第45話 策謀の結末
ここでは、日本の法律に依拠します。また、コロンボは殺人課の刑事ですので、当然、物語上の犯行はほとんど殺人となるため、ここでは、被害者の命を奪った犯行を中心に記載します。いわゆるネタバレが含まれていますので、お気をつけください。なお、あらすじや事件の背景については、コロンボブログの偉人であるぼろんこさんのブログをご参照ください。
⑴ 事案の概要
犯人は、ジョー・デブリン(以下「デブリン」)で、表向きは詩人ですが、本当はアイルランド共和国軍(IRA)所属のテロリストです。
武器密売の仲介人ビンセント・ポーリー(以下「被害者」)に対し、拳銃で射殺した行為について、殺人罪が成立します。
⑵ 有罪認定の可否
- それでは、この事件が刑事裁判となった場合に、有罪と認定することができるかどうか検討していきます。
なお、デブリンの工作したシナリオは特に何もなく、単に自分は事件と無関係だったという雑なものです。まず、物語の中で、デブリンは、自白をしていました。そのため、裁判時においても自白がある前提とします。次に、検察側の証拠としては、自白を含め、以下のものが考えられます。なお、括弧の中は、当該証拠から認定され得る事実です。
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- デブリンの自白(ほぼすべて立証できます)
- 被害者の遺体、実況見分調書、解剖調書、自動血糖測定器、報告書(被害者は、糖尿病患者用のアラーム付ブレスレットを身に着けており、糖尿病を患っていたようである→被害者はウィスキーを飲まなかったはずである)
- 犯行現場のホテル実況見分調書、ウィスキー「アイリッシュデュー」の瓶、「LAP213」と記載したメモ、デブリンの著作、報告書
- (ウィスキー「アイリッシュデュー」の瓶が被害者の近くにある→当該瓶のラベルには「人にはふさわしき贈り物」と記載されており、瓶本体には平行線のひっかき傷がある)
- (絨毯の上の被害者から離れたところに液体が付着した染みが出来ている)
- (被害者のものと思しき現金と被害者名義のクレジットカードが散らばっている→金品奪取目当ての犯行ではない)
- (電気スタンドの下に「LAP213」と記載したメモがある→「LAP213」は、ロサンゼルス港213埠頭と解釈することが自然である→被害者はロサンゼルス港213埠頭に何らかの用事があったようである)
- (被害者のコートのポケットにデブリンの著作が入っており、その裏表紙に「我らのみ」と記載され、その記載に重ねてデブリンの被害者に宛てたサインがある)
- (販売促進用と思しき銃器とそのケースがある)
- ホテル従業員証言「被害者に指示されて被害者のために3Aのウィスキー「アイリッシュデュー」を買ってきた」(2と相まって、被害者はウィスキーを飲まないので、被害者が誰かのために買ったものと思われる→ウィスキーを振舞った被害者の客が被害者と会っていたはずであり、その者が犯人である可能性が高い)
- 鑑定書(3Bの絨毯の染みは、3Aのウィスキーである)
- 被害者滞在ホテルの宿帳、筆跡鑑定書
- (宿帳の記載、3Dの「LAP213」と記載したメモ、3Eのデブリンの著作裏表紙の「我らのみ」との記載は、すべて筆跡が一致し、被害者が記載したものである)
- (被害者がデブリンのサインを得た後に「我らのみ」との記載をするのであれば、デブリンのサインは避けるはずであるので、デブリンがサインをした時点で既に「我らのみ」との記載があったはずである)
- (被害者がデブリンのサインの後に「我らのみ」の記載を書くとすれば、被害者はデブリンのサインを避けて記載するはずである→被害者はデブリンよりも先に「我らのみ」と記載したはずである→デブリンは被害者に対してサインするときに「我らのみ」との記載を見たはずである)
- ロサンゼルス港213埠頭実況見分調書、報告書
- (当該埠頭にあるドッグは、オコンネル工業所有のものである)
- (当該埠頭に停留している船舶「イルコン・タック」はイギリスのサザンプトン行きである)
- 報告書(イギリスのサザンプトンの港は、北アイルランドのベルファスト行貨物の積替えをよく行う場所であり、そのための港としては最大のものである→「イルコン・タック」の積み荷はベルファストに届けるものである可能性がある)
- FBI記録「被害者は闇の武器商人で、ロサンゼルスで武器を買って北アイルランドで売っていた」(3Fと相まって、被害者は武器の密売上のトラブルで殺害された可能性がある)
- デブリンのラジオ番組供述「自分はマイクル・ドーランの詩を覚えており、マイク・ドーランを自由解放の英雄と評価している」
- スコットランドヤード犯罪記録「マイクル・ドーランは、アイルランドのテロリストであり、判明する限り5人を殺害している」(10と相まって、デブリンはテロリスト的な思想を有している可能性が強い)
- 報告書(イギリスの刑務所の監房にマイクル・ドーランの詩が記載されており、その1節は「人にはふさわしき贈り物を」との記述がある)
- デブリンがアイリッシュ・バー、アイリッシュ・パブでボトルキープしたり、最後の飲食店で提供を受けたウィスキー「アイリッシュデュー」の各3つの瓶
- (デブリンはウィスキー「アイリッシュデュー」を愛飲している)
- (いずれの瓶にも、3Bと同様の平行線のひっかき傷がある)
- デブリンの着用しているダイヤモンドの指輪、報告書(3Aのひっかき傷と13Bの各ひっかき傷は、すべて、デブリンの着用している指輪のダイヤモンドによって形成された傷である→2、4と相まって、デブリンは事件当時被害者と会っており、デブリンが犯人である可能性が高い)自白がある上、2、3B、4、13B、14からデブリンが犯人であることの立証がなされます。
以上から、証拠は十分といえ、本件は有罪と認定することが可能でしょう。
- なお、本件では、デブリンが被害者を殺害する直前、被害者が自動小銃に弾丸を込めてデブリンを殺害しようとしていたようにみえます。そこで、デブリンは、この急迫不正な侵害に対して被害者を射殺しているようにも思えるため、正当防衛が成立する余地があります。しかし、被害者による急迫不正の侵害はデブリンが被害者を刺激することで自ら招いたものといえますし、デブリンはもっぱら被害者を攻撃する意思でしたので防衛の意思もなく、正当防衛は成立しないでしょう。
⑶ デブリンの余罪
物語上のデブリンの他の行為について、ほかにいかなる犯罪が成立するか検討します。
なお、ほかの犯罪はメインの罪ではないので、証明できるか、有罪と認定できるか等については、割愛します。
- イギリスでダイナマイトを運んだ行為は、具体的な態様が不明ですが、わが国であれば、内乱予備罪、凶器準備集合罪等の成立が考えられます。
- イギリスで服役していた刑務所を脱獄した行為について、わが国であれば、単純逃走罪が成立します。
- ケイト・オコンネル(以下「ケイト」)、ジョージ・オコンネル(以下「ジョージ」)らと共謀して、武器購入の目的で、平和活動を偽って4万5,200ドルの寄付を募った行為について、詐欺罪の共同正犯が成立します。
- 拳銃を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃不法所持罪が成立します。
- ケイト、ジョージらと共謀して、被害者からM11を500丁購入しようとした行為について、銃刀法上の営利目的自動小銃譲受未遂罪の共同正犯が成立します。
- ケイト、ジョージらと共謀して、ジェンセンからM11を500丁購入した行為について、銃刀法上の営利目的自動小銃譲受罪の共同正犯が成立します。
- 物語上明確な描写はありませんでしたが、頻繁に飲酒をし、また、自動車を運転しているので、おそらく酒酔い運転が成立しているでしょう。
⑷ 情状
上記のとおり、本件は有罪と認定されるでしょう。その上で、有罪とした場合の情状について検討します。情状は、通常、犯行態様、動機、結果がどうであったかという観点で評価します。
- 犯行態様
拳銃で人を撃つという大変危険な行為をしており、大変悪質です。 - 動機
武器入手に当たって被害者から裏切られかかったために報復として行った犯行ですが、そもそも武器入手自体が違法であるため、酌むべき事情がありません。 - 結果
死因は、物語上明らかにされていません。
以上のとおり、少なくとも、犯行態様は大変悪質であり、動機に酌むべき事情もありません。
有罪と認定されれば、量刑は厳しいものとなるでしょう。
⑸ その他のデブリンへの制裁
被害者の遺族から、民事上の損害賠償を請求され、支払わなければならないでしょう。
⑹ 備考
- 被害者の犯罪
- 拳銃等を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃等不法所持罪が成立します。
- デブリンを欺いて500丁のM11を提供せずに20万ドルを詐取しようとした行為について、詐欺未遂罪が成立します。
- デブリンの前で銃に弾を込めた行為について、デブリンに対して銃口を向けてはいないので殺人未遂罪は成立せず、殺人予備罪にとどまるでしょう。
- ケイトとジョージの犯罪
デブリンと同様、詐欺罪、銃刀法上の営利目的自動小銃譲受未遂罪、同営利目的自動小銃譲受罪の各共同正犯が成立します。 - ブランドーの犯罪
自動小銃M16を所持していた行為について、銃刀法上の拳銃等不法複数所持罪が成立します。 - ジェンセンの犯罪
- キャンピングカー内に自動小銃M11を500丁所持していた行為について、銃刀法上の自動小銃不法複数所持罪が成立します。
- デブリンに対して自動小銃M11を500丁売った行為について、銃刀法上の営利目的自動小銃譲渡罪が成立します。
⑺ デブリンはどうすればよかったか
北アイルランドの解放を志すのであれば、そもそも平和的な活動を行うべきでしょう。
また、被害者の詐欺的な意図に気付いたのであれば、被害者からM11を買わなければよいだけであり、殺害する必要はありませんでした。
⑻ デブリンに完全犯罪は可能であったか
犯行現場から、自身の著作とウィスキーの瓶を持ち去っていれば、その他では犯人とデブリンとを結びつける証拠は何もなく、ほぼ完全犯罪となっていたと思います。