「キングストンは腕時計が狂っていると言って自分に時間を尋ねてきたので、午後10時50分だと教えた」
- 画家サム証言
- 「自分がマチルダの画廊のパーティに居たとき、キングストンも来た」
- 「キングストンは腕時計が狂っていると言って自分に時間を尋ねてきたので、午後10時55分だと教えた」(Oイと相まって、キングストンがわずか5分間という短時間で立て続けに時間を尋ねることは不自然である→L、Mアと相まって、キングストンは、アリバイ作りのために、自身がマチルダの画廊のパーティに居た時間を証明してくれる証人を生み出すべく、敢えてジョーやサム・フランクリンに時間を尋ねた可能性がある)
- 第2行為について
- オコーナーの遺体、報告書
- 美術学校記録
- (オコーナーが在籍している)
- (キングストンは、ランディ死亡の2か月前に、講義をしている→キングストンとオコーナーは互いに面識がある可能性がある)
第1行為については、Lイウ、Mが強力で、ⒾⒿで動機も一応は証明できます。そのため、第1行為については、何とか有罪と認定することが可能でしょう。
第2行為については、証拠はほぼ存在しないに等しいレベルです。そのため、第2行為については、このままだと、有罪の立証ができず、無罪となるでしょう。ただ、キングストンは観念はしている状態であったので、物語のその後のコロンボら捜査担当者の取調べや捜査に期待するしかありません。
⑶ キングストンの余罪
物語上のキングストンの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- 38口径のリボルバー式拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
- ランディの自宅は賃借物件のようですので、居宅内の物を破壊したり、窓の鍵を傷つけたりした行為について、器物損壊罪、建造物損壊罪が成立します。
- オコーナーの自動車をマリブヒルから落とした行為について、器物損壊罪が成立します。
- エドナの自宅にランディ宛の郵便物の包装紙を置いたり、2枚のドガのパステル画を置いたりした行為について、それぞれ証拠偽造罪が成立します。なお、38口径リボルバー式拳銃をエドナの自宅近所の丘に置いた行為は、エドナへと直接結びつくわけではなく、証拠偽造罪は成立しないでしょう。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪となる可能性が高いと思いますが、その場合の情状について討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為について
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
絵画がエドナに遺贈されると知って、それを諦めきれず、ランディを殺害してそれをエドナのせいにしようとしたものであり、極めて自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
- 第2行為について
- 犯行態様
石で殴打するという大変危険な行為をしており、悪質です。 - 動機
オコーナーが第1行為後にキングストンに連絡を取ってきたことを背景に、口封じのためになされた犯行と解され、極めて自己中心的で、大変悪質です。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
- 以上のとおり、2人を殺害している上、少なくとも犯行態様と動機は悪質ですし、余罪もあります。有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。
⑸ その他の犯人への制裁
- キングストンはランディの法定相続人であり、ランディの遺産を相続できるのが原則ですが、ランディを殺害しているので、相続人の欠格事由に当たり、ランディの遺産の相続権を失います。
- オコーナーの遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。他方、ランディにはキングストン以外親族がいないようですので、損害賠償義務はありません。
- 出演していた16チャンネルのテレビ番組「デイル・キングストンの美の世界」の続行が不可能となり、放送会社やスポンサーから民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
⑹ 備考
オコーナーがキングストンのランディへの強盗殺人に関して、電気毛布をしまう、警備会社のガードマンに聞こえるように拳銃を撃つ、2枚のドガのパステル画を預かる等の行為は、キングストンの犯行に不可欠なものであり、それもキングストンの好意を惹くためと解せられ、自分の利益のために上記行為を行っているので、上記行為について、幇助犯にとどまらず、強盗殺人の共同正犯が成立します。
⑺ キングストンはどうすればよかったか
ここでは、何とかキングストンが犯罪の実行を避ける道がなかったか検討します。
ランディの絵画がエドナに遺贈されたという現実と向き合い、ランディと話し合って、絵画を自分が相続する旨遺言を再び変更してもらうよう、説得すべきでした。
そうでなくても、自身の本来の評論の仕事で稼ぐなり、オコーナーに才能があればオコーナーのよき理解者兼マネージャーとなってオコーナーの作品売却で稼ぐなりし、自身の財産で絵画を収集すべきでした。
⑻ キングストンに完全犯罪は可能であったか
自白がないのはキングストンには大変有利です。
コロンボに2枚のドガのパステル画を触らせなければ、強力なMイウ、Nがなくなることとなり、完全犯罪となり得たでしょう。