第50話 殺意のキャンバス
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、マックス・バーシーニ(以下「マックス」)で、画家です。
第一に、画商ハリー・チャドナウ(以下、「チャドナウ」)に対し、殺害した行為(以下「第1行為」)について、殺人罪が成立します。
第二に、元妻のルイーズ・バーシーニ(以下「ルイーズ」)に対し、クリーナーを染み込ませた布を顔に当てがい失神させて海に遺棄して溺死させた行為(以下「第2行為」)について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、マックスの工作したシナリオは、
第一行為については、「チャドナウは、今も生存しており、パリかローマにいる。」、
第二行為については、「ルイーズは、海岸の沖で遊泳中に溺死した。その間、マックスは、『ヴィトのバー』で絵を描いていた。」というものです。
まず、物語の中で、マックスは、自白をしていました。そのため、裁判時においてもマックスの自白がある前提とします。
次に、検察側の証拠としては、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
- 自白(ほぼすべて立証できます)
- 第1行為について
- ヴィト証言「マックスと被害者は、以前の下積み時代、飲食店『ヴィトのバー』の2階に居住していた」
- 精神医シドニー・ハマー(以下「ハマー」)証言
- 「被害者を診察していた」
- 「被害者は、3通りの悪夢に悩んでおり、『ヴィトのバー』でマックスと同居していたときに、何か恐ろしい体験をしたように思われる」
- 「ルイーズとは愛し合っており、近々に同居する予定だった」
- 被害者の悪夢の録音テープ、その反訳書
- (被害者は3通りの悪夢を見ていた)
- (悪夢の内容は、いずれも、場所は「ヴィトのバー」で、ノックで始まっていた)
- チャドナウ関連の切抜き新聞記事(チャドナウは絵画の売買で不正をし、6か月間で3度刑事告訴された→マックスはチャドナウに恨みを持っていた可能性がある→A、Bアイ、Cと相まって、マックスがチャドナウを殺害したとすれば、ルイーズはそのことを知っていた可能性がある→Bウと相まって、マックスがルイーズによってチャドナウ殺害の事実を暴露されると思ったとすれば、マックスがルイーズを殺害する動機となる)
- 第2行為について
- ルイーズの遺体、実況見分調書、鑑定書、コンタクトレンズ、その報告書
- (被害者の片目にコンタクトレンズが装着されているが、他方の片目にはコンタクトレンズが装着されていない)
- (被害者の口元に赤い絵の具が付着している)
- (唇に口紅が付いている)
- 事件現場の実況見分調書、ビーチバッグ、コンタクトレンズとそのケース、それらの報告書(ビーチバッグの中のコンタクトレンズのケースの中に、片方のみのコンタクトレンズがある→通常泳ぐときはコンタクトレンズを両目ともに外すはずである→ルイーズは泳ぐべく両目のコンタクトレンズを外そうとした際、片目のコンタクトレンズのみを外した機会で、何かに邪魔されたようである→Aアと相まって、ルイーズは、自らの意思に基づかず、海に入れられた可能性がある)
- 救助員証言(被害者は水難救助員のテストに合格するほど泳ぎが上手だった→ルイーズが溺死したとは考えにくい)
- 書籍「バーシーニのヌード」(マックスの絵画作品には、ヌード作品以外、「バーシーニ・レッド」と呼ばれる自ら生成する独特の赤色が特徴的に用いられている)
- 鑑定書(Aイの絵具は、Dの「バーシーニ・レッド」である→ルイーズの死亡にマックスが関与している可能性がある)
- クリーナーの缶「吸い込むと失神するという注意書きがある」
- マックスの道具箱の布切れ、その報告書、鑑定書
- (「バーシーニ・レッド」の絵の具が付着している)
- (Aウのルイーズの口紅と同じ口紅が付いている)
- (クリーナーが検出された→Aイウ、Gアイと相まって、クリーナーの付いた当該布切れがルイーズの顔に当てがわれたようである→Fと相まって、これによってルイーズ被害者は失神したようである)
- オールド・ロサンゼルス所在「ヴィトのバー」の実況見分調書
- (床に絵の具が垂れていない→マックスが本当に絵を描いていたなら、床に絵の具が垂れていたはずである)
- (蛇口をひねると、1年以上水を出していないかのような赤さびの混じった水が出てきた→絵を描くには絵の具を作ったり絵筆をクリーナーで洗ったりする水が必要であるが、水がない以上マックスは「ヴィトのバー」で絵を描けなかったはずである)
- ルイーズの遺体、実況見分調書、鑑定書、コンタクトレンズ、その報告書
第1行為は、そもそもチャドナウが死亡していることが明らかにならないと、事件性すらありません。そのため、無罪となります。しかし、コロンボのさらなる捜査によって「ヴィトのバー」の地下室の床下からチャドナウの遺体が出てくれば、解剖によって他殺であることが立証され、1自白もあり、2の補強証拠もあるので、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
第2行為については、自白がある上、物証である布切れによる3Aイウ、D~Gが強力であり、さらに3Hでアリバイも崩れ、2A、Bアイ、C、Dで動機も立証されます。なお、物語上コロンボが2G布切れを取得するシーンはありませんでしたが、さすがに令状に基づいて押収しているものと思われます。以上から、第2行為についても、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
万が一、コロンボが布切れを無令状で窃取していたとすれば、3Aイウ、D~Gが総崩れとなり、第2行為は無罪となり得るでしょう。
⑶ 犯人の余罪
今回はありません。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 第1行為について
- 犯行態様
犯行態様は、物語上明らかにされていません。 - 動機
チャドナウの不正に憤りを感じて行った犯行だと推定されます。詳細は不明ですが、一定程度酌量の余地があるかもしれません。しかし、不正には基本的には適法な法的措置を通じてこれを是正すべきですので、大きく酌量することはできないでしょう。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
- 犯行態様
- 第2行為について
- 犯行態様
被害者を窒息させてその状態で海中に遺棄するという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
自身の以前のチャドナウの殺害を隠蔽しようという保身のための犯行であり、自己中心的で悪質です。嫉妬の念もあったかもしれませんが、自らバネッサ・バーシーニ(以下「バネッサ」)やジュリーとの関係で被害者の心情をないがしろにしていた以上、マックスに同情はできず、やはり動機は悪質です。 - 結果
死因は、溺死です。
- 犯行態様
以上のとおり、少なくとも、第2行為の犯行態様と動機は悪質です。2名を殺害しており、有罪と認定されれば、量刑は大変厳しいものとなるでしょう。死刑もあり得ます。
⑸ その他の犯人への制裁
- チャドナウやルイーズに遺族がいれば、各遺族から民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
- バネッサからからは離婚を請求され、慰謝料、財産分与等の経済給付を強いられるでしょう。
- ジュリーから交際を解消されました。
⑹ 備考
バネッサは法律上のマックスの妻である以上、その気になれば、未だ関係を持つルイーズやジュリーに不貞を原因とした慰謝料を請求できます。ルイーズは死亡しているので、ルイーズへの請求はルイーズの相続人に対して行うことになります。
⑺ マックスはどうすればよかったか
チャドナウに対しては、法的措置を通じてチャドナウの不正を是正するべきでした。また、チャドナウ殺害後も、自首すれば、刑の任意的減免も受けることができますので、よりなすべき行動であったといえます。
ルイーズに対しては、ルイーズがチャドナウ殺害を暴露しないと誓約していたので、信じてもよかったかもしれません。また、ルイーズがハマーに暴露したとしても、ハマーがさらにその事実を広めるとは限りません。
⑻ マックスに完全犯罪は可能であったか
第1行為については、ほぼ完全犯罪になっていますが、チャドナウの遺体を処分していれば、全くの完全犯罪となっていたでしょう。
第2行為については、ルイーズの顔にクリーナーを付ける布を新品のものにして、なおかつその布を犯行後に廃棄すれば、決定的証拠がなく、ほぼ完全犯罪となり得ていたでしょう。